Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第4章−5

[オプティマス:ウロボロスタワー]
 オーヴァルの中においてこれほどまでに整備された場所は他にないだろう。人はいる。だが、人の気配が無い。防音壁で区切られ、移動が制限されたこの施設では他人の存在を感じることが出来ない。徹底して低温に管理されている温度も原因の一つだろう。
 僻地に存在するということもあるが、この施設自体がクレーターを削岩し、その中央に建てられたため外から見えるのは塔の上部のみである。そして周囲に張り巡らされた光学スクリーンへ投影された像のため、外部から認知することは難しい。時折、塔の先端から遥か空中の彼方へと放たれる光がスクリーンに干渉し、わずかに像へ色収差を起こしている。
 通路を歩く一組の男女。
 異質な白い肌と海を輝かせる太陽の煌めきを放つ髪。グリーフとネメシス。知性と感情、対極にあるかのような存在が二人並べば、完璧な均衡を成している。
「あなたの準備は出来ているの?」
「もちろんだ」
「問題があるようだけれど。名だたる旅団長のうち殺すことが出来たのは准将だけ。お粗末だったわね」
 グリーフが苦笑する。一瞬、張り付いたかのような表情が人間のそれになる。
「彼らが優秀だったとは思わないか? 君の弟、当主殿もいたのだがな」
「そうね。でも私はセイヴィアーより、他の誰よりも貴方の方が優秀だと思っているのよ。私を除いての話だけど」
 くっくっくと最初は小さく、ついにはグリーフが笑い始める。
「まったく、君は変わらんな」
「そういう貴方もね」
 ”復活室”
 そう書かれた扉の前で二人が止まる。扉の横に設置されたスキャン装置がブンと起動音を鳴らした。扉のロックを示すライトが赤から緑へ変わる。
「レベルゼロ。入室を許可します」
 扉の中は通路よりもさらに温度が低く、湾曲した壁、床に無数のポッドが並んでいる。放射状に並んだその中央に一人の少女が佇んでいた。巻いた金髪、不死隊のリジット。
 振り向いた彼女の顔に恐怖が張り付く。
「あんたたち……ここで、何を?」
 リジットを無視して二人は歩を進める。
「ウロボロス計画の残滓か。つまらぬプロジェクトだと思っていたが、このような形で結実していたとはな」
「つまらないとは、言い過ぎではなくて?」
「このプロジェクトがリジェクトされる場にいたものでね」
「まったく。でも実験は成功した。この子たちが成果よ」
「何なのよ!」
 リジットの叫びが木霊する。少女に今気づいたかのように二人が視線を向ける。
「みんなに近づかないで!」
「レディが大きな声を出すものではなくてよ。みっともない」
「お前はこれが何か、いや自分が何者なのか知っているのか?」
「え?」
「P4」
 リジットの顔がみるみる青ざめていく。
「その名前でわたしを、わたしたちを呼ぶなぁああ!」
 振りかざした拳はグリーフに届くことは無かった。掴まれた腕を力で振りほどこうとして、無駄と悟る。
「離してよ」
 グリーフが掴んだ手をゆっくりと開く。リジットは掴まれていたところを擦る。アウタースーツのおかげで骨折はしていないが、痛みが酷い。
「この装置は遠い星へと旅立つための研究、その成果の切れ端だ」
「え?」
「かつて、人類は種の保存と外宇宙への遠征のためある計画を立てた。それがウロボロスと呼ばれる計画だった。この計画の中で幾つもの案が立案され、廃棄された。この装置はその廃棄された案の一つ」
「そうね。けれどこうして実現した。クローンを製造し、死んでもそのクローンへデジタル化した精神、記憶をダウンロードし永遠に生きる。人類の夢、不老不死。その成果がお前たち」
「どういう……こと? わたしたちは——」
「丁度いいわ。教えてあげる。このタワーを運営しているのはホライゾンの下部組織オプティマス。そしてお前たちは目覚めの日、落下した最も大きな月の破片。オーヴァルの最深部、つまりグラウンド・ゼロに存在する物を回収するために処置を受けたはず、でしょ?」
「そうよ……なんであんたが……」
「半分は本当なんだけど、半分は嘘。この施設は私が出資し集めた研究員が大半を占めているのよ。ホライゾンはこの施設を隠すために表向きの存在、オプティマス製薬を作った。でも、それが失敗。そしてお前たちはデザイナーベイビー。この実験のために遺伝子を操作して生まれた存在。お前たち以外にも沢山いたけど、ついにPナンバーで成功した」
「何を……言ってるの?」
「理解が追いつかないようね。お前たちは不老不死の実現のため”だけ”に生み出されたのよ。一つだけクリアできない課題は残ってはいるけど、それも時間の問題」
「寿命か」
「流石ね。この子たちは死んで生き返ることを繰り返していたから気づかなかったでしょうけど、人間まるまる一つを作り上げたクローン体の寿命は四年」
「四年……」
 リジットが焦点の定まらぬ瞳で二人を見つめている。リジットを一瞥しグリーフが口を開く。
「ES細胞によるリプログラミングは?」
「試したわ。リプログラミングで突然変異を起こした細胞は有毒なウィルスを作りだした。被験者は即死」
「テロメアの減少を抑えるタンパク質は?」
「一時的に減少後退後、加速度的に減少を開始する。変異したDNAはフェムトと結合し、人ならざる怪物へと変化する。全て考慮済みよ」
 ネメシスが深く息を吐き出す。
「学術的にこの子たちは完璧よ」
「だがそれでは不老不死とは言えまい」
「この塔とシステムがある限りは、不老不死よ。それにこの子たちのおかげで分かったことがある」
 グリーフとリジットがネメシスの言葉を待つ。
「生きる目的よ。これまでの被検体は記憶を抹消しようとも必ず精神に異常を来たし、自ら死を選ぶ。けれど、家族と一緒に生きるという目的を持った彼らは違った。精神に異常を来たすことなく、いいえ、むしろ他のアウターや人間たちより安定した精神を持っている」
「……何よそれ……何なのよ!」
 リジットが床へと座り込む。床にぽたぽたと涙が零れ落ちる。最初は数滴。今は止めどなく流れ、床と手を濡らしている。
 グリーフの目に映る光景はかつて、背負った自分の運命に泣いてくれた人と同じだった。
「知らない方が良かったなんていうのは無しよ。知りたがったのはお前なのだから」
 魔女。多くの者から恐れられる存在がそこにいた。美しさと残忍さを併せ持った人ならぬ者。
「わたしは……わたしたちはどうしたらいいの?」
「好きになさい。これから戦争が始まる。どちらかの陣営に付いてもいいし、隠れてもいい。お前たちはお前たちの運命を辿ればいい」
「わたしたちの運命……」
 グリーフが座り込んだリジットに手を差し伸べる。
「私と来るか?」
「あなたと?」
「選ぶのはお前だ。どう生きてもいい。この世界の中でお前はお前だ。他の誰でも無い。運命の糸を他人に握らせるな」
 リジットの瞳が揺らぐ。唇を噛みしめ、目を閉じる。長い時間そうしていた気がする。一瞬だったのかも知れない。
 掴んだ異質な肌の手は熱を帯びていた。
「それで、このシステムの安全は保証してもらえるのかしら?」
「保証しよう。交渉成立だ」          

 

*  *  *


  [オプティマス:ウロボロスタワー地下線路]
「ここは?」
「ウロボロスタワーへ運ばれる物資や人、お前たちが普段使っている路線、これは一つでは無い。過去の遺物を再利用したことが建設費を削減できたわけだが、こうした誰も知らない路線も出来たというわけだ」
「そんな事も予測しなかったわけ?」
「共同体なぞ、そんなものだ。ましてや相手はあのネメシスだ。彼らでは荷が重い」
 リジットがくすりと笑う。あの魔女、敵に回せばどれほど怖いかは体験済みだ。
「どこへ行くの?」
「この路線を中継して拠点へ戻る」
「拠点?」
「そうだ……待て」
「どうしたの?」
「静かに」
 線路の上を進む列車が地下を走る制御音が聞こえる。それだけだ。
「おかしい」
「何が?」
「この路線に設置された中継地点を示す光表示の数と時間が来た時と合っていない」
「どういう事?」
「別の路線を走っているということだ」
 リジットの背筋に冷たい汗が流れる。グリーフはネメシスと何か取引をしたらしいが、それ自体が罠だったとしたら。
「この列車の制御室は後ろにある。そこまで、いや」
 しばらく考え込むとグリーフは前を指さした。
「行くぞ」
「後ろじゃないの?」
「この列車の入口は私たちが乗った後方と前方の二か所。制御室のことを考えれば、移動するべきは後方だが、これが罠だとすればそちらに罠が張られている可能性が高い。ましてや後方に爆発物がある可能性はあるが、前方の方が確率は低い」
「何故?」
「この路線ごと吹き飛ばすつもりならどちらでも構わないが、そうで無いと仮定した場合、前方を破壊すれば後方は破壊された前方車両がそのまま突っ込んで来る。全車両と路線そのものが破壊される。どちらにしても、確率と賭けでしかないがな」
 グリーフとこれまで話したことも、オーダーを一緒に戦ったこともないが感心する。自分たちとは段違いだ。
 ゆっくりと足音を立てずに動きだす。
 列車の車両を移っていく。あるのは貨物と幾つかの座席。ここまでおかしな事は無い。じき先頭車両だ。
「お前はここに残れ。確認する」
 頷くリジット。
「!」
 貨物の陰へグリーフが身をひるがえす。それに習い、リジットも身を隠す。
「後ろで死んでくれてれば楽だったんだけど」
 その声には聞き覚えがあった。特別知った仲ではないが何度かオーダーを一緒に達成したことがある。
「ルージュ・シンデレラ」
「まったく、いつから仲良くなったわけ」
 いつもの癖でHDIを開こうとするが、声は列車のスピーカーを通して聞こえてくる。地下トンネルを走るこの場所では全てのネットワークが遮断されている。
「何の用?」
「あんたには用は無い。用があるのはその青っちろいリーゼントよ」
 グリーフが顔をしかめる。
「個人的な恨みは無いと思うが」
「あんたが殺そうとした団長は生きていたし、共同体への宣戦布告もいい気分だったわ。個人的には理由は無いわね」
「なら、理解し合えるんじゃないか?」
「その台詞、追い詰められた悪人みたいよ」
「追い詰められた側か、私は」
「そうね。だから、無理。あんたが暴走した時のために送り込まれたのがあたし。団長はあたしを選んだつもりだったけど、予定通りだったのはこっちだったってわけ」
「オーヴァルへ入り身分を偽るには西の七人は都合が良かった」
「その通りね。もっとも身分は偽ったわけじゃないわ」
「暗殺を生業とする古の一族」
「話が早いわね」
「だがそれだけでこの舞台を整えるには無理がある」
「あんたも言ってたでしょ。ホライゾンだけじゃないのよ、オプティマスも一枚岩じゃない」
「まったく、コンプライアンスがなっていない。嘆かわしい」
「同感」
「お前の目的は私だ。彼女は見逃してくれないか?」
「あら、優しいのね」
「成り行きでね」
「もちろん、手出ししなければ見逃してあげるわ。一族の名誉に賭けて」
「助かる。アーセナルを装備してなら負けると思えないが、生身ではお前に勝つことは難しい」
「分かってるじゃない。お喋りは終わりよ」
 先頭車両の扉が開く。体にぴったりとした服に髪を結い上げ、両手に武器を持った姿は普段のルージュでは無い。美しい鬼神がそこにいた。
「覚悟はいいわね」
 滑るように前に出るルージュの身のこなしは肉食獣のそれだった。グリーフは護身用の銃で応戦するが、狙いを定めることすら出来ず、銃声がする度に壁に無駄な火花を散らす。
 ルージュの一歩。
 リジットの一歩。
「ダメ!」
「どきなさい!」
 一瞬速く、グリーフの前でリジットが両手を広げて立ち塞がる。
「くっ!」
 振りかぶった短刀を止めようと無理な負荷に、反応が一瞬遅れた。背後で聞こえた破壊音。
赤い花が空中に散る。
 どっとリジットに覆いかぶさるルージュ。
「え……」
 リジットの体の上を流れる血が傷の深さを物語っている。グリーフが苦しそうなルージュを慎重に仰向けにし、リジットを引っ張り上げる。
「あの……娘ね」
「そう、リグレットだ。良い腕だろ」
「まったく……とんだ災難……」
「約束を守ったな」
「これ……も、あん……た……ちか……ら?」
「いや、偶然だ。お前の誇りと、彼女の純粋さ、どちらも私の力の及ぶところでは無い」
「ふ……ふ……まいっ……たねぇ……」
 細く長い息をふうっと吐いて、ルージュが動かなくなる。
「大丈夫か?」
「た、多分。うん、平気」
 血と肉片に塗れてはいたが、スーツには傷は無い。体にも異常は無いようだ。
「脱出するぞ」
「え?」
「一流の殺し屋が保険を掛けていないと思うか?」
「りょ、了解!」
 グリーフが壁へ円形に爆薬を設置、爆破する。
「私が先に行く。出来るだけ列車から離れた位置へ跳べ。列車の近くは循環渦が発生する。巻き込まれるなよ」
「は、はい!」
「行くぞ」
 グリーフが跳ぶ。地面に叩きつけられながらも体を丸め、地面に伏せた態勢をとる。
「出来る!」
 リジットが跳ぶ。グリーフの見よう見まねで体を丸めるが、平衡感覚がついていかない。転がりながら列車の近くに寄って行ってしまう。
「か、体が……」
 その瞬間、地面に体が押し付けられる。グリーフの腕が列車に引き込まれるのを抑えていた。すぐ横を走る列車が通り過ぎるのを待つ。数秒後、轟音に揺れる地面からリジットは体を起こした。グリーフは既に立ち上がり、リジットが立ち上がるのを待っている。トンネルの先は爆発で崩れてしまっているようだった。
「歩けるな」
「ええ。でも、トンネルが——」
「忘れたのか? リグレットが待っている」
 忘れていた。ルージュを狙撃したリグレットがこの先にいるのだ。
 グリーフの背を追いかける。体は傷ついているが、足取りは軽い自分に気づく。生きている実感がここにはあった。
 選んだ運命はこれまでとは違う予感がしていた。


――――つづく

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