 
        
    [バレットワークス専用エリア:オービタルベース内]
    「これが、ねーちゃん!? あっ? あぁー? Crazy Big !」
    「煩いよ! みんなも驚いているんだ」
    「姐さん、でもこれは。ルーキー本物なのか?」
     バレットワークスのメンバーの視線が、一斉に俺に集まる。突然現れた彼女からあらましを説明され、本人だとは思ったもののどうして良いか分からず、とりあえずジョニーに助言を求めたのが良かったのか悪かったのか、バレットワークス全員が参集され、この状況に至っている。
    「……だと思う」
    「申し訳ないが、もう一度説明してもらえるか?」
     自分がガンズ・エンプレスだと名乗る女性がもう一度、最後のオーダーを語った。一度目と同じで矛盾は無い。
    「ルーキー、何かあるか?」
    「いえ、オーダーで俺たちがした会話や行動は正確ですし他に知ってる奴はいないはずです」
    「それは正確とは言えないな。お前たち以外にも知ってる奴がいると思うがね」
    「俺たち以外に?」
    「フォーなら全て知っているはずだ」
    「ビショップ、だがフォーをハッキングするなど不可能なはずだ」
    「ええ。ですが、オービタルまたは共同体が内容の全閲覧を行えば可能です」
    「ああ、もう何かあんたが本物だって証拠ないのかよ!?」
    「残念ながら我々は彼女とオーダー以外での接点が無い。ルーキー、お前の知っていることに頼るしかない」
    「ああ、そうだ。オーダー前の夜、プレジャーガーデンで会った時のことも彼女は正確に知っています。ハッキングをしていてデータとしてはオービタルには無いはずです」
    「ふむ……。では彼女がエンプレスであることが正しいと仮定して質問だ。装甲の王冠、三人を葬ったのは誰だ?」
     椅子に座り成り行きを見守っていた彼女が大きく息を吐いた。
    「分からないわ」
    「分からない?」
    「ええ。私はライブラリィのメインコンピューター、独立したシステムへ侵入した」
    「ハッキングということか?」
    「簡単に言えばそうだけど、私の行ったのは<トランス>」
    「何!? そんな馬鹿な!」
     ビショップの驚き方から、トランスと呼ばれたそれがかなり特殊なことだと分かる。
    「現時点では私以外では出来なかったはずよ」
    「私たちにも分かるようにしてくれるとありがたいのだが、頼めるかね?」
    「ええ。コンピューターに侵入するには幾つか方法があるけど、あなた達が一般にハッキングと呼んでいるもの、これは外部端末から侵入する方法。ここまではいいわね?」
     この場にいる者、全員が頷く。
    「人体改造を行った者がコンピューターと直接接続し、侵入する方法。これはダイブと呼ばれている。けれど、基本的にはハッキングと同じ。端末を使わずに脳で考えたことをソースコードに置き換え、コンピューターと対峙する。アーセナルの操作、直接動かすことが出来るのはこの機能が一部応用されているわね」
     言葉を切り、皆が付いてきているか確認する。理解しているかあやふやな者もいるが、頷き続ける。
    「トランスは自分自身の思考や肉体までをソースコードとして置き換える。結果、世界を構築している原子や分子のようにソースコードを扱えるようになるの。ルールの違いこそあれ、現実世界と同じようにコンピューターの中で振る舞うことが出来る」
    「人体改造を行っても脳の置換は未だ成功していない技術だ。そんな技術を持った者がいる確率は極めて低い。或いは、イモータルか、だ」
     ビショップの言葉に、瞬間的に九人が身構える。
    「ええ、そうね。しかし、極めて低い存在だったのが私だったということよ」
     エンプレスはこれまでの経緯を説明する。AIの研究者であったが、そのAIを狙った者たちに殺されたこと。その際に、融合しガンズ・エンプレスとして生きてきたこと。次第に構えを解く九人。
    「ということは、君はAIと融合した結果、自身を保存可能にした、と?」
    「そういうことになるわ」
    「なら、体がある限り不死身ということか?」
    「いえ、以前ならそうだったかも知れない。けれど、今回は私が造り上げたAIガンズの全てを収めるだけの容量がこの体には無かったの。だから、今の私は以前の私。人間であった頃の私より多少優れているといった所よ」
    「収まらなかったガンズはどうなった?」
    「ライブラリィの中よ。でももう、再融合は出来ない。彼女自身がどうなるのかは私には分からない」
    「うおーい、ねーちゃん! そりゃ別のイモータルが生まれるってことじゃねぇのかよ!?」
    「その可能性はあるわ。でも、意思とでも言うべき部分は私と融合している。残っているのはあくまで他の機械を統合、または並列接続するといった機能よ。トランスはその両方が揃って始めて可能になる」
     最早彼女が別人だと疑う者はいない。皆が皆、それぞれの理解に応じた態度だ。俺は頷きながら周囲を伺う。ドレイクとアーティストは怪しい。俺と同じ気がする。
    「それで、君はこれからどうする気だ?」
     少佐に尋ねられたエンプレスは大きく天を仰ぐ。
    「そうね。まず手始めに身分証の偽造。その後はどうかしらね。この体はアウターでは無いから、壁の外で再就職ってのも手ね」
    「君の性分からして、有り得ないな。どんな手を使おうと仇を討つ、そういう女性(ひと)だ」
    「どう思おうとあなたの勝手だけど――」
    「我が団に入らないか?」
     皆の視線が准将に集まる。予測していたのか、少佐だけが微笑んでいる。
    「私が、バレットワークスに?」
    「名だたる兵士、イモータルを駆逐してきたお前だ。迎えるに不足は無い」
     少し考える仕草をし、エンプレスがニヤリと笑う。
    「考えるまでも無さそうね。一から始めるより余程マシ」
    「それで、だ」
    「何?」
    「お前と仲間を殺した者に、心当たりはないのか?」
     
    「この世界中にいる誰か、ね。残念ながらあまりにも多すぎるわ。だから私の躰を守って二人は死んだ……」
    「そうか。済まなかったな」
    「いいえ、いいのよ。そいつは必ず見つけ出す。そして、十年、いえ、何年でも生かし続けてやる。死にたくても死ねない世界に生きることになる。」
     エンプレスに恐怖を感じる。彼女はやるだろう。必ず。
    「それで、何から始める?」
    「その前にお前にルールを一つだけ言っておく。怯まず戦え、逃亡は許さん。隊規に服さんものは私が撃ち殺す」
    「いいわね。気に入ったわ。私も一つ言わせてもらうわ」
    「何だ?」
    「レディーにいつまでこんな格好させておくつもりなの? 服をもらえるかしら?」
     
         
* * *
     
    [ホライゾン支配領域タミル鉱山方面:オーヴァル]
     たった今、俺は出撃したところだ。エンプレス騒ぎがあってから、准将たちは何やら彼女と相談をしているらしく、俺には普段通りのオーダーを受けろという任務が下った。ここ最近あったことからして、いい気晴らしになると思ったんだが――。
    「いつもの駆除とどう違うのかしら?」
     ネメシス。まさか、彼女と一緒になるとは……。
                 「領域の中心部にアーセナルタイプのイモータルが数機確認されています。これらの機体がイモータル群を統率しているようです」
    「アーセナルタイプなら今まで数えきれないほど撃ち落としてきただろ。今さら注意が必要とも思えないな。なあ、ルーキー?」
     本当に助かった。ゾアがいなければ、このオーダーは地獄だったに違いない。
    「ああ。俺がいなくても二人で大丈夫だと思う」
    「あら、分かっていないわね。私一人で十分。まあ、あなた達二人が働けばそれでもいいわ」
     どう返しても、勝てる気がしない……。
                   「ホライゾンからの依頼はこれらイモータルの排除ですが、当区域のイモータルはスカイユニオンの最新型アーセナルを鹵獲し、これを運用していることが確認されています。あなたがたアウターが搭乗したケースほどの稼働効率には至りませんが、これまでのアーセナルタイプの機体と比較して十分な脅威であると言えます」
    「それってスカイユニオンの失態ではなくって?」
                 「その通りですが、各共同体の支配領域に対するイモータルの侵攻により生産施設が奪われた結果、兵装や機体が鹵獲されているのは彼らに限りません」
    「敵に機体を奪われてるのは、どこもお互い様ってわけか。ま、最新型だからって腰が引ける理由にはならないな。オレと兄貴のアーセナルは、父さんと母さんから受け継いだスペシャリティなんだ」
    「そりゃ、すごい。どおりで見たこと無い型のわけだ」
    「ルーキー、お前アーセナルマニアか?」
    「いや違うけどさ、これからどういう装備にするべきかカタログくらいは見る」
    「そりゃそうだな。オレたち傭兵にとってアーセナルは商売道具だからな」
    「それでオーダー下における、敵のアーセナルタイプのデータ収集は制限されるの? スカイユニオンが渋りそうだけど」
                  「機体が鹵獲された時点でスカイユニオンが機体に関する情報を制限する権利は失われています。一切の制限を受けません」
    「新鋭機のデータ、か……。セイヴィアーが喜びそうな話だわ」
                    「あんたのところの王子様は、アーセナルの設計もやるんだったな。金持ちでハンサム、そのうえ天才とはね」
    「あら、あなたにもセィヴィアーがどれほど素晴らしい人物なのか、ようやく理解できたみたいね。良いことよ」
     思わず肩をすくめるゾアに、への字口で無言の返事をする。イヤミが通じないのは一族共通。まったく、やってられない。
                 「作戦領域に到達します。作戦領域のほぼ中央に位置する丘陵地帯にアーセナルタイプの敵機体を確認。数は3機。その周囲に無数のイモータルが集結しています」
    「また随分と集まったもんだな。こりゃ骨が折れそうだ」
    「害虫はいくら数を集めてもただの虫よ。それに的は多い方が楽しめるというものでしょう?」
    「それは言えてるな」
    「言うようになったじゃないか。バレットワークスの居心地がいいとみえる」
    「そんなんじゃ――」
                 「これは――観測データの再演算を行います。少々お待ちを」
    「なんだ?」
                 「データに整合性の無いノイズが混じっています。丘陵上にいるアーセナルタイプの機体の中に識別信号を偽装している機体が存在します」
     え? あれは今、バレットワークスは使ってないはずだ。
    「識別信号を偽装? 何のために?」
                 「不明です。この状況が持つ可能性を検討しましたが、当該機体が行っている偽装が我々のオーダーに対して有効性を持つ組み合わせはありませんでした」
    「意味がわからないな。もうちょっとわかりやすく言ってくれないか?」
                 「言われる通りです。この行動は意味が分かりません。しかし意図が不明な以上、丘陵上のアーセナルタイプの動向には注意すべきです」
    「余裕があればそうするよ。まずは丘のふもとでたむろしている雑魚どもを片付けよう。ネメシス、ルーキー、オレに続け!」
    「私が命令に従う理由はひとつもないわね。こっちは勝手にやらせてもらうわ」
    「おい! ……くそっ。通信を切りやがった。仕方がない。ルーキー、オレたち二人でやるぞ!」
    「やれやれ、だな」
    「だよな」
     丘陵上のアーセナルタイプは確かに動きが違う。少尉のようにとんでも無いってレベルでは無いが、ストライのような動きでも無い。むしろ、自分や同レベルの傭兵たちに近い。もしもバレットワークスだとしたら、まさかジョニー? だとして、あの装備は何だ? 背中に見慣れない装備がついている。
     気にはなったが、目の前に迫る別のアーセナルに集中する。ノーブルプライドを頭上から叩きつける。もらった! と思った刹那、グワンという金属がぶつかる低音と共に、ブレードが盾に弾かれる。これまでのストライより反応が速い。アップデートされているようだ。
    「試してみるか」
     同じ攻撃を繰り返す。当然、敵の反応は同じ。盾に剣が阻まれる。
    「だよな!」
     盾を蹴り上げ、そのままアーセナルを仰け反らせる。
    「もらった!」
     がら空きとなった敵正面にパイロンに装備されたライフルとレーザーを発射する。普段なら当たるはずも無いが、腕が跳ね上げられ、何の防御も出来ない態勢の敵にであれば――。
    「頂き!」
     体の中心部を破損したストライが落ちていく。突っ込みすぎると言われてから、癖を直すことも考えたが、いっそその癖を活かすにはと幾つかパターンを考えた一つがこれだ。強さが弱さに変わるように、弱さを強さに変えることも出来る。
     この世界は、どうにも意地悪だ。善と悪、長所と短所、幸せと不幸せ。全てが表裏一体で、俺たちはいつもその中で揺れる。
    「こいつは良さそうだな」
     撃墜したストライの傍らに着地し、武器を拾い上げる。HDIには<シルバーレイヴンⅡ>の表示。ゾアと交戦中の二体に放つ。一体の腕が吹き飛ぶ。なかなかの威力だ。その隙をゾアが見逃すはずも無く、背中の大砲でそいつを吹き飛ばし、爆風に耐えるもう一体の脚を正確に狙撃、破壊している。
    「さすが」
    「だろ。これでも、鋼鉄の騎士だからね。ルーキー!」
     後ろから打ち込まれる戦槌の一撃。振り向くと同時に盾でカバーする。瞬間、足の爪を地面に垂直に立て、衝撃に耐える。隙は作らない。
    「耐えてみろ!」
     フルパワーで盾で押し込む。ブースターを全開で吹かし、イモータルの、アーセナルの背中を折っていく。前掃腿で足を刈り、倒れる敵を盾の下ですり潰す。
    「いけるな」
    「ルーキー、変わった戦い方をするじゃないか。どこで学んだんだ?」
    「色々、考えてみたんだ。他の奴らに勝つにはどうするか? エースになるには、どうするかってね」
    「他の奴らってのに、オレも含まれているのか?」
    「当然。あんたにだって勝つ。いつか、な」
    「ははは。言うじゃないか。嫌いじゃないぜ」
                 「識別信号を偽装している機体の目的が推測できました」
    「報告しなさい」
                 「イモータル群の破壊数です。オーダー開始時に観測したイモータルの数と現在残存している数、そして我々が破壊したイモータルの数では計算が合いません」
    「敵が同士討ちしてるってのか? そんなバカな」
                 「私が識別信号を偽装している機体がイモータルだといった記録はありませんが」
    「おい! じゃあイモータルの中に人間――傭兵が潜り込んでいて、内側から敵を破壊してるってことか? 何のためにそんなことをする?」
                  「ですが、当該機体の偽装が我々へ向けたものではなく、イモータルに対するものだと考えるのが妥当です」
    「そのバカヤロウと通信を繋げ!」
                 「呼びかけに答えません」
    「もうオレには何がなんだかさっぱりだ。ルーキー、例の偽装野郎をどうするかは、お前に任せる!」
    「そっちはよろしくね。私は、セィヴィアーのためのデータ収集を続けるから」
     参ったな、バレットワークスの面子だったらことだ……ってことで。
     致命傷にならないよう、周囲に無駄弾を散らし、接近する。何発か適当に撃ったが故に、避け切れなかったのだろう、命中する。
                 「当該機体にロックオンされました。回避してください」
     背中に装備された見慣れない装備から、とんでもない幅を持つレーザーが照射される。もう少し近付いていたら、避け切れなかっただろう。
    「あいつ、イモータルだけじゃなくてこっちも狙い始めたぞ!」
    「攻撃を受けたんだもの、反撃するでしょうよ。あなたたちはバカを通りこして、まぬけそのものね。まぬけそのものなんて、今まで生きてきて初めて使ったわ」
                  「偽装している機体からの通信です。回線を開きます」
    「邪魔しないでもらえるかな?」
     HDIに映ったのは――。
    「チル!?」
    「ルーキーさん!?」
    「ああ? イノセンスのお嬢ちゃんか? だったら、あの動きも納得だが……。こんなところで何をしているんだ?」
    「教えられないよ。極秘のオーダーだもの」
    「その信号装置、誰からもらった? もしかして西の七人じゃないよな?」
    「ち、違うよ! これはチルが拾ったんだよ!」
     目が泳ぐ。これほど的確な表現は無いほど目をぐるぐると回し、画面内で挙動不審な動きをしている。
    (絶対、そうだ。ガルガンチュアだ……)
    「どうやら、どこかの共同体からオービタルも知らないオーダーが発行されてるようね。まあ、話の筋からしてスカイユニオンでしょうけど。大方、新型の機体のデータを私たちに取られる前に破壊してしまおうって辺りかしら?」
    「な、なんでわかったの? オーダーの内容がバレたのが分かったらお兄ちゃんたちに怒られちゃう。ねぇねぇ、わたしは何も言ってないからね!」
                 「敵のロックオンは継続中です」
    「お嬢ちゃん、オレはお嬢ちゃんを撃墜したくない! ここは退いてくれ!」
    「彼女の機体がスカイユニオンの新型なら、交戦できるのはむしろ歓迎よ。思う存分データを取らせてもらうわ。あら、というより、撃墜して頂いてしまうっていう手もあるわよね」
    「まあまあ、ここは一旦落ち着こうよ、ね? 子供相手にムキになるなんて、大人気ないよ?」
    「ちっ、ルーキー、とにかくオーダーの遂行を最優先しよう。あのお嬢ちゃんについては各自で判断するしかない。とにかく、このまま足を止めていたら狙い撃ちだ。散開するぞ!」
     チルを無視して、残りの掃討を開始する。まったく、何で一人で。
    「わたしは負けないんだからぁ!」
    「なんだ?」
    「抵抗は無意味よ 今すぐ死になさい」
     イモータルそっちのけで、ネメシスがチルを攻撃している。
    「異常発生! 異常はっせ~い! 困ったことになったねぇ……アハハ」
     チルの機体が眩い青い光に包まれ、痺れたように体を震わせている。
    「あれは!?」
    「アークガンだ! アーセナルとアウターを繋ぐリンク網に誤認識を起こさせ、行き場を失った情報が一時的にアーセナルの回路をオーバーフローさせているんだ!」
    「それって、つまり……」
    「麻痺してるってことだ!」
    「させるか!」
     チルを助けようと、機体を捻りブースターを全開にする。だが、剣が麻痺した機体の頭を水平に薙いだ。
    「わー! どうしよう、誰か助けて-!」
     頭を斬り飛ばした剣が、そのまま胸の動力部を破壊する。
    「わっ、わわわっ! ジェネレータが止まっちゃう!」
    「やめろ、ネメシス! やりすぎだ!」
    「オーダーを達成しやすいよう、この娘の動きを止めたまでよ。それとも、私に恥を掻かせるために戦場に出てきたの?」
    「す、すまない」
    「勝利したいなら、私の指示に従う事ね」
     HDIに映るネメシスの視線が恐ろしい。本当にゴミを見るような目で俺を見ている。気圧された俺はネメシスに言われたからでは無いが、イモータルの撃破に専念する。だが、既にあらかたゾアが片づけ、最後の一体を狙撃するところだった。
                  「イモータルの殲滅を確認。オーダーの達成を確認しました」
    「ふぅ、終わったな。ネメシス、もういいだろう?」
    「どうだっていいわ。この娘のおかげで機体のデータを取りこぼしたわ。もうここにいる理由もない。フォー、帰還します」
                 「イエス、マイレディ。帰還シーケンスを展開します」
    「お嬢ちゃん、自分で帰れるか?」
    「ダメみたい……全然、動かないよ」
    「参ったな。スカイユニオンに要請をすれば、機体と一緒に回収されるとは思うが」
    「俺が連れて帰るよ」
    「そうしてくれると助かる。オレはお嬢ちゃんの機体だ」
    「あ、あ、ありがとう!」
    「なーに、いいってことさ。じゃあ俺たちも帰還しよう。帰還シーケンスを実行する」
                  「了解しました。各機、展開された手順に従って帰還してください」
     アウタースペースを開き、そこにチルを乗せる。風が気持ちいい。
    「ルーキーさん、ありがとう」
     振り向いたチルは夕日に彩られ、人間というよりおとぎ話に出てくる妖精だ。ここが戦場だなんて、嘘のようだ。
    「お互い様さ。俺が一人の時は手加減してくれよ」
    「あははは。りょうーかーい」
     大きく手を振りかぶり、敬礼をするチルが、顔をしかめる。
    「ルーキーさん、言いづらいんだけどさ」
    「なんだ?」
    「ちゃんと洗わないと、ちょっと臭うよ」
    「……」
          
* * *
    [イノセンス専用エリア:ハンガー]
     金属の匂いがする。噛み合った歯車が軋んだ音を立てながら回る。圧縮されたエアが排出される音。HDIの上を、流れ星みたいに光が飛び交っている。
     わたしは漠然と思う。幸せってなんだろう?どうなれば幸せだって実感できるのかな――
    「おいチル、聞いてるのか?」
     突然割り込んできたお兄ちゃんの声に、はっと我に返る。わたし、ぼーっとしてた。
    「ふぁ? ごめんクロウお兄ちゃん。今ちょっと寝てたかも」
    「寝てただと? 真面目にやらねえなら中止にするぞ」
    「ごめんってば。ちゃんとやるから」
     ぼんやりしていた意識を集中させる。
     そうだ、ここはアーセナルの整備用ハンガーだ。わたしたちには色々と事情があって、普通ならオービタルが用意してくれた整備士さんたちがやるべきことを自分たちで行っている。
    今日はこの間の戦闘で、あんにゃろたちに壊わされたアーセナルを修理、神経接続テストを行っている。ま、ほとんど全部、クロウお兄ちゃんとノーツお兄ちゃんがやってくれるんだけど。
    「さっさと済ませちまおうぜ」
    「新しいフレームなんです。今後のためにも詳細なデータを取りたいんだけど」
     外部モニタの外側から、お兄ちゃんたちの会話が聞こえる。
    「え、新しいのなんだ! ラッキー!」
     思わず漏れた声に、すかさずクロウお兄ちゃんの怒号が飛んだ。
    「何がラッキーだ、わかってるのか!?」
    「ひゃっ」
     首をすくめようとして、アウタースペースに固定されたスーツにそれを阻まれた。う~ん、窮屈。干された洗濯物って、きっとこんな気分に違いない。クロウお兄ちゃんのお説教が続いている。
    「メチャクチャな壊し方しやがって。予想外の出費だぜ」
    「まあまあ、いいじゃないですか。アーセナルはお金で買えますが、命はそうもいきません」
    「よく笑わずに言えるな。俺たちには命より金だろ? これっぽっちもラッキーだとは思えねえ」
     クロウお兄ちゃんが吐き捨てた言葉に、ノーツお兄ちゃんは肩をすくめた。
    「あたしも空気を読まないとか言われるけどさ。でもクロウお兄ちゃんよりマシだよね。だってクロウお兄ちゃんのは天然だもん。すっごいモテなさそう」
    「最後のは余分だ。だいたい、オーヴァルの中でモテるもモテないもあったもんかよ」
    「ノーツお兄ちゃんは、このあいだ、プリンセスとデートしてたよね?」
    「なに? おいノーツ、今の話はマジか? 俺は聞いてないぞ」
    「ただの情報交換ですよ。歳が近い分話やすいかなと思って。最近、色々きな臭いですし。でも、彼女はあの後死んでしまったので、もっと色々話をしておけば良かった」
    「そうか……」
    「アイスクリームを食べながらアーセナルの兵装を見て回ったんだけど、トレジャーロードで、スナイパーライフル用の増光回路のいい出物があって、彼女喜んでたな」
    「それ、デートっていうんじゃねえか?」
     そうかなあ、二人ともデートの定義がズレてない? まあ、あの娘もちょっと変わってるし、ノーツお兄ちゃんとはお似合いなのかも。
     ノーツお兄ちゃんが、わざとらしく咳ばらいをこぼす。
    「あー、ごほん。ともあれ手順通りに進めていきましょう。チル、準備はいいですか?」
    「はーい」
     そう答えた次の瞬間、フェムトエネルギーがスーツを通し、自分と機体が満たされていくのを感じた。
    「ううぅうん……」
     ある種の高揚感に、自分が解き放たれるのを感じる。
    「フォー、物理層の接続チェックを」
                   「了解しました。各神経層との導通を確認。拒否反応なし。信号レベルの振幅、仕様の範囲内です。問題ありません」
     機械音声が、テストの経過を報告していく。わたしたち傭兵にとっては親の声より聞き慣れた声だ。彼女(AIにも性別ってあるのかな?)の言う通りにしていれば間違いない。一通りのチェック項目が埋まると、ノーツお兄ちゃんがアウタースペースのわたしの顔を覗き込んだ。
    「ここまでは問題ないね。じゃあ本番いくよ。心の準備はいい?」
    「いつでもいいよ」
    「ではフォー、テスト用の起動シーケンスを開始して」
                  「了解しました。アーセナル起動シーケンスを開始します。神経接続を確立、データリンクテスト、確認中――」
     フォーが起動シーケンスの項目を読み上げていく。途端に、体中の神経に熱湯を注がれたような感覚に見舞われる。次の瞬間、わたしは鋼鉄の巨人となって、お兄ちゃんたちを見下ろしていた。
                    「データリンク、同期を確認。ジェネレータープールは正常に稼働しています。テスト用の起動シーケンスを終了します。すべて正常に稼働中」
     もう慣れた感覚だけど、初めてアーセナルと神経接続したとき、とても戸惑ったのを思い出す。なにしろアウタースペースの自分はそのままに、アーセナルと自分の区別がつかないんだから。まるで自分がアーセナルそのものになったような感覚。機体の各部に配置されたセンサーが、視覚以外の情報をあたしに教えてくれる。温度や湿度、電磁波さえも自分の知覚として認識できた。ゴーグルなしじゃ、ぼっけぼけのぼっけぼっけなのに、アーセナルになったわたしは数百m先の小さなコインだって見逃さないだろう。
    「問題なさそうか?」
     アーセナルの右手を握ったり開いたりしてみる。いつもの感覚だ。同時に接続されている兵装のリストを呼び出して、あたしは足元のクロウお兄ちゃんを振り向いた。
    「あれっ? 装備はこれだけ? でっかいバズーカとかあればいいなあ。あと近接用のブレードも欲しいな」
    「神経接続のテストに、兵装はいらないでしょう」
    「それにチル、しばらくお前はバックアップだ。フロントには出さないからな」
    「ええ~! なにそれ!!」
    「文句言うな。その程度の腕で前に出ようなんざ百年早え。こないだ撃墜されたのだって、無理に一人で出ちまったからだろうが、そもそもだな――」
    「わああ、わかったから! バックアップでいいよぉ」
     これ以上クロウお兄ちゃんを怒らせると、アーセナルごと取り上げられかねない。それだけはダメ。
     わたしは一番末っ子だから、みんなが守ろうといつもお留守番。みんなが戦ってる間、ひとりだけ待ってる時間が大嫌いだった。もう、あの頃のわたしじゃない。バックアップでも、家族の役に立てるならそれでいい。わたしたちの幸せは、わたしたちみんなで掴み取るんだ。
    そのためにも、このテストをきちんと終わらせなくちゃ。
    「新しい機体はどうですか? データ上は不具合は見当たらないけど」
     ノーツお兄ちゃんに言われて、体の動きに神経を集中する。アーセナルの性能は、乗り手との神経接続の深度、アウターの能力によって左右されるって教えられた。新しい機体だからといって一概に強かったり速かったりってものじゃないそうだ。でも。
    「……前の機体の方が良かったかも?」
    「気のせいじゃないですか? 前の機体と同じになるようにパラメーターを調整したし。まったく同じように動けるはずなんだけど」
     ノーツお兄ちゃんがテスト用の端末に指を滑らせた。小さな画面に、これまでのテスト結果のデータが流れていく。細かい数字の意味なんてわたしには分からないけど、やっぱり前の機体とは違和感がある――ような気がする。
     何度も何度もデータを確認して、ノーツお兄ちゃんが顔を上げた。
    「確かに少し遅延はあるんですが、誤差範囲ですよ。体感できるレベルじゃない」
    「うーん、じゃあノーツお兄ちゃんの言う通り気のせいなのかな」
     なんだか自分でも自信がなくなってきた。もうちょっと使ってみて、関節のアタリが出ればしっくりくるのかな。でもなぁ。妥協しちゃっていいのかな。
     わたしが答えを出し渋っていると、クロウお兄ちゃんが突然外からアウタースペースを強制解放させた。そして、アーセナルの中のわたしをじろじろと眺めまわす。
    「チル、お前さ」
    「な、なに?」
     もしかしてテスト結果に何か不備があったんだろうか。クロウお兄ちゃんが、目を細めてわたしを見る。ここまで来て、テスト結果が失敗だったら嫌だな。
     ひとりで膝を抱えてみんなの帰りを待つのは、もうイヤ。だから、お願い。縋るようなわたしに向かって、クロウお兄ちゃんはこう言ったんだ。
    「お前、身長伸びたか?」
     その言葉に、ノーツお兄ちゃんがデータ端末から顔を上げる。それから同じようにわたしをまじまじと見る。
    「なるほど、そんな単純なことだったのか。それで同期に遅延が出てるんだ。今パラメーターを修正します」
     ノーツお兄ちゃんがそう言って端末の画面に触れたとたん、自分の体――アーセナルの機体に感じていた違和感が消えた。
    「ありがとう! クロウお兄ちゃん!」
     思わずクロウお兄ちゃんを抱き締めようとして、ギリギリのところで手を止めた。
    アーセナルの腕で抱き締めたら、上半身と下半身がさようならしちゃうところだった。
    「あぶねえな! 殺す気か!」
    「ご、ごめん! だってあたし、てっきり――」
    「そんな顔するんじゃねえ。アーセナルを取り上げたりしねえよ」
    「お兄ちゃん……」
    「お前の気持ちは分かってる。俺だって同じだ。ノーツも、ジャックやリジットも」
    「うん」
    「俺たちは他の連中とは違う。オーヴァルの外で暮らしてる奴らの幸せがどんなもんなのか、見当もつかねえ。けどな、幸せになる権利は俺たちにだってある」
    「うん」
    「兄妹、5人そろって、俺たちみんなで幸せを掴み取るんだ」
    「うん、そうだね、そうだよね」
     わたしのこと、分かっててくれたんだ。
     わたしのこと、ちゃんと見ててくれたんだ。
    「わたし、バックアップもがんばるから! だからその、あの」
    「だからアーセナルで暴れんな! ハンガーで事故でも起こしたら、俺が取り上げなくてもオービタルに取り上げられるぞ!」
    「わわっ、ごめん!」
    「テストは終了ですね。チル、アーセナルをシャットダウンしようか」
     わたしは慌ててアーセナルを定位置に戻して、フォーにシャットダウンを指示した。システムから切り離されていくごとに、体中に満ちていたアーセナルの感覚が抜け落ちるように失せていく。でも、今の気持ちだけはきっと忘れないだろう。
     わたしたちは壁の外の人たちとは違う。幸せがどんなものかも、あたしにはまだ分からない。それでも、みんな一緒にいて、みんなで戦っていく。与えられた幸せなんか要らない。自分たちでそれを掴み取るんだ。
    「テスト結果をオービタルに報告しておけ。一人でもできるな?」
    「うん! 大丈夫だよ!」
    「僕たちは先に戻ってます。リジットがご飯を作って待ってるはずですし」
    「そういやおなか空いたなぁ。報告は後でもいい?」
    「ダメだ。先にやれ」
    「ええ~、じゃあすぐに終わらせるから食べるの待っててよ」
    「待ってるよ。みんなでね」
     アーセナルから降りたわたしの頭をノーツお兄ちゃんがくしゃくしゃと撫でて、それからクロウ兄ちゃんがばんばんと背中を叩いた。
    「あんまり遅いと、ジャックに全部食われちまうぞ。急げよ」
     そう言ってお兄ちゃんたちはハンガーを出ていった。
     一人残されたわたしは、HDIを操作してテスト結果をオービタルに送信する。わたしはひとつ深呼吸をした。胸いっぱいに吸い込んだ金属の匂い。
     噛み合った歯車が回る、軋んだような音。吐き出した長い吐息は、さながら圧縮されたエアのようだった。わたしは不意にあることに気付いて、アーセナルを見上げる。
    「そっか。ここがわたしの居場所なんだ」
     幸せが何なのか、やっぱりわたしには分からない。でも、わたしには一緒に戦う家族がいる。そして、ここにはわたしのアーセナルがある。必要があればいつだって乗り込んで、どんな相手でも戦うことができる。ここが、幸せへの出発点なんだと気付いたら、鋼鉄や鼻を突く火薬の匂いさえも当たり前のことのように感じる。それともうひとつ、聞き慣れた合成音声も。
                   「データ送信が終了しました。お疲れ様。テストは全て終了です」
    「ありがと、フォー。さあ、ごはんだー!」
                 「いってらっしゃい。何かあれば、いつでもどうぞ」
     わたしはハンガーを出て、家族が待っている場所へと走る。戦いの時も、そうでない時も、いつだってわたしたち一緒だ。アーセナルのテストも、いつもの日常の光景に過ぎない。
     でも、わたしは思うんだ。
     こうやって同じ時を過ごしている内に、きっと何かが変わるんじゃないかって。身長だって伸びたんだもん。不可能なことなんてないように思える。
     わたしたちイノセンスのメンバーは、五人の兄妹で構成されている。どんな時だって、一人も欠けることはない。
     よくわからない「本当の幸せ」ってヤツを手に入れるまで、ずっと戦い続けるんだろう。でもね、思うんだ。
     わたしたち、今だってそれほど不幸じゃないよねって。