Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第3章−10

[バレットワークス専用エリア:オービタルベース内]
「良かろう」
「いいんですか?」
「既に知られているとなれば、それをネタに手を打ってくる。断るだけ無駄だ」
「すいません」
「お前が謝ることはあるまい。それにつけても、さすが女帝と言ったところだな」
 豪快に笑う准将にほっとする。誰にも知られずにイモータル偽装装置を持ち出すことも考えたがとてもじゃないが無理だ。俺にその知識は無い。正直に准将へこれまでのあらましを話したってわけだ。
「それで、デートの方は楽しめたのか?」
 ニヤリとする准将に、俺は恐らくとんでもなく変な顔をしたに違いない。准将の顔が既に残念だなと告げている。
「まあ、気を落とすな。勘違いから始まる男女というのもある」
「それって慰めてます?」
「いや、お前たちには私のように生きて欲しくない。願望だな」
 准将の顔が優しく微笑む。こんな顔の出来る男になりたい。本当にそう思う。
「作戦は?」
「自分がイモータル信号でライブラリィへ攻撃をしかけ、その隙にエンプレスたち三人が歩兵装備で侵入する手筈です。施設の構造、IDキーなどは既に入手済みですが、地下施設だけがクローズド構造のため、そこからはどうしても臨機応変になるとのことです」
「エンプレスの事だ。無謀な事はしないとは思うが……」
「はい。自分は一定時間陽動の後、後退。あとは彼女たちの脱出の合図を待つことになります」
「分かった。くれぐれも無茶はするなよ」
「はい!」        

  
      

*  *  *


  [オービタル管理下ライブラリィ:オーヴァル]
「手順は分かってるね」
「うん。ルーキーが失敗しなければ大丈夫」
「あははは。言われてるよ」
「失敗はしないさ」
「確認するよ。二十分後にルーキーが攻撃を開始。オービタルへ連絡が入り緊急でオーダーが発生する。指定の傭兵へ連絡が入り、到着までは約十五分。ルーキーは攻撃を十分間継続。そいつらが来る前に離脱。アーセナルを隠し施設を見張ること。私たちは守兵として施設へ侵入。侵入後、連絡は取れない。いいね」
 HDI上で三人が頷く。
「続けるよ。各階へ爆弾を設置。最深部を目指す。侵入、捜索終了後、爆弾を使用し攪乱している間に脱出。爆破が無ければ何か私たちにトラブルがあったということだ。ルーキーは速やかに離脱、帰投する」
「了解」
「楽しくなってきたねぇ。中にあるお宝を拝ませてもらおうじゃないの」
「大分疲れちゃうと思うんだよね。だから――」
「分かってるよ。アイスクリームなら好きなのを食べていい」
「アイス!?」
「何よ」
「いや、その、かわいい所あるんだなと思ってさ」
「ふん。何を食べたってわたしの自由でしょ?」
「あはははは。そこまでだよ。ルーキー、あんたにだって好きな食べ物とか験担ぎで食べる物あるだろ?」
「……それが、あいにくと育ちが悪いからな。好き嫌いは一切無い。それに最近流行ってるコクピット飯なんて興味無いしな」
「ルーキー、あんた女にもてないだろ?」
「三人の美女に囲まれているんだ。これで十分だろ?」
「言うじゃないか。美女とは嬉しいねぇ」
 クィーンの笑い声に、エンプレス、プリンセスも続き、感じたことが無い華やかさに思わず笑顔になる。こんな和やかな時間が過ごせるほど、彼女たちは信頼し合っている。
「さあ、作戦開始だ」

 

 作戦通り、イモータル偽装装置を使いライブラリィへ接近する。ストライの装備のため、かなり不安ではあったが、一度防衛した施設だ。逆にどこが弱いか分かっている。出来る限り人的被害が出ないように、素手で戦車を投げ飛ばし、自動砲台を破壊する。それでも数人は命を落とす者がいると思うが……。
 十分攻撃を継続し、離脱する。後は彼女たち次第だ。
 

 

「手筈通りに行くよ」
 エンプレスに二人が頷く。警備端末から侵入し、施設の警備網は既にエンプレスの支配下にある。三人が動きまわろうと、その痕跡が残ることは無い。警備カメラは何かを映していたとしても、書き換わったデジタルデータには何も映らない。全てがデジタル化した弊害だと言える。アナログであれば、こうはいかない。
「こっちは設置完了した」
「こっちもよ」
「予定通りだね。エレベーター前に」
「あいよ」
「了解」
 三人共、警備用の装備を身に着け守兵に変装している。守兵装備は制服の上にアーマーを装備した簡易型のアウタースーツのようなものだ。信頼度は欠けるが、事を荒立てず侵入するためには我慢するしか無い。
 エレベーターに入り、IDを通す。操作パネルが起動し、階が表示される。エンプレスは迷うことなく、決まった順番で様々な階のボタンを押し始める。表示されていなかった階が表示され、エンプレスはその階<ウロボロス>を選択する。聞こえるか聞こえないかの駆動音とかすかな重力加速度を感じる。地下六〇〇mに設置された広大な空間。分速一二六〇m、秒速二十一m。約三分後にエレベーターは止まり、扉が開く。扉の先には扉。
「行くよ」
 無言で頷く二人。扉を潜った瞬間、施錠音と共に青いライトが照射される。
「くそっ、気づかれたか!」
「落ち着け。これは滅菌処理だ。かなり過去の仕様だけど」
「滅菌? あたしたちが汚いってこと?」
「わたしはともかく、クィーンはそうかもね」
「この!」
「あはははは」
「二人共、気を抜かないで。この先はデータに無い」
「あいよ」
「はい」
「ようこそ、ウロボロスへ。この先は外部からの汚染を阻止するため、洗浄及び着替えを行います」
 無機質な合成ボイスが再生される。フォーのような自然な声では無く、いかにもといった風情だ。
「洗浄?」
「着替え?」
「服を脱げってことだろ」
 エンプレスはそう言うや一糸まとわぬ姿になり、指定されている場所へ服を収める。二人もそれに続き、扉を通る。恥じらいなど感じさせない三人、この辺りはさすが傭兵稼業が長いだけある。
「冷た!」
 進んだ先で同じように扉が施錠され、上下前後から冷水が放出され、三人の体を洗い流す。一定時間放出された水が止まり、今度は温風で水を弾き飛ばし始める。乾燥が終わり、開錠される。その先は同じような部屋だが、脱いだ服と装備が丁寧に整えられ、一式置いてある。同じように洗浄されたのだろう。手早く装備を身に着ける。
「やだ、髪がグチャグチャ」
「あはは。だからいつも髪は短くしろって言ってるだろ?」
「クィーンはいいよね。洗っても何しても同じなんだから」
「いいだろ」
「馬鹿言ってないで、行くよ」
「はいはい」
「はーい」
 扉を抜けた先、そこには一本の通路が伸びている。どこまで伸びているのか、先が見えない。
「何だい、これ?」
 通路の左右、天井は見えない。そこに積まれている透明の容器だが、内部温度が低いせいなのだろう、結露し中は見えない。クィーンが結露を袖で拭き取っている。
「これ……」
 容器の中は生物の標本。いや、標本では無い。生きている。その証拠に容器に繋がれたモニターには生命の兆候が表示されている。
「エンプレス、これって?」
「ウロボロス、世界の再生計画」
「世界の再生?」
「そう。かつて世界は滅びの一途を辿っていた。それを何とかしたかったのさ」
「だとしたら、ご苦労なこった。クソみたいな世界だけど、今もあたしたちは生きてる」
「エンプレスの探している物がこの中に?」
「そう、あるはずだ」
 通路を進んでいく。左右には動物、昆虫、人間、植物、あらゆる生命が冷凍されている。そしてエリアが変わり鉱物資源、元素、様々な非生命が姿を表す。この惑星の全てを保管した場所、まさにライブラリィだ。通路が十字路へと変わる。中央には端末が一つ。
「あった……」
「これ?」
「これを探していたの?」
「そう。あたしの全てがある」
「何よそれ?」
「帰ったら説明するわ。今は何も聞かないで」
「あんたがそう言うなら、ね」
「うん」
「ありがとう」
 端末を操作していたエンプレスの顔が曇る。
「どうしたの?」
「思った通り、旧式の端末だから内部へ入るには直接接続しかない」
「それで?」
「あたしはネットコードの中へ意識を滑り込ませる。アーセナルや今のネットワークなら並列処理が可能だけど、これだとあたし独りで処理しなきゃならない」
「エンプレス、よく分からないんだけど?」
「接続している間、あたしは完全に無防備になるから、躰の方は二人にお願いするしか無いってこと」
「あら、わたしたちに任せるなんて危ないんじゃない?」
「なるほど、体は任せて」
「任せたわよ」
「大丈夫だとは思うけどさ、気を付けて」
「ああ」
 端末と躰にあるアーセナル接続端子を旧式のケーブルで繋ぐ。深呼吸の後、身体が震え静かになる。瞼の隙間から見える眼球が痙攣したように小刻みに動いている。レム睡眠時に見られる現象に近い。
「エンプレス? 入ったみたいだね」
「これ、起こせるのかな?」
「どうだかね、プリンセス!」
 背を屈め、十字路の奥を見据える。何かが動いた。いや、何かが聞こえる。
「何だ?」
「冬の花、死の馬、十、薔薇、母、七、姉妹、故郷、零、あなた」
 何かが近づいて来る。見えた。アウタースーツを着た女だ。あいつは! エンプレスを、プリンセスを守らないと! 銃を構えようとする。だが、銃を構えた腕は上がらない。あれ? 床が近付いて来る。赤い何かが見える。そして、何も見えなくなった。


■  ■  ■


 記憶にあるのは、凍てついた地で少ない食糧を巡って毎日を争う日々。ただ<穴>と言われる中へ、わたしたちは入れられていた。穴は縦構造になっており、肉体と頭脳、それぞれの訓練結果で成績順に階が決まる。食糧は最上階から最下層へと送られるため、最下層になった者へは食糧など残るはずが無い。飢えたわたしたちは毎日の訓練を必死に、それこそ必死にこなす。”母”と呼ばれる教官たちが、わたしたちに重火器の扱い、近接格闘、あらゆる知識を教え込む。何故、母と呼ばれているのかは誰も知らないし、母という意味は教本の中で知った。ここにいるわたしたちは誰も”本当の母”を知らない。
 わたしたちの年齢が十歳と言われる年齢になった時、その数は穴にいた人数の十分の一になっていた。成績が及ばず飢えで死ぬ者、訓練途中で死ぬ者、脱走しようとして死んだ者、仲間に襲われて死んだ者、その死は様々だが誰も、何も感じない。わたしたちは教わったことを教わった通りに行う兵器。
 十二歳の時、初めて施設の外へ出た。けれど何も感じなかった。施設の中と何も変わらない。人がいて、建物があり、食事を行い、動いている。わたしたちは動いているものが何であれ、これまで死んでいった者たちと同じように、動かないものへ変えるだけだ。そして、わたしが十四歳と呼ばれる年齢に達した時、全てが変わった。
 ある組織から情報を持ち帰る任務中にわたしはしくじった。訓練の通り、全員頭と心臓と肺に銃弾を撃ち込み、動かないものへ変えたはずだった。だが、たった一人、恐らくは人体改造を受けていたのだろう、背を向けたわたしの首を絞めるそいつの動きを止めるために、わたしは手榴弾を使い、吹き飛ばされた。そして何も分からなくなった。気づいた時には、二人の女性に担がれ、一緒に暮らすようになった。何も分からないわたしを大事に妹として接してくれた二人。
 だけど、母の呪いには勝てなかった。わたしは、わたしでは無い。わたしはただの兵器。今から故郷に帰る――。        

  
      

■  ■  ■


 クィーンとプリンセスが、寄り添うように倒れている。プリンセスの頬には涙が流れた痕が見える。二人の死体を見下ろす三つの人影。
「恐ろしいものね」
「記憶を失っても作動するマインドコントロールなぞ、この世にあるべきでは無い」
「これで良かったの、グリーフ?」
 三つの人影、テラーズの三人がそこにいた。
「彼女を止める最適の手段だ」
「それで、彼女は?」
 リグレットが向いた先、端末と接続されたままのエンプレス。
「こうする」
 グリーフが彼女と端末を繋ぐケーブルを無造作に引き抜く。数秒の痙攣の後、操り人形の糸が切れたかのようにエンプレスは倒れ伏した。
「哀れですな。人でも機械でも無く、彷徨ったあげくがこれとは」
「だからだよ」
「プロフェッサー?」
 グリーフに見えるのは寂寥だろうか。エンプレスの亡骸に向ける眼差しは冷徹なそれでは無く、親しい友人を悼むかのように深い孤独を湛えていた。
「ナサリィ・カムホート博士。彼女が開発したAI<ガンズ>と融合し、自分が人なのか、そうでは無いのか、魂はあるのか、何者なのか彼女は答えを探していた。全ての生命が保管され、DNAを始めとする全ての生命のデータ、この惑星の全てが保管されたここになら、答えがあると思ったのだろう」
「それで、答えはここに?」
「それは分からない。我々の知る限り、ここはこの惑星のデータを保管するだけの場所だ。だが、見つけられたことを願う」
「何故、今止めたのです。将来的な脅威になることは理解できますが」
「彼女は人類史上、初めて不老不死を成し遂げた。その間違いを正すには今しか無かった」
「間違いですか?」
「そうだ。彼女と同じ存在に人類が変われば、種の破滅をもたらしていた」
「人類が不老不死となれば、種の存続は安定するのでは」
「私の見える未来、分岐路では短期間はそうなる。だが人類は存続する努力を止め、虚栄という泥濘の海へ自らを投げ捨てる。後はただただ続く永遠に飽き、未来へ続くべき道はそこで終わっていた」
「では、これで我々の望む未来に?」
「いや、まだ為すべきことは多い。あらゆる因子が織り成すこの世界全てを把握することは出来ない。少なくとも一つの危険は排除できた」
「まだ先は遠いですな」
「でも、必ず成し遂げる。そうでしょ?」
「ああ。これまでと同じように」           

  
      

*  *  *


 彼女たちが侵入し、それから数時間待ったが合図の爆破は無かった。彼女たちのことは心配だったが、どう考えても救出は無理だった。最深部への侵入方法すら知らないのだ。俺は作戦通り撤退した。その日は眠ることも出来ず、ただただ何か知らせがないか、まんじりともせず朝を迎えた。
 彼女たちの訃報を知ったのはオービタルからの全旅団への通知だった。通知にはただこう書かれていた。
”侵入禁止区域への不法侵入により、守備部隊と交戦。装甲の王冠全員の死亡が確認された”と。
 自分の馬鹿さ加減、無力さが俺を打ちのめした。オーヴァルに来て以来、初めて俺は泣いた。


――――つづく

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