「中尉! 信号がロストしました」
「誰だ?」
「ガルガンチュアとアイルです」
「間違いじゃないんだな?」
「信号に間違いが無い限りは。ただし二人に生じたトラブルで信号が拾えていないという可能性も――」
「その通りだが、二人は死亡していると仮定して動くべきだ。ジョニー、お前も分かっているだろう。戦力に関しては希望的観測を持たずに行動する。それが鉄則だ」
「ですが――」
「中尉の言う通りだ。今はルーキーたちと合流することに集中すべきだ」
「了解。この坑道を抜けるとかなり大きな空間があるようです。このまま進めば、約八分ほどで到着。ルーキーたちともそこで合流できそうです」
「それでいい」
「しかし、あの二人がやられたりしますかね?」
「アウター能力があるとはいえ余程の力に恵まれなければ無理だろう。生身での戦闘ともなれば尚更に訓練と経験が必要だ」
「俺たちが生き残れるのは軍曹のしごきのおかげってことっすね」
「ワハハハハハハ」
ファルコンが思わず声を出して笑う。ビショップの口の端が釣り上がっている。見る人によっては恐怖を感じる表情に見えるが、彼を良く知る人たちはそれが最大の笑顔だと知っている。
「おっと」
反響する自分の声にファルコンが顔をしかめる。
「う、うん。伍長、どうです? 動体センサーには反応ありませんが」
「静かなものだ」
「敵がいないならそれにこしたことは無い。先を急ぐぞ」
「了――」
「いや、待て。動くな」
ファルコンの口調にただならぬものを感じ、先行しようとした二人が動きを止める。
「感じるか?」
「何も、伍長?」
ファルコンがゆっくりと壁と地面を指さす。ほんの少し、たった少しではあるが耐えることなく壁から土がパラパラと落ちている。常人であれば見逃すほどのほんの僅かな振動。
「伏せろ!」
壁を貫く複数のブレードが頭上をかすめる。元は別の用途に使われていたはずの物だ。だが今は人間以外の手を離れ、文字通り”手”そのものだ。
「走れ!」
ビショップの命令が先だったか走り始めたのが先だったか、日々の訓練の賜物だろう。体を起こす動作がそのまま走る動作に繋がっている。三人のその背後を、壁を貫くブレードが追う。
「こりゃ、スリル満点ですね!」
「無駄口を叩くな! 走れ!」
「走ってますよ!」
「狭い場所では不利だ。合流地点で反撃する」
「この距離を全力疾走は、きついっすよ」
「ドレイク軍曹に感謝だな」
* * *
「急に移動速度が上がりました。この速度、彼らは走っていますな」
「であれば、追われていると見るのが妥当だろう」
「その可能性が最も高いと考えて良いでしょう」
「ルーキー、走れるな」
「もちろんだ!」
ウエストセブンの二人がどうなったかは確認出来ていない。フォーにも信号がロストしているという事実しか分からない。これ以上、仲間を失えない。ましてやバレットワークスの仲間たちだ。
全力で走る。だが、先頭を行くナイトへ追いつけない。この老人と言っても良い男のどこにそんな力が、と思うが彼の実力を知れば知るほど底が見えなくなる。
「どちらが速い?」
「この距離と速度であれば、我らが一分ほど速く到着します」
「ルーキー、どんな敵に追われていると思う?」
「え?」
全く考えていなかった。合流し敵を破壊する。焦りもあっただろうが、それしか考えていなかった。
「群れ、とか?」
「ははははは。ルーキー殿は、面白いことを言いますな」
「すいません……」
「お前の仲間たち、バレットワークスがその程度のことで後ろも見ずに走るとは思えん」
「……確かに」
その口調に、驚きを隠せない。セイヴィアーが思っていた以上にバレットワークスの実力を買っていることが窺える。
「となれば、追っているのは何だ?」
まるで生徒と教師だ。俺の今の実力はセイヴィアーやナイトと比べれば、まるでお話にならない。だからこそ、ありがたい。盗めるものは盗ませてもらう。虫共の群れでは無い、あとは考えられるのは彼らでも抗い難い脅威。ここは坑道だ――。
「坑道の崩落」
「それは可能性としては十分な物ではありますが、この状況では違うでしょうな。坊ちゃまは何と見ますかな?」
「坑道の崩落であれば、この坑内全体に影響が出ていると考えるべきだが、今我らが走っている場所にその兆候は見当たらない。そもそもフォーからの警告もあるだろう。となれば狭い場所での戦闘は不利と考えての行動と考えるのが妥当だろう。この坑道自体は狭い場所であれば人が一人通れるかどうかの場所もあるが、アーセナルサイズでも行動可能な場所も多い。となれば、アーセナルサイズかそれに準じる大きさの敵に追われていると見るべきだな」
「流石ですな。で、ルーキー殿ならどうします?」
そう言われて、やはり困ってしまう。アーセナルサイズ、またはそれ以上の敵に追われているとして何をどうする?
「合流して、二部隊で挟み撃ちにするというのは?」
「ふむ。それも良いですな。しかし我らの方が到着するのが一分ほど速い。この時間を使って罠を仕掛けておく、というのはどうですかな?」
「罠……」
「若い時には力任せも良いのでしょうが、歳を取ると出来るだけ楽をしたくなるものでしてな」
「ふふ、まったく楽と言えば聞こえはいいが、敵を確実に屠ることに余念がないという風にしか私には聞こえんがな」
「はて、それは耳に問題ありですぞ。そう思いませんかな、ルーキー殿?」
ここで同意を求められても迷惑極まりない。自分もセイヴィアーの言う方が真実に近い気がする。
「耳聞は目見に如かず」
「ははは。これはこれは」
「ナイト」
一際広い空間に出る。敵の姿は無い。壁の幾つかが赤く光っている。ただの鉱物資源だけで無く、まだ未採掘のフェムト鉱石が埋まっている。こういう場所ではアーセナルに限らず、アウターも自身の持つエネルギーだけでなく、周囲からのエネルギーで力を振るうことが可能だ。ここへ繋がる通路は三つ。どれもが同じような形だ。一本はより奥へのくだり坂になっている。
「<FEMP>地雷は持っておりますな?」
「もちろん」
「では、そちらへ設置を、いえもう少しそちらに」
ジョニーたちが来るであろう通路の出口横へFEMP地雷を設置する。フェムトエネルギーを含んだ電磁パルス地雷だ。イモータル、アーセナルのエネルギー網を損傷、破壊する。小型のイモータルであれば十分だが、アーセナル以上のサイズとなると一部のエネルギー網の損傷に止まる。再起動されるまでの時間稼ぎにしか過ぎないが、アウターが使える対アーセナル兵装としては十分な兵器だ。アウターの中には自分のアーセナルを囮にこれで相手の動きを止め、アーセナルを奪う猛者もいるという話だ。もっとも、傭兵たちの集う酒場での噂話の域を出ないが。
セイヴィアーが逆側に地雷を設置している。
「さて、それでは私は」
ナイトが傘を広げ、傘部分が周囲の風景を映す。その後ろにいるナイトの姿は風景に溶け込んだ傘部分によって、正面から見る限りは全く分からない。さらにケースから取り出した装備を取り付け、2メートルはあろうかというライフルに姿を変えている。
「対アーセナルライフル、本物は初めて見た」
「最早廃れて久しい武器ですからな。だが、こういう時には実に役に立つ」
構えたナイトの目から光が消える。瞬き一つしないその様は獲物を狙う猛禽さながらだ。
「来るぞ。ルーキー、彼らを誘導しろ」
「あんたは?」
「迎え撃つ」
セイヴィアーは長剣をすらりと抜き放ち、通路正面へ仁王立ちする。その背中は准将のそれと同じだ。彼が数ある旅団の中でも名高い旅団の長であることを改めて思い知る。
「来るぞ」
「ルーキー!」
「散会しろ!」
通路を走る三人の後ろに土煙が上がり。通路を破壊しながら進む異様が見える。アーセナルサイズを超えるイモータル。通路を抜け、空間へ取る三人の姿を確認する。
「気を付けろ! こいつら――」
ジョニーの声が壁を突き破る破壊音にかき消される。現れたのは二体。複数の足に巨大なブレードを腕に持つ、見た事が無いタイプだ。足は足ではなく複数のアーセナルの腕が接続され、その様はまるで多足の虫に人の胴体が乗ったような、悪夢そのものだ。
地雷が設置されていない側のイモータルへセイヴィアーが舞う。反応したイモータルのブレードが体を貫くその刹那、振り降ろした長剣とブレードの激突の衝撃を利用して、さらに前に回転、イモータルの体の上に着地する。
「ナイト!」
「お任せを。さて、アミューズを頂きますかな」
ナイトの火砲が轟音を上げ、もう一体の足間接を撃ち抜く。よろめいたイモータルがFEMP地雷を踏む。赤い電磁波が半球状に拡がり、イモータルを包み込む。イモータルが苦鳴を上げ、身を捩る。
「ファルコン! ジョニー! 反撃開始だ!」
「ぬおおおおおお!」
「待ってました!」
ファルコンの戦斧がまだ痙攣しているイモータルのブレードを叩き折り、ジョニーのブリッツとバズーカが足を破壊していく。ビショップは一人、ナイトの傍らに立つや両腕を拡げた。細く長い指の動きに合わせて同時に複数の、計十個のドローンが展開し、左右のイモータルの首や腕、足へと細い鋼線を巻きつけていく。
「離れろ!」
ビショップの声に、ファルコン、セイヴィアーがイモータルから離れる。ビショップが掌を打ち付けると同時に、鋼線、爆導索が次々に爆ぜる。爆煙が晴れるのを待つことなく、各自が弾を撃ち込み続ける。
「回避しろ!」
ファルコンの叫びと煙の中、複数の光が煌めくのが同時だった。
「ぐああああ!」
「ルーキー!!」
煌めいた光、無数のレーザーが放射され、部屋を切り刻む。回避し損ねたセイリオスの左腕が切り落とされる。幸いにもレーザーによって断面は焼灼され、多量の出血だけは免れている。ポーチから使い捨ての痛み止めを取り出し、患部近くへ注入する。
煙の中から現れた二体は確かにダメージを追い、内部を露出してはいるが形は保たれたままだ。
「爆発反応装甲だと!?」
「これは少々侮っておりましたかな」
「フォー!?」
「初めて遭遇するタイプです。ですがストライと同じくアーセナルを素体に使用したタイプだと推測されます」
「くそっ! 絶対、そうだと思ったんだ!」
「泣き言は後にしろ。敵は二体。どちらも足の破壊は完全では無いが成功している。爆発反応装甲も全てのダメージを無効に出来たわけじゃない」
ビショップの言う通りだ。敵の動きは確実に鈍くなっている。それを補うためにレーザーで攻撃をしているとも考えられる。
「セイリオス二等兵、動けるな?」
「腕の一本や二本、やれます!」
「よし。クロスアームでファルコン、ジョニーを援護しろ。私はセイヴィアーを援護する」
「光学兵器である以上、照射口は無防備。私はあれを潰すといたしましょう」
ナイトのライフルから薬莢が射出される度に、敵のレーザーが減っていく。それに気づいたイモータルたちが、ナイトへと標的を絞り移動する。
「させるか!」
ファルコンがレーザーを掻い潜り、足を叩き斬る。一本また一本とその数を減らしていく。その後ろから、ファルコンを攻撃する腕をジョニーの攻撃が阻止している。ちょっとの動きの遅延でも、歴戦の戦士には攻撃を避けるには十分な時間となる。
「ダメ元!」
クロスアームでもう片方の敵の腕を掴み、ファルコンへの攻撃を阻止する。片手ではあるが、銃弾を吹き飛んだ装甲の裂け目に撃ち込んでいく。
「やるな」
「うちの隊は躾が厳しいからな」
「頼もしいな、さてフォーの推測が正しければ仕留めるには――」
セイヴィアーの剣が裂け目から見える内部へ突き入れられる。反撃するイモータルの攻撃は一つとして当らない。と言うより攻撃の位置を知っているかのようですらある。
「アウターとしての能力が無くとも、機械の攻撃は簡単に予測がつく」
「正確すぎる攻撃はかえって不正確さに負けることがある」
「正解だ」
ビショップのドローンたちが、イモータルの背中に張り付く。
「逝け」
十個のドローンが一斉に炸裂する。
「開いたな」
背中の装甲が吹き飛び、中のアウターを使った装置が外からでも見える。セイヴィアーが跳躍し、一気に切り裂く。一際大きな咆哮を上げ、地面へと崩れ落ちる。
「伍長、腕の動きを止めれますか?」
「ジョニー、いい考えでもあるのか?」
「多分! ルーキーも頼んだぞ!」
「任せろ!」
「まったく!」
腕の攻撃を避け、歯と柄の間で腕を地面に固定する。
「そんなには保たないぞ!」
「うおおおおおおおおお!」
ファルコンの背を踏み、ジョニーがイモータルへと飛び乗る。
「これでどうだぁあああ!!!!」
背中の一点へ攻撃を集中させる。
「死ね」
装甲へ開いた穴へ手榴弾を投げ入れる。
「離れろ!」
背から飛び降りるジョニーの背後で、ダメージを負ったイモータルの眼の光が明滅し、よろよろと歩き、崩れ落ちた。
「どうだ!」
ガッツポーズを取るジョニー。その背後でブンッと低く何かが唸るような音がし、明滅した光が力を取り戻す。
「ジョニー!!!」
轟音と共に、今度こそイモータルの生命が消えた。ナイトはまだライフルを構えたままだ。
「あ、ありがとうございます」
「何、戦場で仲間を助けるのは当たり前のこと。ですが最後に油断したのは頂けませんな」
ナイトがニヤリと笑う。全く大した人だ。
「ルーキー、腕をこっちに持って来い」
ファルコンに言われて思い出す。腕が切られていたことを。体から離れた腕は不気味でもあるが、不思議でもあった。こんなにも自分の腕を見たことは人生でも初めてのことだ。
「損傷は他に無いようだな」
そう言いながらファルコンがスプレーで腕を凍らせる。それを取り出した保存バッグに入れ、渡される。
「応急処置だ。その状態ならおそらく付くはずだ」
「本当に!?」
「ああ、おそらく、な」
「諸君、取り込み中かと思うが、この後の話をしたい」
一同がセイヴィアーの発言を待つ。
「最初の目的地である破砕室はこの下にある。前進と撤退、どちらを選択しても勇気ある選択だと言える」
「私は当主の選択に従います」
ナイトの選択は当然だろう。
「中尉、ルーキーの腕とウエストセブンの二人、損失を考えたら撤退すべきではないでしょうか?」
ジョニーの言うことは最もだ。
「自分は三度目は御免です。出来るなら何があるにしても、今潰しておきたい」
「ルーキー、いけるのか?」
「行くさ。それにこの面子ならいけるさ」
ジョニー、ファルコンが頷く。
「セイヴィアー、前進だ」
「良かろう。正直なところ、君たちがいなくても前進するつもりではいた」
「正義のためにか?」
「正義の執行は元より望むところだが、この任務は自分への戒めのためにも、自分の手で終わらせたかったのでな」
言葉にこそしないが、セイヴィアーが怒っていることが伝わってくる。思い当たるのは二人を失ったであろうことだが……どうだろう……。
「そうだな。伍長、任務をここで終了させるぞ」
「了解」
隊列を組み前進する。怪我をしている俺は中央だ。敵の攻撃は無く、静かなものだ。
「これは……」
破砕室は見事に破砕されていた。そこに在ったであろう施設は根こそぎ無くなり、奥へ進むための通路でしかない。
「予想外だな」
「前進する」
奥へ続く通路は下へと下降していく。
「奴ら、逃げ出したんじゃないのか?」
「さあな。こっちは怪我しているし、そう願いたいね」
「おいおい、さっきまでの威勢はどこにいったんだ?」
「伍長、思ったよりもこいつが重くて、歩く度に思い知らされるんですよ」
肩掛けに背負ったバッグ、その中にある腕を指さす。
「忘れないことだ。命はその腕より何倍も重い」
通路の先、光が漏れてくる。全員の気が変わるのを感じる。セイヴィアーが腕を上げる。中尉が同じく腕を上げ、全員が止まる。中尉のハンドサインにファルコンが首を振る。危険を感じてはいないようだ。セイヴィアーへ合図を送り、ナイトが先行する。彼のシルエットが光に飲まれる。無事を祈り、待つ。実際に待ったのは十秒か三十秒か、どちらにしてもそれほどの時間では無かったはずだ。
「こちらへ」
移動した先にあったのは、光が通るパイプ類と何かの装置。それらが床下から遥か上へと穿たれた穴の先までずっと続いている。壁には螺旋状に敷設されたレールがあり、上から下までひっきり無しに何かが運ばれている。そして整備された壁と床は見た事も無い黒い金属質の素材で出来ている。
「これは……」
見たことが無い巨大な施設の中で、皆一様に戸惑いを隠せないでいた。
「”巣”じゃないよな?」
「俺に分かるわけないだろ」
「俺も初めてだ」
「フォー、見当はつくか?」
「イモータルの製造施設だと思われます。周囲に設置された装置からは高エネルギーを感知。アーセナルなどのジェネレーターを改造した物だと思われます。また、壁に空いた穴は先ほどのイモータルを製造中の場所だと思われます」
「新種のか?」
「はい。全ては埋まっていませんが、スキャンした結果、製造中の形を見る限り、先ほどのイモータルと同じタイプです。百体ほどが製造中です」
「破壊すべきだな」
「これだけ巨大な施設だぞ? 今の我々の装備ではこれを破壊する火力は無いと思うがね。幾ら財力があろうとこの状況は変えられん」
「だとして、貴様に何か――」
「あのー、いいっすか?」
ジョニーへみんなの視線が集まる。
「さっき、フォーがジェネレーターはイモータルの物が使われているって言ってましたよね?」
「その通りです」
フォーとジョニーのやりとりにまだ誰も、何が言いたいのか気づいていない。
「つまりですね、アーセナルの命令系統、回路が生きていれば――」
「オーバーロードさせて、連鎖でこの施設を破壊する」
ナイトが満足気に引き継ぐ。良い案なのだろう。
「フォー、それは実行可能なのか?」
「そのためには安全装置を解除する必要があります。解除は手動となっていますが、可能です」
全員得心がいったのか、頷くジョニーに思い思いの気持を表す。俺はまだ失っていない方の肘でジョニーを軽く押す。
「お前、天才だな」
「だろ」
「解除の後、オーバーロードさせるのは遠隔でも可能なのか?」
「いえ、私の誤作動または任意での破壊を不可能とするため、手動またはアウターが接続、許可している場合が唯一の選択肢です」
「手動でオーバーロードさせた場合、臨界点を突破するまでどれくらいだ?」
「十分といったところです」
「ジョニー、前言撤回だ」
「分かってる」
「それならば、まだ製造中のイモータルを乗っ取るというのはいかがですかな?」
「そりゃ、また……」
「フォー?」
「可能です。ストライではありませんが、核となる部分にアウターを使用している以上、接続は出来ます」
「イモータルの中に入る事による危険性は?」
「分かりません」
「中尉、どうします?」
「失敗した時のことを考え、試すにしてもまずは一人が行うべきだな」
ビショップが全員を見回す。
「残念ですが、私はこの件では力になれません」
これまで献身的とも言えるナイトのこの発言は皆を驚かせる。
「説明不足ですな。私はアウターではありません。故に、アーセナルもヴァランタイン家で製造された専用のアーセナルを使い、かつ薬で身体を強化した状態で初めて操作が可能となります。その薬は今回ここにはありませんので、私には不可能です」
「そうだったのか……」
それでこれほどの強さとは、一体彼がアウターであればどれだけ強いのか底が知れない。
「俺が行きます」
「ルーキー」
「俺の怪我では何か起きた際には戦力としては劣ります。であれば、俺がイモータル、アーセナルを装備するのが被害が少ない」
「任せよう。的確な判断だ」
全員が頷く。
「フォー、使えそうなのはどれだ?」
「現在のセイリオスに近い状態の物を選択します。これです」
HDIへスキャンした結果が表示される。左腕が製造中で今の俺と同じだ。
「よし」
表示されたイモータルに近づく。動く様子は無い。武装を外し、中央のスペースへ体を滑り込ませる。周囲の接続線が剥き出しとなっているのが不気味だ。
「ルーキー、どうだ?」
「なんかネチャネチャします……」
「ははは」
「笑いごとじゃありませんよ。これ、気持悪くて」
「フォー、接続を開始できるか?」
「はい」
「ルーキー、準備はいいな?」
「OKです」
「接続を開始します。起動シーケンス開始……データリンクテスト……正常。ジェネレータープール……………出力は六〇%で固定。エネルギーリミッター保持。爆発反応装甲の装備を確認。電磁装甲へのエネルギー供給は解除。武器安全装置確認。すべて正常に稼働中。起動します」
イモータルからのフィードバックが始まる。アーセナルとは違う。機械には無いはずの鼓動や血管を流れる血を感じるのはそのままだが、感じたことの無い器官や感覚がある。
「うおえ」
思わず少し吐いてしまう。高熱で体調が悪い時の眩暈の感覚に近い。体がふわふわとあやふやな感じだ。
「大丈夫か?」
「慣れていないせいだと思いますが、気持悪いです」
「動けるか?」
「やってみます」
足を前に出す。無様に転びそうになったが自動補正システムだろう。それが補正し、おかしな態勢ではあるが何とか転ばずにいられる。一歩ずつ、歩みが確かなものになってくる。腕を動かす。なるほど、アーセナルと同じだ。意識せずに動かすことが大事で、考えると別の感覚に囚われる。
「いけます」
「よし。そいつで最上部から地上へ穴を掘れないか? それが出来れば、ジェネレーターをオーバーロードさせての脱出も可能だ」
「やってみます」
最上部まで壁を登る。多足がしっかりと壁をホールドし、落ちる心配は無い。最上部も同じ素材で出来ている。試しにブレードを振りかざすが通らない。
「くそっ!」
「どうした?」
「ブレードが、あ、待ってください。別の手を使ってみます」
レーザーを集中して、照射する。素材が焼き切れ始める。
「よしっ!」
「大丈夫か?」
「いけます」
そのまま、上へと穴を掘り続ける。岩となってからはかなりの速度で掘ることが出来る。岩盤に突き当たるが、レーザーで破砕する。そのまま掘り続け、遂に地上へと出る。
「眩しい……」
人口の光では無い光を浴びるのは何時間ぶりか。こんなにも眩しく、広い世界があるなんて。地下とは何もかもが違って感じる。土の中で何年も暮らす昆虫の話を聞いたことがある。彼らもこんな気持なのだろうか。
「聞こえますか?」
「聞こえている。そっちはどうだ?」
「地上へ出ました。作戦の実行は可能です。掘りながら進んでいたので三十分ほどかかりましたが、移動だけであれば五分程度で地上へ出られるはずです」
「聞いたな?」
全員が頷く。
「各自イモータルを装備し地上を目指す」
「ナイトは私が連れていく」
ビショップが頷く。
「ルーキーはそのまま地上に待機」
「了解」
フォーのスキャンしたイモータルをそれぞれが装備を開始する。
「うわ。本当にベタベタする」
「我慢しろ」
「セイヴィアー、伍長、二等兵、先に行け。解除するのは一人で出来る」
「その提案、乗らせてもらおう」
「了解」
「了解です」
「作戦開始だ。後は、これ以上の予想外が無いことを祈るだけだな」
ビショップとナイト以外の全員がイモータルを装備し地上を目指す。
「こちらは全員、到着した。あとは貴公だけだ」
「よし。安全装置を手動解除。オーバーロードを開始後、イモータルで脱出する」
設置されたジェネレーターに近づき、手順に従って解除、オーバーロードを開始する。
「オーバーロード開始を確認。速やかに脱出してください」
「もちろん、そのつもりだ……待て。何かがおかしい……」
これまで微動だにしなかったイモータルたちが動き始めていた。
「イモータルたちが起動しています。ジェネレーターのオーバーロード開始と同時に起動するようになっていたようです」
「罠か」
「いえ、恐らくこれは彼らの生存シーケンスと思われます。ですが、これはあなたの装備出来るイモータルが無くなったことを意味しています」
「万事休すか……」
「そうとは限らん」
「セイヴィアー?」
「予想外は常に起きるものだ」
「どういうことだ?」
「こういうことだ!」
地上から地下へと一気に駆け下りたイモータル、セイヴィアーがビショップの前に着地する。
「これ以上、私の前で死んでくれるな」
「すまん」
「感謝は受け取るが、後にしろ。これよりビショップを地上に連れ戻す」
「中尉、大丈夫ですか?」
「こっちの事はいい。待避を優先しろ」
「フォー、沈降の範囲想定は分かるか?」
「十km半径が最大の被害範囲と思われます」
「奴らの脱出ルートを塞ぎたい。一人だけ上で待機してくれ。こいつを上で自爆させる」
「俺が残ります。ジョニー、ルーキーは待避。中尉、それでは後ほど」
起動したイモータルたちはまだ体が揃っていないものがほとんどだ。全てが揃った個体もプログラミングされているのだろう。上を目指し始めている。だが、空いた穴を進むのではなくそれぞれがそれぞれのルートを作っている。
「あれでは逃げきれまい」
上を目指す群れを押しのけ、セイヴィアーの機体が穴を進む。光だ。
「フォー、自爆シーケンスを開始しろ」
「了解しました。本機体の自爆シーケンスを開始します」
「中尉、セイヴィアー、こっちへ!!」
穴の上で機体を固定し、二人はファルコンの機体へと飛び乗る。
「掴まって! 飛ばしますよ!」
「臨界点に到達。予想よりも二分ほど速く爆発が起きています」
「まったく次から次へと」
この世の終わりかと思うほどの音が地下から響き、地面が揺れる。穴を中心に周囲へどんどんと崩落が連鎖する。
「伍長!! こっちです!!!」
一際高くなった高台からジョニーが手を振っている。
「うおおおお!」
全力で走るファルコンの後ろで崩落が止まる。立ち上る土煙に穴がどうなったかは分からないが、巨大な土の柱が天空へ付きあがる。セイヴィアーの装着していたイモータルの爆発だろう。
「皆様、無事で何より。回収の依頼を行っておきました。それほど時間はかからないでしょう」
「誰が来る?」
「ネメシス様がご自身でいらっしゃるそうです」
「いい頃合いに、いい選択だ」
「助かったぁああ」
「休息が必要だ……」
イモータルから出てきたファルコンがその場に座り込む。
「ネメシスって、あんたの姉さんだよな?」
「そうだ」
セイリオスの問いに、セイヴィアーが視線を向ける。一緒に戦ったのは一度きりだが、言ってやりたかったことを言うにはいい機会だ。
「俺は彼女が苦手だ……」
セイリオスの顔をまじまじと見つめるセイヴィアーが苦笑を漏らす。
「私もだ」