Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第2章−2

[自室:オービタルベース内]
 真っ暗な空間に小さな輝きが見える。宇宙だ。自分がどこにいるのか――恐ろしい。
 上も下も無い空間がこれほどに恐ろしいなんて。漂う感覚の恐ろしさは他の何とも比較できない。夜の海のようでもあるが、海であれば波の音、潮の香り、打ち寄せる波の感覚があるはずだ。だが、ここには何も無い。聴こえるのは自分の呼吸音、見えるのは星の煌めき。遠くに強く輝く星が見える。蒼く輝く星、導きの星――。



「おはようございます」
 ここは? 自室でオービタルからの任命通知と、共同体からの幾つかのメールに目を通したのは覚えているが……。思っていた以上に消耗していたのだろう。そのまま、眠りこんでしまったようだ。しかし酷い夢を見た。あの恐ろしさに比べれば、昨日の戦闘の方がましだ。何も出来ない恐怖に比べれば、自分の命を自分で掴んでいられる。
「今日から解放旅団、傭兵なんだよな、俺は?」
「その通りです。あなたに対して<アーセナル>のリンクキーが発行されました。またオービタルおよび各共同体に傭兵として登録完了しています。我々オービタルはこの壁に囲まれた世界、オーヴァルで発生する様々なトラブルを、各共同体から依頼されるオーダーによって解決、利益を得ている組織です。あなた方、解放旅団に所属するアウターたちは、オーヴァルの所有物となります。オーダーの提供、アーセナルおよび弾薬の販売・修理、また任務遂行に必要な事項に関して、可能な限りのサービスを提供いたします」
「なるほど。で、俺がやっちゃいけないことはあるのか?」
 壁の外で観ていた傭兵たちは自由に見えたが、自由なんてどこにも無いことはアウターであれば、誰でも知っている。アウターによっては死ぬ自由すら無い者もいる。噂だが、特異な“能力”を持つ者は研究室に閉じ込められ、一生を過ごすこともあると聞く。あくまで噂だが。
「今後はあなたの行動がオーヴァルに与える影響力に配慮し、オービタルの一員として遵守すべき規範を逸することなく、行動することを希望します。なお、著しい逸脱行為があった場合、応じた実行力を持って対処していく事を、あらかじめ警告しておきます」
「逸脱行為ってのはなんなんだ?」
「逸脱行為に関しては、オービタル条例第一編総記――」
「もういい、後で見る」
「正確には“見る”ではなく、“読む”かと思いますが?」
「それ、大事なことか?」
「はい。十全なサポートを行うためには、出来るだけあなたの事を知っておく必要があります。どんな些細なことでも、なにを大事にしているかは個人によって違いますから」
 そう言われるとそうなのか、と思ってしまうが、これなら“Personal Operations Terminal(個人用生活サポート端末、通称“ポット”)”の方がましだ。不必要な質問はしてこない。
「ポットの方が“まし”だと思われましたか?」
「嘘だろ? 俺の頭の中がわかるのか?」
 思わず、こめかみに埋め込まれたコミュニケーターチップを押さえる。
「いえ、そうおっしゃる方が多いものですから」
「(だろうな)……まあいい。他に知っておくべきことは?」
「早速ですが、依頼が来ていますが、“ブリーフィング”に参加しますか?」
「!? それを早く言えって!」
「ブリーフィングへの参加方法は分かりますか?」
「……教えてくれ」
「もちろんです。あなたの傭兵ランクは現在Eです。これはご存知かと思いますが、オービタルおよび各共同体からのオーダーはあなたの実績や状況、戦略的な理由から任務達成が可能かどうか判断され、発注されます。実績を積むことでランクが上昇し、オーダーに選択権が生まれます。現在は一つですね。オービタルのメニューを呼び出してください」
 決められた動作でHDIメニューを呼び出す。ミクスト・リアリティ。コミュニケーターチップと眼球に施された処理により、誰でも呼び出せる生活必需品だ。<アーセナル>に搭載されている物と機能としては同じだ。そこから、オービタルのメニューを呼び出し、傭兵、解放旅団専用のメニューを選択する。オーダーメニュー内に一件の新着通知があり、四分三〇秒後にブリーフィング開始とある。
「これだな」
「その通りです。公平を期すために、開始時刻前に選択をしてもブリーフィングは開始されません。ただし、緊急の判断が下った場合には開始が早まる、または強制通知が行われることがあります」
 試しに選択してみる。HDI上にオービタルのロゴがくるくると踊っている。ロゴの下に表示された数字はこのオーダーへの接続者の数字だろう。最初は順調にカウントが増加していたが、どんどんと減り始める。「なんだ?」と思ったが、なんでもかんでもフォーに質問をするのもばつが悪い。フォーと同じになってしまう。
 そのまま待機を続ける。そういや、こっちの姿は誰かに見られるのか? と今更、下着姿の自分が気になり始める。
「フォー、作戦データをくれないか」
 HDI上に構築された画面に重なるように、男が映し出される。日に焼けた顔は精悍そのものだが、表情は穏やかで優しくさえ見える。なにかの呪い(まじない)だろうか? 変わった入れ墨を顔に施している……見た事がある。名だたる解放旅団の中でもトップクラスを誇る実力と人気を持つ“バレットワークス”の一員だったはずだ。さっき数字が減っていた理由は“これ”だとピンと来る。そんな奴らが受けるとなれば、大概の奴は棄権するに決まっている。まあ、俺の場合はこの任務しか稼ぐ手段が無いわけで、どうしようも無いのだが。
「――オーダーブリーフィングを開始。
このオーダーはスカイユニオンからの依頼になります。オーヴァル内スカイユニオン支配区域において、イモータルの侵入が認められました。各人は割り振られたエリア内の敵を速やかに排除してください。敵の種別はタイプC。ガードドローン種のみが確認されています」

「そこの素人と一緒に出撃しろってことだな」
「各任務エリアの成功確率を上げるための、最適な戦力配分です」
「だろうな。俺たちは強いから、素人と組むぐらいがちょうどいいさ。なぁに、分からないことがあったら自分に聞いてくれよ。手取り足取り、教えてやるからさ」
 新しいウィンドウにはいかにも軽薄そうな若者が映っている。髪は軍人らしく短髪だが、ゴーグルは何のために着けてるんだ? 誰だ、こいつ? ランキングで見たことが無い。
「ジョニー、お前も同じだ」
 ジョニーというのか。どうやら、こいつもバレットワークスではあるようだ。あとで調べておこう。
「ちぇっ、いつまで経ってもこれだもんなー。伍長、そろそろ新人扱い、やめてくれませんか?」
「フォー、他になにか?」
「伝達事項は以上です。任務に関する詳細な情報は、添付されたデータを確認してください。契約しますか?」
「もちろんだ」
「あとでな、素人。逃げんなよ」
 画面から二人が消える。しっかし、素人とは言ってくれる。まあ、確かに素人ではあるが。どうせなら、戦わずに楽が出来ないかとも考えたが、添付されたデータを見て諦める。タイプC。テストで戦った敵と同じだ。ガードドローン種のみ。ただし、数が尋常じゃない。
「契約しますか?」
「しない場合はどうなる?」
「特に問題はありません。このオーダーは他のアウターによって契約、または失効される事になります。ただし、あなたの生活維持費は別の手段で得る必要がありますね。また、ともかくそれが続くようであれば、オービタルによって資格の剥奪が行われる場合があります」
「どのぐらいで?」
「これまでの功績、傭兵ランクによりますが低ランクでは概ね五回契約が為されない場合、様々な手段を取ることが一般的です」
「この任務の成功率は?」
「彼らが契約したことにより、九五%以上の成功確率と予測しています」
「なるほど、ここでカードを切るには勿体ないか。ちなみに、五%の失敗率は俺か?」
「要因は他にもありますが、その通りです」
「こりゃ、真面目にやらないとだな」
「その通りです」
 フォーの答えに肩をすくめる。言われなくても、念には念をだ。インナースーツを着込み、アウタースーツを着込んでいく。さあて、やってみるか。

     
――――つづく

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