Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第2章−3

[ハンガー:オービタルベース内]
「バカたれが来たぞ。残念なことに合格だったようだな」
「まっ、そうだな」
「じゃあ、あらためて。俺はザック二級整備士だ。二級って言っても腕は確かだからな」
 二級がどの程度か分からないが、自分から“腕は確か”と言ってくるあたりが怪しい。「わしはアーロン。ここの主任だ。で、お前のことはなんて呼べばいい? 新米」
 そういえばまだ――瞬間、頭に浮かんだのは夢の中で見た星。
「セイリオス」
「また洒落た名前つけたなあ。“光り輝く者”って、それで死んだらかっこ悪いぜ、あんた」
 言われるとおりだ。カッコをつけすぎた気もするが、そうか? とも思う。
 バウンティランキング。
 敵対者、視聴者、自分自身によって傭兵たちに賭けられた金額。対象が死亡または撃破された場合に、その賞金金額が配当として支払われる仕組みだ。元々はオービタルが対象に使用した金額を回収するための保険として始めたことだが、それが傭兵たちにとっては死亡保険として、壁の外の人々には娯楽として、いつの頃からか運営されている。このランキングに登録されている名前を見れば、そこまでじゃないとは思うが。
「セイリオス、“導きの星”か」
「またの名は“焼き焦がす者”だな」
「じゃあ新米、ここのルールを教えてやる」
 おいおい、俺の名前はどこにいったんだ……。その前に、またの名はなんて言った自分の恥ずかしさが、倍増される。マジで恥ずかしい。
「良く聞けよ。一つ、壊すんじゃねぇ。二つ、手間をかけさすな。三つ、死ぬんじゃねぇ」
 ザックと目が合う。やれやれといった風情で肩をすくめる。どうやら毎度のことらしい。ぶっきらぼうな物言いだが、三番目のルールは少なくとも俺のことを気にしてくれているのだろう。一番目、二番目も俺が生き残っていてこそ有効なルール。悪い人間では無さそうだ。
「出来るだけ頑張るが、約束は出来ないな」
「ふんっ、まあいい。整備は終わっとる」
「遠慮なく、使わせてもらうよ」
「頑張れよ、新米!」
 陽気に手を振るザックに手を挙げて返事を返し、装備を開始する。ドライブ位置に移動するが眩暈は起こらない。同調した際に記憶されたようだ。今回はスム―ズにドラムドライブ上に移動し、そのまま射出エリアまで移動する。

            

*  *  *


[スカイユニオン市街地:オーヴァル]
「――作戦区域に到達。
射出シーケンスに入ります。五秒前、四、三、二――射出します」

 フェムトで汚染された真っ赤な空が視界に広がる。遥か天空では破壊された月が地上を睥睨している。地上から見上げるのではなく、真っ赤な空の中にいると月と自分が繋がっているかのような錯覚を覚える。鼓動に合わせて流れる血、フェムトの影響を受けて変化した血が月に引っ張られているかのようだ。「気のせいだよな」頭を振り、任務に集中する。ブースターを噴かし、合流ポイントを目指す。目の前には街が広がり、二機の<アーセナル>が待機している。
 オリーブとカーキの迷彩塗装が施された機体は、重装甲と軽装備のタイプだ。様々な武装を可能とした<アーセナル>は個人の好みが色濃く出る。アーマー自体も様々なため、任務で変更する傭兵もいれば、好きな装備だけで戦う者もいる。壁の外で見てきた俺が言えるのは少なくとも金と戦績が無ければ、良い装備は出来ないってことだ。今の俺が望むべくも無い装備に正直、嫉妬よりも羨望の念を覚える。
「素人、無事に戦場に出られたみたいだな。ようこそ、オーヴァルへ! ここは何もかもがエキサイティングだぞ!」
「………集中しろ。ここは直径二〇〇〇kmの壁に囲まれた地獄だ」
「かぁー、これだもんなぁ! 人が悪ぃっすよ。そういや自己紹介がまだだったな。自分はジョニーG。バレットワークスに所属してる。よろしくな。もう一人の愛想がないのが伍長だ。同じバレットワークスの所属で――」
「コールサイン、ファルコンだ。覚えておいてくれ」
「で、お前は?」
 恥ずかしいが、もう決めた名前だ。言うだけ言おう……。
「セイリオス」
「うわ。こりゃまた、素敵な名前を」
「ジョニー、茶化すな」
「そうは言いますけどね、伍長。ファルコンみたいにカッコいいコールサインか、せめて自分で付けられれば良かったんすけど……俺のコールサイン、本名じゃないすか」
「コールサインは単なる識別のための文字の羅列にすぎん」
「ちぇっ、まあいいか。おい新米! 見ての通りだ。このエリアは俺たちに任されてる。他のエリアは、他の奴らの受け持ちだ」
 コールサインを無視されるのは、ここの仕来たりなのか? どうやら素人から新米には格上げされたようだ。今はこれで良しとしよう。気にくわない奴を後ろから撃つ奴らもいるって話だ。どういう人間か分かるまでは、大人しくしておくに限る。
「組む相手は慎重に選ぶことだ。選択を誤れば死ぬことになる」
「伍長の言うとおりだ。要はヤバイ奴とは組むなってこと。傭兵の噂話なら、良い評判も悪い評判も耳に入る。その内、イヤでも覚えるさ。話を戻そう。ここはかなり前にスカイユニオンが占拠したエリアなんだけど、しばらく時間が経つと再びあいつらが乗り込もうと侵入してくる。それを掃討するのが今回のオーダーだ」
「いつもの害虫駆除だ」
「まあ、そういうこと。あいつら――あんたも知っての通り、イモータルだけど。今回駆除 するのはタイプCだけだ。戦闘能力は<アーセナル>と比べるべくもない。お祭りの射的ゲ ームくらいのつもりでやればいい」
 射的ねぇ、と思ってしまう。テストの時にはそんな余裕は無かったが、ジョニーG? の話を聞いていると自然とそんな風に思えてくる。
「市街地へ到達。始めるぞ」
 ファルコンが戦端を切ると同時に、俺も攻撃を開始する。戦場にいるのは変わらないはずだが、初めての時に比べれば落ち着いている。左手の盾で攻撃を防ぎつつ、敵を一体ずつ片付けていく。ライフルで攻撃をするだけでなく、ドローンを素手で掴んでみる。動きはそれほど速くない。敵に向けて投げつける。鈍い音を立て、制御を失った敵が地上へと落下していく。動けば動くだけ<アーセナル>が体に馴染んでいくのが分かる。
「目についた奴を破壊しろ。撃墜した分だけ報酬が上乗せされる。ただし、任務エリアから出るんじゃないぞ。場合によっては死ぬことになる。その辺りはフォーがサポートしてくれる」
「お任せください」
 確かに。そのシーンは壁の外で嫌というほど見てきた。戦況が酷くなり逃げ出したのはいいが、逃亡とみなされ<アーセナル>ごと吹き飛ばされた奴、余裕が無かったのだろう、任務エリアから外れたが、エリア更新を待たずに移動をしたために、<アーセナル>とのリンクが切られ生身で戦うはめになった奴。
 そんな目に遭うのはご免だ。死ぬなら、せめて戦って死にたい。
「了解。ありがとうございます」
「新米は謙虚でいいねぇ。ご褒美に先輩からのアドバイスだ。任務中に<アーセナル>の装備を回収できることがある。これは拾った奴のものになるから、見つけたら拾っておくといい。ま、だいたいガラクタだけどな」
「ジョニー、固まって行動していても効率が悪い。散開するぞ。新米、助けが必要なら自分かジョニーを呼べ。通信は以上だ」
「さあ、パーティタイムだ! ぶちかますぜ! イヤッホー!」
 おいおい、本当に楽しんでるな。こっちはまだそこまでの余裕が無い。リーダーと思しき奴を叩き潰すが、小さい単位のためか動きを止める敵がほとんどいない。三機の<アーセナル>が、真っ赤な空に破壊の花を咲かせていく。HDI上を動いていた光点は次第に減り、遂に最後の一機を示す光点が消えた。
「オーダー達成確認。
帰還シーケンスを実行、指示に従って帰還してください」

「ヒュー。もう、終わりか。新米も無事だったみたいだな。さあて、帰って――」
「待てジョニー、嫌な匂いがする……何か来るぞ」
「伍長の感――」
 警告アラームがけたたましく鳴り響き、HDI上に赤い文字が点滅する。エリアは出ていないはずだ。何だ!?
「フォー、これは?」
「今、情報をアップデートします。
作戦エリア内に別種のイモータルの出現が確認されました。データを開示、表示します」

「A+クラス? なんだ?」
 分からないことだらけで、頭がパニックになる。そもそも、どこから出現した?
「なあ、これってやばい奴じゃないか?」
「データはこれだけか?」
「はい。確認事例がほとんど無いため、データがありません。各担当エリアへそれぞれ複数の個体が侵入しています」
「マジかよ。さっさと逃げようぜ!」
「――オーダー内容を修正。
スカイユニオンからオーダーの変更が通達されました。A+。大型イモータルの足止めをし、これ以上の支配領域への侵入を阻止せよ。とのことです。任務報酬は上乗せされます」

「はあ? なんだよそれ! 伍長、どうする?」
「戦場が我らの命の在処だ」
「これだもんなあ。くそっ、やるしかないのかよ! お前はどうする?」
 俺は――「任務報酬は上乗せってことは、“ここまで”で元の報酬はもらえるってことだよな?」
「いえ、スカイユニオンからの通達では契約が変更されており、全てが達成されないと報酬の支払いはありません」
「それってありなのか!?」
「契約内容には一方的な契約変更も可能な旨が記載されています。もし意に沿わないようであれば、共同体へ不服の旨をお伝えすることもできます」
「ってことはここまでの経費は――」
「全てあなたが処理することになります」
「……了解だ。聞いてのとおりだ」
「くくく……ご愁傷様。規約、契約の類は良く読んだほうがいいぜ、新米」
 笑われてもしょうがない。手持ちのクレジットなんてたかが知れてる。契約を破棄したところで、何日か死ぬのが延びるだけだ。こうなったらやるしか無い。



「オーダー更新。遅れるな!」
「更新を確認。任務領域を変更します」
 ファルコンを先頭に、HDI上に新たに表示された光点を目指して飛ぶ。進むに従って光点が増え始める。一つ、二つ、全てで四つ。都市を囲む壁の外にも続くビル群の向こう――。
「でかい! でかすぎるって! マジかよ!? それに、簡単なオーダーだったし装備が!」
「バレットワークスの一員が泣き言を言うな! 准将なら現地で何とかしている」
 HDI上で駄々っ子のように不満を愚痴るジョニーの顔つきが変わる。これまでの軽薄そうな雰囲気は無くなり、一人の兵士がそこにいた。
「そう言われちゃやるしかないっすね。どうやって足止めします?」
「あいつらは、バカな機械じゃない。全部を殺る(やる)必要は無いはずだ。侵攻が無理と思い知らせればいい。先頭のやつを集中攻撃しろ!」
「了解! 新米、聞いたな?」
「了解。先頭の奴を集中攻撃する!」
 人型の巨大なイモータル。その体躯に見合う巨大なレーザーブレードを持っている。あのブレードで切られれば無事で済まされることは無いだろう――。
「不用意に近づくな!」
「ぬわっ!」
 人型の肩が開き、ミサイルが発射される。避けきれない! 咄嗟に盾を前に押し出し、後ろへ身を縮こませる。盾の表面で起こる爆煙が視界を埋め尽くす。衝撃に対抗するのではなく、圧されたそのままに重心を後ろにかけたまま、ブースターを噴射し後退する。腕から伝わる痛みのフィードバックが<アーセナル>の破損の具合を伝えてくる。
「新米!」
「大丈夫だ!」
「いい判断だ。新米にしては上手かったぞ」
 そう思う。あのままだと盾だけでは無く、腕までが破壊されていた。
「敵の武器は?」
「見りゃ分かるだろ。ブレードとミサイル、後はパンチ、嘘だろっ!」
 ジョニーの機体が巨体から繰り出される拳の連打を躱した直後、下から迫る蹴りを受け、後ろに吹き飛んだ。吹き飛びながらもミサイルで攻撃をしている。やはりバレットワークスの一員だというのは間違いないようだ。
 周囲から迫るミサイルに気を配りながら、先頭の一体に攻撃をするが効いている様子が無い。こっちはまだ駆け出しで大した装備が無いこともあるが、装甲が厚すぎる。HDIに表示された弾薬数のカウンターが止まらない。二〇……十五……八……二……〇。
 バレットワークスの二人も、攻撃の頻度が下がっている。
「弾薬が切れそうだ! これ以上もたない!」
「こっちは、もう弾切れだ! すまない」
 謝る必要は無いと思ったが、素直に言葉が出る。このままでは本当にここでジ・エンドだ。
「もうすぐ風が吹く……耐えろ」
「風が吹く? どういうことっすか! 分かりやすく言ってほしいんだけどなあ! くそっ ! 弾切れだ!」
「風だ」
 風? HDIに二つの光点が灯る。敵!? 識別信号は……味方だ! 雲間に光が走り雷光の如き軌跡を描きながら、二機のアーセナルが飛来する。あまりの速度と動きに、驚くしかない。少なくとも今の俺に、今の装備であんな芸当は不可能だ。深紅の機体と漆黒の機体が目の前を翔け抜ける。
「生きていたか。少しは強くなったようだな」
「伍長、ジョニーG、下がれ! 邪魔だ!」
「ファルコン、ジョニーG、ここは私たちに任せてもらおう」
「少佐! 少尉!」
 ジョニーの声が弾む。邪魔だと言われたことなど気にしていないようだ。絶対的な信頼が生み出す喜びがその声にはあった。
「ほう、私についてくるか」
 深紅の機体の運動量に漆黒の機体がぴたりと後を取る。急激な速度変化にも寸分変わらない動きを見せる。
「いつまでも、あんたの後ろについている気はない!」
 巨人が振るブレードを難なく掻い潜り、巨人の腕を黒い機体が駆け上がる。息を合わせたかのように深紅と漆黒の機体が振るうブレードが交差し、一体目を屠り去る。そのまま止まることなく両機はさらに速度を上げ、二体目の巨人を撃破する。恐らく各部に見えるフェムトの輝き。あの部分が核になっているのだろう。意図しているのか、それとも余程息が合うのか、同じ核を一気に叩き潰し、巨人の動きを止めている。
「次! イモータルごときがオレを止められるか!」
「すげえ、俺たちが手も足も出なかったのに……」
「これがA+か……?」
 深紅の機体が先行した直後、漆黒の機体から複数のミサイルが射出される。後ろに目でもついているかのように、深紅の機体は飛んでくるミサイルを軽く旋回し躱していく。ミサイルはそのまま巨大イモータルへと全弾命中する。弾道上にいたと言えばそれまでだが、深紅の機体を狙った攻撃が外れ、その軸線上に敵がいたようにも見えた。
「私を殺したいのは分かるが、今は任務に集中して欲しいものだな」
「チィ!」
 殺したい? こいつら仲間同士で殺そうとしているのか? 背中をチリチリとうす寒い感覚が駆け上がってくる。名声を得ているバレットワークスでさえこんな内情なら、他の旅団はどうなってるんだ?
「それに、その程度の腕では私は倒せん。せめて、こいつらを全て倒してみせろ」
「殺ってやるさ、そのあとにあんただ!」
「その意気だ」
 深紅の機体が放ったフェムトブレードの一閃に、最後の巨大イモータルが断末魔のような不気味な声を上げた。その巨体が周囲の建物を破壊しながら地面へ倒れ伏す。HDI上では敵は全て活動を停止しているが、一体ずつ確実に止めを刺し、俺たちが待機している場所へ二人が近づいて来る。
「ファルコン、ジョニーG、良くやった。うん? 知らない顔がいるようだな。失礼した。私はクリムゾン。バレットワークスの副団長を務めさせてもらっている。もう一人が――」
「オレはディアブロ」
「俺は――」
「新米な」
「ジョニー!」
 おい、とツッコミたかったが、ジョニーを叱るファルコンにタイミングを逃してしまった。名前を伝えた方がいいのかどうか迷って、結局……黙っておく。
「我が団の二人をよく助けてくれた。君の事は覚えておこう」
「小遣い稼ぎのつもりがとんだ災難だったな。少佐と少尉がいなけりゃ、俺たち死んでたぜ」
「それでもお前たちは生き残った。それでいい。新米、お前はいい星を持っているようだ」
「ファルコンが褒めてくれるなんて珍しいな。まっ、今日は良しとしようぜ。じゃあな、新米!」
「また戦場で会おう」
「……また戦場で」
「オーダー達成を確認。
帰還シーケンスを開始します。帰還しますか?」

「頼む。弾薬が無い。出来る限り速く戻りたい」
「了解です。最大速度で帰還します」

     
――――つづく

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