Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第3章−7

[レクリエーションエリア:オービタルベース内]
「どうかな?」
 目の前にだされたコーヒーを口に含む。何とも言えない味だ。いつもインスタントしか飲まない身としては、これが美味いのか、まずいのかが分からない。。酸味がどうにも受け付けない。
「美味しいです。な?」
「あ、ああ」
 同意を求めてくる、ジョニーに曖昧な返事を返す。ジョニーは本当にこれが美味いと思っているのか? 表情を伺う限りは嘘をついているようには見えない。
「それは良かった。こういう一時も、たまには良いものです」
 あくまで穏やかなネームレスを見ていると、犯罪者にはとても思えない。
「ネームレス」
「何ですか?」
「本当に、犯罪者なんですか? 俺にはそんな風には見えない」
 口に運んでいたカップを置き、俺の目を見つめる射貫くような視線は力に満ち、圧倒的な威圧感を湛えている。
「共同体の法律によれば犯罪者でしょうね、知りたいですか?」
 含みのある言い方だ。何か裏があることは容易に想像がついた。
「いえ」
「結構。知らない方がいいこともある。知れば、無事だとしても私の同僚になっているかも知れませんね。まあそうなったら、ウエストエイトですが」
 ネームレスは笑うが、あまり笑える事じゃない。そうなったらとてもじゃないが、無事でいられると思えない。
「それはそうと、あの蹴りカッコ良かったっスよねぇ。あれって、俺たちでも出来るようになりますか?」
 話を変えようとしてくれたのだと思う。けれど、ちょっとバカっぽくないか、その質問? と思ってしまう。まあ、興味が無いと言えば嘘になる。あの凄まじい蹴りの威力は出そうと思って出るものじゃない。
「どうでしょうか。まず、常人には無理でしょうね」
「やっぱ俺らじゃ、無理すかぁ……」
「いや、君たちだからでは無く大抵の人には無理なのです。私が修めた主流となる武術には様々な門派がありますが、 そのどれもに共通しているのが”膝”です」
「膝?」
「そう。およそ達人と呼ばれる人たちに共通するのが膝の強さ。大抵の人は才覚があっても膝を壊し、それ以上進むことが 出来ないのです。この時代で膝の再建手術を行っても、限界があります。人体改造をして強さを手に入れることは可能でしょうが、そうだとしても、修得に何年も何十年もかかります」
「そんなに?」
「ええ。武術は武道でもあります。道は続き、師の残した遺産を受け継いだ弟子たちがそこからさらに前へ歩んでいく。終わりの無い連鎖。人の世の営みと同じく、道は果てしが無い」
 ネームレスに言われると納得してしまう。誰しもすぐに強くなりたいと思うものだが、それほど簡単であればこの世に武術や格闘術、練習や修行なんていらないことになる。
「簡単に強くなる方法ならありますよ」
「え!?」
 心の中を透視でもしたかのようなネームレスに驚いたが、もっと驚いたのは簡単に強くなる方法があるってことだ。
「教えて欲しいですか?」
「もちろん!」
 ジョニーと二人、即答する。
「では、逃げることです」
「は?」
 ジョニーと二人、バカみたいな顔をしたに違いない。逃げる? それが何で強くなるってことになるんだ?
「何でって顔ですね」
「そりゃ、そうっすよ!! 逃げることが強いなんて意味が分からない!」
「君もですか?」
 もちろん、頷く。
「戦うことも時には必要ですが、上には上がいて戦っても傷つき取返しのつかない事が起きることもある」
 俺たちを諭すように聞こえるが、どこか自分自身へ話しかけているようにも感じる。
「人生は長い。その中では耐えることより逃げる方がはるかに有効な時の方が多いのです。逃げてはいけないことや逃げてはいけない時もあります。逃げることを選ぶにも勇気が必要です。人は生きているとその小さな世界、親や子、友人、恋人、それらが自分の全てのように感じますが、長い人生の中ではそれらは大切なものではあっても、百代の過客にすぎません。生きていれば、移ろい変わりゆく中で自分が動じず、生きていくことが出来るようにすること、それが強くなるということです」
 分かるような、分からないような。これが禅ってやつなのだろうか?
「これは私としたことが、つまり強くなるということと、武術を修めるということは全く関係が無いということです」
「はあ」
 ジョニーと顔を見合わせる。分かったか? というアイコンタクトに、否と返す。
「いずれ分かる日が来るでしょう」
 コーヒーを口に運ぶネームレスに合わせるように、コーヒーを運ぶ。やはり、この酸味は苦手だ。     

  
      

*  *  *


[自室:オービタルベース内]
「この間は付き合わせて悪かったな」
「いや、ネームレスに話を聞けたんだ」
 ここ最近、ジョニーとつるむことが多くなっている。こいつ暇なのか? と思うこともあるが、なんだかんだいい奴だけに断れなくてジョニーのペースに巻き込まれてしまっている。まあ、結果としてありがたいのだが。
「それに……」
「それに?」
「あの後、連絡をくれて俺に合う格闘技術を一つ教えてくれた」
「え! なんだよそれ! ずっけーじゃん!!」
「まあ、いつまでたってもルーキーって呼ばれているんだ。ルーキーなりの役得ってとこじゃないか?」
「なら俺だって、ってそんな話で連絡したんじゃない」
「というと?」
「バレットワークスへ直での依頼なんだが何だかんだみんな忙しくてさ」
「一人枠があるのでどうかってことだよな?」
「ご明察」
「そりゃ、願ったり叶ったりさ。バレットワークスのメンバーとなら、楽勝間違いなし」
「言うねぇ。ま、その通りなんだけど。中尉を待たせてあるからブリーフィングへ参加してくれ」
「了解」
 ジョニーのウィンドウを閉じ、ブリーフィングへ繋げる。
 中尉、ペインキラーにジョニー、あと一人が……ボーン・ボックス。バレットワークスの破壊王。キルスコア自体は上位ではあってもそれ程では無い。
だが、壁の外で彼が大人気なのはなかなかどうして、破壊王と呼ばれる破壊の徹底ぶり。挙句の果てに自分のアーセナルがぶっ壊れても、降りた生身でイモータル共を素手でぶっ壊しまくると いう暴れっぷり。毎回そんな派手な戦闘を行う彼が人気にならないはずが無い。
「ようルーキー、久しぶりだな」
「ほお、こいつが噂の。お前、なかなかやるらしいじゃねぇか」
「お久しぶりです、中尉。いえ、少しは慣れてきましたけど、まだまだです」
 かなり怖い。怖さのあまり妙に丁寧になってしまう。まず何が怖いって声がやたらとデカい上に、顔が怖い……。
「ルーキー、どうしたんだよ。いつもの調子じゃないぜ?」
 (少し黙っていてくれねぇかな!)
「挨拶は後だ。早速だが緊急の依頼だ。フォー、頼む」
「スカイユニオンの支配領域にイモータルの侵入が認められました。これらを排除することが本オーダーの目的となります。作戦領域はリニアライン架線トンネル内部。現在は使用されていませんが、防衛用の砲台が残っており、セキュリティがイモータルによって汚染されているようです」
「いつもの駆除ってわけだ。頭を使わなくていいのは助かるが、この程度のオーダーが緊急なのか?」
「現在、依頼を受けていた傭兵たちが、多数の兵器とイモータルによってオーダーを破棄。オーダーステータスが一時中断となっています」
「なるほどな」
「そりゃ災難なこった。ヘボい奴らに調査のオーダーを出したスカイユニオンがな。最初からオレたちにオーダーを出せばよかったんだ」
「バレットワークスはこのオーダー発生時、全員が別のオーダーを受諾中でした」
「フォー、悪い。その通りだ。それで、侵入経路はわかってるのか? そこを塞がなきゃ駆除したって無駄だろう」
「確かにな。二度手間はゴメンだぜ」
「調査ステータスが侵入経路を確認まで至っていません」
「なら、巣を探し出して――」
「ザコどもをぶっ壊す。調査依頼ってことはその侵入経路ってやつも発見したらボーナス出るんだよな?」
「さっすが伍長! いいとこつくっすねぇ!」
「だろ?」
(確かに)
「確認しました。スカイユニオンよりオーダーに条件を追加。イモータルの駆除数、侵入経路の破壊によって報酬を増やすとの通達です」
「だとよ」
「仕方ない、連戦だがこれを蹴ったら准将にどやされそうだ。それに壁の外にいる妻と子供たちを食わせなきゃならん」
「なんだよ中尉、そのツラで女房がいるのかよ。美人か? 子供は男か? 女か? 何歳になる?」
「おっと、それは秘密だ。妻子がいるってのもウソかもな」
「まーたそうやって煙に巻こうとする。中尉と話してると何が本当で何が嘘かわかんなくなっちまうぜ。ルーキー、一つルールを教えておいてやる」
「何ですか?」
「生き残りたきゃ、せいぜいオレの前には立たないことだ。もっとも、文句を言いたくてもその時には死んでるだろうがな。ギャハハハ!」
「では、またあとでな。ルーキー」
「じゃあな」
 HDIを切った俺の顔がニヤけているのが分かる。この圧倒的な信頼感! このオーダーもらった! 


[スカイユニオン支配領域:リニアライン架線トンネル内部]
「さあ、ぶっ壊そうぜ!」
「お前たちはイモータルの殲滅に専念しろ。汚染された兵器は最小限の破壊に留めろ。私は侵入経路を探ってみる」
「イエッサー、中尉! 食らい尽くしてやらあ! お前らへますんじゃねぇぞ!」
「了解です。ジョニー上等兵、任務開始します」
「セイリオス、了解」
 ボーン・ボックスを先頭にリニアトンネルを進む。イモータルに無人兵器が対応した痕がそこかしこに見える。断線したのだろう、トンネル内はショートを起こしているせいで明りが明滅し、破壊された壁や天井からは地下水が浸水している。
「何だか嫌な雰囲気だよな」
「いい雰囲気では無いな」
「お前ら、何をビビってやがる!? 敵がいたなら破壊すればいいだけだろうが」
「それはそうなんスけど……あれ、何だ?」
 水の中にゆらゆらと揺らめく光が見える。一つ、二つと数を増やし、今や無数の光が揺らめいている。HDI上に反応は無い。
「フォー、あれは何だ?」
「微かな熱源反応はありますが、識別不能です」
「なら、手は一つだな」
「伍長?」
 構えたライフルを光へ向けて放つ。着弾した箇所の光は消えたものの、動きは無い。
「何だ、何も無しかよ――」
「伍長!」
「うわ」
 水面が盛り上がり波を打ちながら何かが近づいてくる。
「応戦しろ!」
 三機のアーセナルの前にそれが姿を現す。蛇かムカデのように長く、節がそれぞれ光を放っている。
「何だこいつは!?」
「ジョニー、俺は横に回る!」
「了解。援護する!」
 ボーン・ボックスとジョニーが正面から弾幕を張る。その間に俺は側面へと回り込み、そのまま真横にアーセナルを滑らせながら、銃弾を長い体へ叩き込んでいく。
 苦鳴を上げるイモータルの体が瞬間、弾けた。
「やったか!?」
「いえ、動体反応は以前活動中を示唆しています」
「おい、おいマジかよ!?」
 節毎にバラバラとなった体それぞれが三人に襲い掛かって来る。
「伍長、大丈夫か?」
「中尉、こっちは虫共にたかられてる所です。片づけて先へ進みます」
「こちらはそれらしき所を見つけた。爆破後、合流する」
「了解」
 ボーン・ボックスは体に取りついたイモータルを素手で引き千切り、拳で叩き潰している。。ジョニーは器用に敵を躱し、銃で破壊している。俺は盾でとりつこうとする敵を防御し、 そのまま壁に挟み込むことで磨り潰していく。
 諦めたのか、イモータルが離れまた一つになる。
「くそ面倒くせぇ! ありったけの火器を叩き込め!」
「伍長、あれ!」
 集合したイモータルが特殊な隊形を取り、その中央に無数のプラズマの放電が見える。長い体形を活かし、それぞれが電磁場を形成、巨大な力場を作り出している。
「走り抜けろ! 殺られる!」
 ボーン・ボックスの言っている意味が分かった。あの巨大なプラズマ球が発射されれば、この狭い通路に逃げ場は無い。二人に続き、イモータルへと突進する。
「急げ!」
「くそっ!」
 二人に続き、イモータルの側面へとブースターを吹かす。瞬間、ネームレスの教えが閃く。”強い武器を使う者はその武器自体が弱点ともなる”本来は強い技や武器を持った者はそれに頼りがちとなる。結果として行動の選択肢が狭まる。行動が読めれば、そこを攻撃すればいいという教えだ。少し意味は違うが、各節が電磁を形成するために密着し、壁を作っている。その壁を壊せばどうなる?
「うおおおぉおお!」
 側面に分厚い鉄剣をイモータルに突き入れ、ブースターを最大出力にしたままイモータルを切り裂いていく。裂かれた傷から激しい光が漏れ、イモータルが激しくわななく。走り抜けた瞬間、光がトンネルに溢れ、爆発が起きる。その爆風に体が吹き飛ばされる。
「ぐわぁああ!」
「ルーキー! 無事か?」
「ああ、だけど」
 剣がエネルギーで溶け、最早使い物にならない。
「まったく、無茶しやがって。立てるか?」
 ボーン・ボックスの腕を掴み、立ち上がる。
「どうした、大丈夫か?」
「中尉、大丈夫です。イモータルを撃破。任務を続行します」
「こっちはもう少しだ。だが思った以上に続いている。一度塞いで、改めて対応が必要だ」
「了解です。前進します」
 ボーン・ボックスのハンドサインに従い、前進を再開する。トンネル内の構造図上、半分ほど進んだ辺りでHDI上に光点が表示される。
「自動対応兵器です。イモータルによって汚染されていると思われます」
「聞いたな、野郎共。というわけだ。片づけて来い」
「伍長は行かないんですか?」
「バカ野郎。中尉が壊すなって言ってただろうが。オレが行ってどうする?」
「はあ」
「ジョニー行くぞ」
 油断せず前進する。天井、床の隅に機銃が設置されている。
「待てよ。ルーキー、壊さずにってどうやる気だ?」
「設置部分を破壊しよう。最小限で黙らせるには、そこだと思う」
「そうだな。イモータル信号を出して攪乱する。その間にやれるだけやってくれ」
「そんな事出来るのか?」
「ああ、長くは保たないぞ。奴らの解析速度は普通じゃない」
「了解」
「始めるぞ。行け!」
 ジョニーの合図と同時に前に出る。銃座は沈黙し反応は無い。設置部分、台座を破壊し床に転がしていく。
「行けそうだ」
「急げよ」
 手早く進めていく。やり方にも慣れ、一気に片づける。
「終了だ」
「伍長、終了しました」
「早かったな。いい手際じゃねぇか。よし、前進しろ」
「了解」
 ジョニーを先頭に最奥部へ向かう。イモータルの巣を幾つか潰しながら前進するが、最初に出会った新しい型も側面から潰していくというやり方で対処していく。 
「伍長、こちらは終了した。そちらへ向かっている。合流は最奥部になりそうだ」
「了解、中尉」
「よし、野郎共。中尉が合流する前に片づけちまおう」
「もちろん、そのつもりです」
「ああ」
「行くぞ!」
 最奥部へと歩を進める。構造図とは異なっており、幾つもの支道が増え不明な設備も見受けられるが、先へと進む。
「おいおい、こりゃあ――」
 進んだ先、唐突に開けた空間が広がる。空間には、何本もの巨大な柱が天へと延び、柱に無数のイモータルが群がっている。
(食糧庫だ)
「食糧庫か?」
「伍長、でも柱がこんなにあるって初めてです。それにあの柱、何かおかしくないですか?」
「床から伸びているんじゃない。地下からだ」
「こりゃ、何かとんでも無い物を見つけちまったかもな。中尉――」
「三体の高熱源体を検知しました。HDI上に表示します」
「あぁ、なんだこれ? 表示がおかしくねぇか? それともオレが見方を間違ってんのか?」
「表示は正常です。検知した高熱源体は――」
「真上だ! 散開しろ!!」
 ペインキラーの声に、体が反応する。真上、光の中を三体のアーセナルが降りて来る。一体のアーセナルから伸びた鋼線が周囲の柱に巻き付き、轟音と共に炎が柱を焼き尽くす。イモータルは柱ごと焼き尽くされるか、倒れる瓦礫に巻き込まれていく。
「爆導索か、味な真似しやがる」
「伍長、あいつら――」
「テラーズだ……最凶の切り札」
 深い紺の機体に赤いペイント。同じアーセナルのはずなのに禍々しさを感じる。テラーズ。
傭兵の象徴“目指すべき頂点”と目される旅団。これまで課せられた任務を全て成功に導いており、オービタル及び共同体から、唯一EXランクが与えられ、あらゆる任務内において独自判断を許される存在。最早伝説であり、最凶の存在。奴らが目の前にいる。
「ここまでだ。さて、私が相手をするのに相応しいかな? いや、織りなす模様となれるか、か」
「なんだぁ? グリーフ、いくらてめぇでもオーダーの横取りは許さねぇぜ!」
「オーダー? そうだな。それも一つの要素ではあるが、重要なのはこの施設の抹消。合わせてお前たちの抹消だ」
「どういう事だ? 揉めたくは無いが、黙って引くわけにはいかない。オーダーを受けたのは俺たちだ」
「まだ、足りないようだな。出来れば、ここで目覚めてほしい物だ。糸は紡がれつつある」
 頭が割れるように痛む。グリーフの一言一言が、頭を締め付ける呪文か何かのように、頭の中にこだまする。
「フォー、オービタルに問い合わせろ。テラーズの行動はオーダーの独立性を侵している」
「接続ができません」
「どういうことだ?」
「申し訳ありません。作戦領域外への一切の通信は遮断しています」
 HDIに現れた女性。リグレット。グリーフと同じだ。肌が淡く発光し、血管なのだろうか? 刺青なのか、模様のような物が浮かび上がっている。色はあるのだろうが白に近い金髪に、薄い肌の色は人でありながら、人では無いような異質な印象を与えている。
長い髪の毛はそれ自体が輝いているようだ。何よりもその瞳、何も映していないかのような銀色の瞳が異様な雰囲気を与えている。正確無比の射撃、特に狙撃は全旅団中でも最高と噂されているほどの腕の持ち主だ。
「なるほど、細工は流々というわけだ。さて、どこからがお前たちの仕込みなのか」
「プロフェッサー、どうしますか? いっそのこと破棄という決断もあるかと」
「なぁっにぃいいい?」
 グリーフをプロフェッサーと呼んだ男。グルーミー。容姿の特徴は二人と同じだが、髭と刻まれた皺が二人より年長である事を物語っている。
極めて頑健な体はボーン・ボックスと比べても遜色は無い。それどころか上背だけなら彼の方が高い。体格と同じように重量のある機体に積まれた兵装の数々が戦い方を物語っている。さっきの爆導索も彼が使った物だ。
「どうしてこんなことになってんだ? 説明してくれよ中尉! おわっ!」
 リグレットの放った銃弾を間一髪で躱す。 
「もう始まっているのですよ?」
「連中、本気で私たちを殺すつもりだ! やるしかない!」
「燃えてきたぜ!! 指示をくれ中尉!」
「戦力を分散させるな、奴らの実力は私たちより上だ。各個撃破されるぞ。伍長、グルーミーを集中攻撃しよう。足が遅い奴から順に倒す。ジョニーは援護及び、電気系統の麻痺を狙え。ルーキー、伍長が正面を取る。出来るだけ裏を取れ。私は他の二人を牽制する!」
「了解!」
「やってやる!」
「さあ、おっぱじめようぜ!」
 ボーン・ボックスがグルーミーへと接近する。その背後の影にぴたりと付く。裏を取るにしても、周り込みを他の二人に邪魔されないためだ。グルーミーは動かない。
「バカが。余裕ぶっこきやがって!」
 ボーン・ボックスの伸ばした両手を、グルーミーの両手が捉える。がっちりとお互いに掴み、力を掛け合う。
「ぬぅおおお!」
「いい線は行っているが、その程度か。バレットワークスの名が泣くぞ」
「そりゃあ、こっちの台詞だぜ!」
 ボーン・ボックスの背中を借り、上へ飛び出す。飛び越え様に攻撃をしかける! だが、グルーミーの背に装備されたレーザーキャノンが輝く。
「何!?」
 体を捻るが放たれた一撃は電磁装甲を一気に粉砕し、半身が焼けただれる。だが、裏を取る。
「取った!」
 瞬間、ミラージュを解放。攻撃力を二倍に増やし、瞬間撃滅を狙う。
「喰らいやがれ!」
「甘い」
 リグレットの放った銃弾が、壁で跳弾し背中からの衝撃に床へとつっぷしてしまう。ミラージュが盾となるよりも速く、確実に本体を狙撃している。ペインキラーが縦横無尽に動いているが、たった数十秒の攻防でグリーフ一人に対応せざる得なくなっている。
「ルーキー!」
 ジョニーがリグレットを攻撃するが、空中へジグザグと蜂のように小さな回避運動を繰り返しなんなく攻撃を躱す。その間の集中射撃でジョニー機の頭が飛散する。
「うわぁぁあああ!」
「ジョニー!」
「隙だらけだぞ」
「しまった!!!」
 グリーフが脇構えから切り放った斬撃が、ペインキラーの両腕を同時に切り落とす。
「貴様はここで終わりだ」
「何!?」
 再充填準備をしているレーザーキャノンが両手を掴んだままのボーン・ボックスに向いた。

  
      

■  ■  ■


「ここにいるのか?」
「ええ、収監されてから既に八人が犠牲になっています。それ以来、扉を開けたことはありません」
「ご苦労だったな」
「しかし、准将。あなたほどの人が何故、奴を」
「戦場であれば普通の兵士で事足りるが、壁の中は地獄だ。普通に生きることは許されん。そんな場所でなら、奴も生きていけると思わんか?」
「確かに獣と恐れられる奴には、壁の中が相応しいでしょうね」
「なら、私のことは獣よりも恐れなければならんな」
「えっ」
「冗談だ」
 軍刑務所に勤める男には、准将の笑顔が恐ろしい化け物に見えた。収監されている男は確かに危険極まりない。人よりも獣に近いだろう。戦場において規律も倫理も無く、破壊衝動の赴くままに敵を蹂躙し、その果てに自身の上官を殴り殺した男。だが、自分の隣にいる男は戦場の神と呼ばれる男、獣など足元にも及ばない本物の死神であることを思い出したのだ。 
「ここです」
「ご苦労。開けてくれ」
「抵抗した場合は、発砲の許可を頂けますか?」
「君に脅威が及ぶ場合に限り許可する。私には無用だ」
「感謝します」
「開けろ」
 二重になった重い扉が開いていく。薄暗い部屋へ通路から入る光が十字の形を取る。蹲った男の姿が光の中に浮かび上がる。
「ボーン・ボックス伍長だな」
 ゆっくりと、凶悪なまでに光る眼を准将へ見据え、男の足が床を蹴った。ただ蹲っていたのでは無い、全身をばねとし跳躍を行うための姿勢を取っていたのだ。強烈な体当たりが准将を襲う。しかし、その体は思わず目標を見失いバランスを崩す。准将と思って体当たりを放った場所には、脱いだ上着があるのみ。
「ぬん!」
 崩れた姿勢を上着の向こうから伸びたばかでかい手に掴まれ、ボーン・ボックスの巨体が宙に舞う。
「ぬおおっ!」
 だが、投げられるやいなや体を反転させ、背中からの落下を阻止し床を滑るように後退する。
「ほお。思っていたより、出来る」
「ジジイ、やるじゃねぇか」
「上官にジジイ呼ばわりとは感心せんな」
「ジジイにジジイと言って、なあにが悪ぃ」
「どうやら躾が必要のようだな」
「ほざけ!」
 准将の頭のあった位置を右回し蹴りが凪ぐ。当たっていれば頭蓋骨は砕けていただろう。その足が着地する寸前、軸足が刈られ床に背中を打ち付ける。
「ぐっ」
 すぐに迫る分厚い軍靴の踵を転がることで回避し、立ち上がる。
(遊んでいるのか?)
 戦場において数々の危険な局面は体験してきた。だがこれはそのどれとも違う。投げられた時、着地したのでは無い。着地できるようコントロールされていた。掴まれ、固められていた 腕が放されていなければ、折れていただろう。回し蹴りの直後、どうとでも攻撃できたはずだ。だが、敢えて立ち上がる時間を与えた。
「貴様、何故上官を殺した?」
「あ?」
「質問に答えろ」
「答えたところで刑が変わるわけでもねぇだろうが。とっとと処刑しやがれ!」
「私に勝てば、生きる機会を得られるぞ」
「何?」
(嘘だとしても、そう言うならやってやろうじゃねぇか)
「覚悟を決めたな」
 態勢を低くし、頭を両腕で挟みガードする。どんな攻撃もこの二つの腕を崩すことは出来ない。ずしり、ずしりと前に出ていく。准将の放つ前蹴りをさらに低くした態勢、両腕で受け、そのまま前へと出る。自分の攻撃範囲に入った瞬間、体を左右へと振りながら拳を連続で繰り出す。
「ぬりゃっらぁ!」
 二つの大きな拳が、准将の脇腹、腕を破壊し、下がった頭を粉砕するはずだった。だが、拳が体の前で交差された腕に掴み取られ、全く動けない。
(嘘だろ!? 化け物か)
 下から顎へと伸びる蹴りを受け、その衝撃で後ろへ吹き飛ぶ。
「質問の答えがまだだったな」
(どうする? この化け物に勝つには……)
 准将へ背中を向け刑務官へと走る。予想していただろうに、刑務官の反応は遅く銃を抜く前に、その手をボーン・ボックスが捉える。
「遅い!」
 武器を手に入れたという安堵感が一瞬で凍り付く。すぐ後ろにいる。
「いい判断だ。素直に戦力差を認め、戦力の補強を図った。問題は相手の戦力を読み間違えていることだ」
(勝てねぇ。何をやっても)
「オレの負けだ。どうとでも、好きにしてくれ」
「それで」
「それで?」
「答えろ」
「ふん、そのことか。何度言っても信じてもらえなかったがな。自分は戦わず部下を戦わせておいてその栄誉は全て独り占め。挙句の果てに救うべき市民を見殺しにするよう命令した。それを知っている奴らはみんな嵌められた。オレがその最後の一人だ。オレがやらなきゃ、誰がやる?」
「命令を無視し戦闘行動を継続し続けていたというのは?」
「そんな隊だ。戦友は死んでいき、補充されるのは新兵たちだ。クソ上官の命令なんて聞いてたら、奴らはあっという間に死んじまう」
「だが貴様は兵士だ」
「そうさ。だからオレは処刑される。軍法でな。だけどな、狂っているのはお前たちだ。オレたちは軍に忠誠を誓ったんじゃねぇ! 大切な仲間や家族を守るという”大儀”に忠誠を誓ったんだ!」
 振り向き、准将を睨みつける。
「その通りだ。狂っているのはこの世界だ」
「何?」
「私の部隊に来い。貴様が必要だ。ボーン・ボックス伍長。壁の中でイモータルを駆逐し、この戦いを終わらせる。私の言っていることが嘘だった時は、殺せばいい。抵抗はしない」
 差し出された大きな手。
 何故かは分からないが、嘘じゃないと分かる。その大きな手は、見れば無数の傷がある。分厚い皮膚は固く、自分と同じ前線で戦ってきた男の手だ。自分の居場所にようやく巡り合えた。そんな気がした。     

  
      

■  ■  ■


「ヘヘ。人間、死ぬ時に大切なことを思い出すって言うが――」
「伍長、聞こえるか?」
「良く聞こえてますぜぇ、中尉。そっちの調子はどうです?」
「どうにも、これは流石に分が悪い。ランクEXは飾りじゃ無い。すまない、私の判断ミスだ。即時撤退すべきだった」
「言いっこ無しだぜ、中尉。こうなったら、三人で逃げてくれ! 時間は俺が稼ぐ!」
「いや、それでは無理だ」
「中尉?」
「すまんな伍長。俺も一緒に逝ってやるから、お前の命をくれ」
「ふん! お互い損な星の下に生まれちまいましたねぇ。ボーン・ボックス伍長、お供します!」
「二人共、聞いていたな。このままでは隊は全滅だ。私と伍長は自爆シーケンスを発動する。伍長はそのまま奴らを攻撃、私は退路を塞ぐ!」
「そんな! 中尉! 伍長!」
「ジョニー、分かるな。お前は生きて、オヤジさんに伝えてくれ」
「そんな、伍長!」
「ルーキー、すまんな。巻き込んでしまった」
「中尉、俺は大丈夫です。この程度、まだやれる! やってやる!」
「止めろ。援護が来ない以上、この戦力で勝つのは無理だ。時には逃げることも必要だ」
「そんな……」
「うぉおおおお! 行けぇえい!」
 ボーン・ボックスがバーニアを全力で吹かし、お互いの手を握ったまま壁際へと押し込む。
「テラーズの髭野郎。今、お前たちをぶっ潰してやる」
「出来るならな。大方、自爆シーケンスあたりがお前たちの作戦だろう」
「何だと!?」
 ジョニーが俺を抱え上げ、通路へと引き返す。その後ろでペインキラーが仁王立ちとなる。
「あばよ!」
「みんなによろしくな!」
 閃光が走る。通路と広間を繋ぐ入口がペインキラー機の爆発によって崩れる。
「中尉! 伍長!」
「くそっ! くそっ! くそおおおおっ!!」
 逃げるしか出来ない。何も出来ない。ただ逃げるしか……。


「グリーフ、行動限界時間です。通信封鎖が解けます」
「彼の処遇は?」
 グルーミー機の腕が無くなっている。ボーン・ボックスが自爆する刹那、両腕を装備解除し爆発範囲から逃れていた。機体に幾ばくかの損傷はあるが、行動不能というにはほど遠い。
「今はいい。それよりも、この結果が別の結果を生み出している……彼らが生き残った事に感謝しよう。新たな目覚めが迫っている」
    

  
      

*  *  *


[勇士の間:オービタルベース内]
 勇士の間。人によっては悲しみの間、追憶の間、様々な名で呼ばれるオーヴァルで死んだ者を弔うための場所、悼むための場所。壁には亡くなった者の名が刻まれている。死ねば世界に存在は無くなり電子データに情報が記録されるだけの存在となる。だが、残された者たちには冷たい石の壁であっても、触れ、悼むことの出来る場所が必要だった。ここは、そのための場所。

「全員、気をつけ」
 部屋の中央に棺が置かれ、その上にはバレットワークスの記章が施された旗がかけられている。棺の周囲には残された面々が整然と並んでいる。身に着けたアウタースーツの腕には、喪章がつけられている。どの顔も毅然とし、厳粛なこの場にいることに場違いだとさえ感じる。 
 准将が語り始める。 
「かつて、ある兵士から良い兵士とは何かと尋ねられた。良い兵士とは死なない兵士だと私は答えた。
だが、それ以上に勇気を持った者だとも言った。自分の命よりも他者の命を守るために責任を持つ勇気だと。部下であり、友人であり、掛け替えのない仲間、ペインキラー中尉、ボーン・ボックス伍長は兵士だった。それ以上に二人は偉大な兵士だった」
 黙祷する准将に続き、全員が手を棺の上に被せる。ジョニーに習い、俺も手を棺の上に被せた。
「よく務めを果たした」
「ダウンした戦力は大きい。まったく、誰が穴を埋めるんです」
「安心してくれ。仇は俺が取る」
「向こうに行ってもバカするんだろうね。本当にバカだよ」
「良き風が二人を導かんことを」
「中尉、伍長、ありがとうございました」
(ありがとうございました)
「オレ様からの手向けだ、受け取ってくれヨ」
 棺の上に美しいペイントが施される。ペインキラー、ボーン・ボックスの刺青を象ったペイント。
 クリムゾンの号令が静かに響き渡る。
「全員、敬礼。敬礼、止め。左向け、左」
 敬礼する皆の中、棺が旗の下を滑り、火葬炉へと運ばれていく。棺は炉の中へとゆっくりと進み、扉が閉じた。
「全員、気をつけ、休め。葬礼終わる、解散」
 皆、思うことがあるのだろう。その場に残る者、立ち去る者。俺は去り行く准将へ駆け寄る。
「すいません。俺が、力不足なばかりに――」
「お前には気の毒なことをした。全滅しても不思議は無かった」
「ですが――」
「そう思うなら、次に備えておけ。敵は待ってはくれんぞ。それに――」
「今すぐでも、行けます」
 准将が俺の目を真っすぐに覗き込む。深海のように碧色の目は悲しみに溢れていたが、何かが深海の底に閃いた。
「彼らが抜けた穴は大きい。我々には戦力が必要だ。やるか?」
 思いもかけない言葉だったが、考える間も無く反射的に返事をしていた。
「はい!」
 大きな手が、俺の両肩を掴む。
「今日からお前はバレットワークスの一員だ。死ぬか、俺がいらないと言うまでだがな」
「もちろんです」
「ルーキー、お前にルールを一つだけ言っておく。怯まず戦え、逃亡は許さん。隊規に服さんものは俺が撃ち殺す」
 立ち去る准将の背に敬礼する俺の肩が叩かれる。憔悴したジョニーの顔は見るに堪えない。きっと俺も酷い顔をしているのだろう。差し出された手を握る。ジョニーが何を考えているのか伝わってくる。二人で奴らを倒す。
「セイリオス、バレットワークスへようこそ」


――――つづく

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