Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第3章−14

[ホライゾン支配領域タミル鉱山方面:オーヴァル]
「これは困りましたな。この数を相手にするには坊ちゃまお一人では流石に荷が勝ち過ぎるというもの」
「どうやらそのようだ。我々二人だけであればどうとでもなるが、ルーキーを抱えてとなると、いささか心許ない」
「なんだと! 何が言いたい!?」
 俺の苛々が頂点に達する。坑道に侵入早々、敵の罠、坑道内を爆破されたことで、各人の生死はおろか、どの深さ、どこにいるのかさえ分からないこの状況が、この二人には分かっていない。早く合流しなければ、目の前にいるこの敵の数にすり潰されるだけだ。それにだ。
「お初にお目にかかります。私、ヴァランタイン家の執事でナイトと申します」
 ここが戦場だって分かっているのだろうか。このナイトと名乗るジジイ。ここに至るまでに一切戦っていない。装備も傘に、大きめのスーツケース。武器を一つも持っていない所か、服さえ、本当のスーツ、背広だ。
 こんな奴に軽んじられる覚えは無い。多くの皺が刻まれ、峻厳たる岩山のごときその顔は彼が発する言葉とは裏腹に、その目と同じく恐ろしいまでに鋭い印象を与えている。よく手入れされた口ひげは形だけでなく、艶まで完璧だ。オールバックにした髪にも一切の乱れも無く、よく見れば襟足から顔に至るまでの髪も全く乱れが無い。オーヴァルに身だしなみ選手権があれば、間違いなく一位だろう。それが戦いに役立てば文句も無いが、役に立たないことは明白だ。
「言葉どおりだが、なにか誤解するようなことを私は言ったか?」
「自分の身は自分で守れる!」
「確かに、あなた様の実力をキルスコアのようなカタログスペックだけで評価するのはいささか軽佻にすぎましたな。申し訳ありません」
「いや……分かってくれれば……それでいい」
 こうも簡単に謝られてしまうと……このコンビにはどうにも調子が狂う。これだけの敵を目の前にしても、普段と変わることも無い。坊ちゃまという呼び方も普段なら笑えるが、当たり前に振る舞う二人を見ていると、俺がおかしいとさえ思えてくる。
「ならば、その実力とやらで目前の敵を殲滅し、他の者たちと合流することにしよう。ナイト、坑内の走査は任せたぞ」
「心得ております。ご存分にお働きください」
「始めるぞ、準備はいいか?」
「いつでもいいぜ」
 セイヴィアーが剣を抜き、無造作に前に出る。構えるでも無く、走るでも無く、ただ前に出る。片手に携えた剣はクリムゾンやディアブロの持っているような物とは違い、古風な形と作りをしている。握りを片手、両手で握ることが出来る作りの剣の刃渡りは長く両刃を備え、見る角度によって独特の輝きを放つ。美術品としては良いのかも知れないが、何の機能も持たないただの剣はイモータル相手には何の役にも立たないように思っていた。
 ただ前に出て、ただ剣を振る。恐ろしいのはその剣の軌跡に吸い込まれるようにイモータルが飛び込み、何の抵抗も無いかのように切り裂かれていく。
「くそっ!」
 クロスアームと手持ちのライフルでイモータルをしとめていく。群れの中心となるリーダーを探すが検討がつかない。暗い坑道ということもあるが、数が多すぎる。
「なかなか良い反射神経ですが、反射しているだけとも言えますな」
 最初はナイトが何を言っているか気づかなかったが、俺のことを言っているのだと気づく。反射しているだけ?
「個々を見るのでは無く、全体を見て行動すれば先の予測も立てやすい」
 言われている意味が分からない。思わずナイトを振り向く。
「ふむ。坊ちゃま、少々この若者に手ほどきをしてもよろしいですかな?」
「ハハハハハ。ナイトがそう言うとは、ルーキー少しは見込みがあるようだぞ」
「見込みだと!?」
「では、よろしければ」
 ナイトがそれまで手に持っていた傘を構え、俺の前に出る。
「傘で何を――」
 傘の石突から放たれる銃弾は無造作に敵を倒していく。
「銃? そんなもの――」
 おかしなことに気づく。僅かの差だが、イモータルたちは行動を起こす際に個々の速度や反応が違う。ナイトの銃弾はもっとも速度と反応が速く、他よりも前に出る個体を的確に潰していく。気づけば突出した敵の群れは綺麗な壁を作り、坑道内を埋め尽くしていた敵は幾つかの塊に分かれ、見えなかった奥が見える。
「お気づきになられたようですな」
 ナイトに並び、見様見真似で敵を攻撃する。
「個々を見るのでは無く、全体を見る」
 横でナイトが笑うのを感じた。さっきまでそんな余裕は無かったが、今はセイヴィアーの動きも視界に入る。そして気づく。セイヴィアーは無造作に剣を振るっているのでは無い。完璧なまでに敵の動きを予測して動いていることに。だから、その剣に敵が吸い込まれているように見える。
「ふむ。なかなか、飲み込みが早い。では、一つ試験といきますかな」
「試験?」
「群れのリーダーを判別し、叩き潰す。出来ますかな?」
 適正試験と全く同じ内容だ。じっと目を凝らす。さっきまでの俺には出来なかっただろう。だが、全体の中でおかしな動きを、いやほとんど動いていない奴がいる。あいつだ。
 敵を倒しつつ前に出る。リーダーを守ろうとする群れの動きが分かる。
「ほお」
 いつの間にか攻撃を止め、セイヴィアーが俺を見ている。出来れば敵を切り崩して欲しいところだが、構っている暇は無い。クロスアームへブレードを装備し、守りに入ろうとする敵をガードしながら、リーダーを撃ち抜く。群れの動きが止まるか止まらないかの間に、セイヴィアーが前に出る。群れを薙ぐ剣は止まることを知らず、道が切り開かれる。
「合格ですな」
「及第点にすぎん」
「これはお厳しい。ともあれこの様子なら面倒を見る必要はありますまい」
 二人のやりとりにこれまでなら腹が立つところだが、素直に嬉しさが勝る。
「さて、走査は終わっております。今のところ、皆さまはご健在のご様子」
「先を急ごう。みんなが心配だ」
「ルーキー」
「何だ?」
「望まぬにしろ教えを受けたのであれば、感謝するのが先だと思うが」
「あ、ありがとうございました」
 ナイトに頭を下げる。恥ずかしい。セイヴィアーの言う通りだ。
「なに、老いたる馬は道を忘れず、ですかな」
 もう一度頭を下げる。ナイトの佇まいに准将を見る。戦い、生き抜いてきた戦士。戦わないのでは無い、戦う時を知っているのだ。
「合格だ。感謝が人を成長させる。忘れないことだ」
「その教え。覚えていらっしゃったとは」
「忘れるものか。我が師の教えなれば」
 ただの金持ちクソ野郎かと思っていたが、意外に――。
「嬉しいことをおっしゃる。さあルーキー殿、進むとしましょうか」
「ああ、はい」         

  
      

*  *  *


「ここどこなのさ?」
「少し待ってくれ。そう簡単に――」
「早く! 早く! 早く! 早く!」
「-fjgこのfあkmcs!」
 暗闇の中、ガルガンチュアの隣で毬のように跳ねる巨体。シヴだ。
「あんたなら秒でできっしょ。らっくしょー」
「ちょっと、よし。いい子だ。五、四、三、二、一」
「ゼロ!」
 ガルガンチュアの持つ巨大な大砲に取り付けた投光器が周囲を昼間のように照らす。光はビームのように先までを照らしている。
「やるね~、さすがだね~、天才だね~。やる時はやる男だよ、あんたは!」
「いや、そんな褒めるなよ」
 このいかつい男が照れる様は妙な愛嬌を感じる。
「で、どこなんだい、ここは?」
「侵入口から地下へ約三〇〇メートルって所だな」
「戻るのに時間がかかりそうだねぇ、そりゃ。一休みして――」
「待て待て、ダメだダメだ! お前、アイルになっちまうだろ?」
「うっかりしてたわ。そりゃそうだ。あの子にはここは嫌な所だろうね……」

  
      

■  ■  ■


「お義父さん、やめて……」
 うなされ、目を覚ます。広いその部屋と調度品はどれも彼女が裕福であることを意味している。代々の財産を受け継いだ彼女の家は共同体の中でも、上流階級というやつに含まれる。しかし彼女にとってはどれだけ広い部屋も、この逃げ場の無い”家”という中では狭く恐ろしい場所にしか感じることが出来ない。あの日、義理の父によって全てが壊された。母は知っているはずなのに何も言わない。わたしがアウターとなり、それに絶望した父は家を去った。ただ家の体面を守るためだけに母が再婚した相手は、見た目が良いだけのクズだった。あってはならないことは母には全て見えないのだ。
「シヴ……」
 机の隙間に隠した日記帳を開く。デジタルに残せば両親に隠すことが出来ない。でも、この紙に書いたやりとりは絶対に見つけられない。こんなやり方で連絡を取るなんて、今の時代に思いつく人はいないはずだ。
「あんたのことを苛めた男子たちは、懲らしめておいた。驚くなよ。でも驚いてくれたら嬉しい :-*」
 日記を閉じる。分かっている。彼女も自分なのだ。解離性同一性障害。俗に言う多重人格。わたしはそれだ。最初はお互いに存在を分かっていなかった。あの日までの記憶は二人とも持っている。それからが違う。寝る度に人格が入れ替わり、その間の記憶が無い。最初は夢遊病かと思ったが、自分に絡んできた同級生たちが怪我をした。そしてわたしを怖がるようになった時、まさかと思ったが残したメモに返事があったのだ。
「あんたこそ誰?」
と。そして、とても奇妙な交換日記が始まった。わたしじゃないわたしは、二人ともアイルじゃ分からないと言ってシヴと名乗り始めた。彼女がとても優しい人だとこの時分かった。行動出来ないわたしの代わりに彼女がやってくれる。代わりにわたしは後片付け担当だ。分かっている、わたしは臆病で卑怯者だ。
 肌がチリチリと電気のような痺れを感じる。後ろを振り向こうとするが、出来ない。
「アイル」
 体が強張る。日記に何と返事をするかを考えるあまりに気づかなかった。後ろに義父がいる。
「アイル」
 強張った躰の上をおぞましい指が蠢く。震えが止まらない。目を瞑り、魔法の言葉を唱える。シヴ! シヴ! シヴ! 助けて!
「アイル」
 三度目の囁きに、躰が思わず反応していた。机の上のペンを握り振り向き様、力任せに振るう。
「ぐあわあああああああ」
 苦鳴が響く。目から血を流し、床を転げ回る父親。
「こ、この、誰か!」
 転げ回る男を見て気づいた。
「なんだ、簡単だったんだ」
 手に持った血まみれのペンを捨て、棚に飾られた銅製のトロフィーを手に取る。震えはいつの間にか止まっていた。
「よっ、うーん、こうかな?」
 トロフィーが振り下ろされる度に男の形をした物は赤い何かに変形していく。
「きゃああああああ!」
 戸口から覗く女が見える。誰だっけ? 誰でもいいや、あれも真っ赤にしちゃおう。きれいは汚い、汚いはきれい。真っ赤になればみんな同じだ。
「た、助けて!! アイル! やめなさい!」
 床を這って逃げる女性に追いつき、トロフィーを振り下ろす。何度も、何度も、何度も。そして目の前が暗くなった。
「何てこった」
 目の前の死体を見て事態を察した。あの娘がやったんだ。いや、いつもそうだった。彼女は覚えていない。片付けるのはいつもあたし。でもいいさ。彼女はあたしだ。日記と荷物をスーツケースにまとめる。どんな偽装をしてもバレるのは時間の問題だ。だから時間を稼ぐための準備はしてきた。この家を燃やし尽くす。知識は簡単に手に入る。普通の家なら子供のアクセス制限をかけるが、あたしたちが彼らの理想の子供で無くなってからアクセス制限の年齢は更新されていない。だが、公共ネットへのアクセスは年齢を読み間違えることは無い。用意しておいた酸化剤を要所へ捲き、火を点ける。
「さようなら」
 その日から、あたしたちは生きるためにいろんなことをした。もちろん犯罪もだ。アウターの少女が生きていくのは簡単なことでは無い。けれど行きつく先は結局同じだ。逃げ切ることは出来ない。拘束され当局に引き渡されたあたしたちは一二五年の懲役刑となり、アウター専用の刑務所へ入れられた。二人で協力し、三度脱走した。その度に収監され、収監先はより厳重な施設となった。
 最後となった収監先であたしたちは死ぬんだと思った。一歩ずつ進むに連れて恐怖が体の上をなぞり、それがどんどんと酷くなる。連れて行かれたのは牢屋では無かった。
 どこにも出口が無い部屋。その部屋に待ち構えていたのは片目で、モヒカンの男だった。生きてきた中で出会ったどんな奴よりもヤバいことはすぐに分かった。危険を察知する能力、それがあたしたちのアウター能力。あの日からさらに発達したこの能力のおかげで生き延びてきた。恐怖はなぞることを止め、肌を焼く。
「お前がアイルか?」
 あたしは返事をしなかった。いつもなら軽口を叩くところだが、一秒でも長く生きていたかった。生きていれば脱出できるかも知れない。この男を前にしてそんな可能性は無さそうだが、自分から命を捨てる必要は無い。
「シヴ? まあ、どちらでもいい。お前の危険を、いや恐怖を感じる能力は我が隊にとって有用だ。それにこの犯罪歴はなかなか見上げたものだ」
 隊という言葉を使った。それとこの男の雰囲気から軍か何か、であれば共同体の公職だと推測する。ただ、犯罪歴を見て見上げたという言葉を使うあたり、普通じゃない。
「有用だし、見上げた犯罪歴のあたしは魅力的だろ?」
 ただ相手の言葉を返しただけの中身の無い返事だが、意図が不明の相手を不快にさせず喋らせるにはこの手に限る。
「そうだな。お前はこのままなら一二五年の懲役刑で、ここで朽ち果てるだけだ」
 ピンと来た。あたしのアウターセンスに引っ掛かる。
「我が隊に来れば——」
「行きます! 行っちゃいます!」
 面食らった男の顔を見てまずったかなと思ったが、ここが勝負所だ。
「何をするか聞かなくていいのか?」
 物凄く当たり前の質問に思わずおかしな顔をしてしまったに違いない。男の片眉が上がり、きつく結ばれた口は、完全にへの字だ。
「このままならここで朽ち果てるだけってことは、少なくともここは出られる。そうなれば、逃げるチャンスもあるだろうし、何をやるにしたって、外のがいい」
 男がニヤリと笑う。大当たりだ。軍か何かってことは危険な仕事、さらに犯罪者を使うってことは並みの仕事じゃない。それをこなすには度胸とアウターの能力が必要。ってことは行く先は一つ。
「なら、今日からお前を我が隊に編入する」
 そして大胆不敵、有智高才のあたしは合格ってことだ。         

  
      

■  ■  ■


「待て」
「どうした?」
「何かいる」
 まったく見通せない暗闇の中に何かの気配を感じる。排除せずにはいられない”恐怖”。
「任せろ」
 ガルガンチュアの背中から四つの円盤、ドローンが起動する。それは意思があるかのように彼の周りを旋回している。良くみれば小さくガルガンチュアの指先が動いている。
「行け」
 合図と同時に、ドローンたちは空中を滑るように飛び立つ。HDIに映し出される映像をシヴと共有する。暗闇の中、複数の光が見える。紫の光。それがゆらっと揺れた瞬間、映像が途切れる。
「何だ?」
「来るよ!」
 暗闇の奥で光が軌跡を描いている。壁に、天井に、めまぐるしく移動するそれが姿を現す。大きさはアーセナルと変わらない。四つの腕に、四つの脚。複数の眼が紫に光り輝く。二本の腕はブレード状の形をし、二本の腕は銃なのだろう、武器と一体化している。
「何だこいつは……」
「酒でも引っかけてくれば良かったね」
 シヴの中で恐怖が力に変わっていく。
「撃ちまくれぇ!!」
 手持ちのライフル二丁とブリッツが火を吹く。轟音が坑内に響き渡る。
「グガァァァッ! 喰らいやがれい!」
 ガルガンチュアの両手両足に装備されたマイクロミサイルランチャーからミサイルが発射される。三cmほどの大きさだが、敵を自動追尾し体内に潜り込んで炸裂する特殊弾を搭載したガルガンチュア自身による特製品だ。全弾命中し、敵の各部で爆発が起きる。
「どうだ!?」
 爆煙の中、ダメージを負ったイモータルにさっきまでの速さは既に無い。眼の光が明滅し、よろよろと歩き、崩れ落ちた。
「止めだよ」
 動かなくなった敵の各部にライフル弾を打ち込みながらシヴが前進する。動かなくなった敵にも油断は無い。敵を殺すということはそういうことだ。
「あんたがいてくれて最高だね!」
「シヴ!!」
 こちらを振り向いたシヴの笑顔が凍り付き、その瞬間、口から血を吐き出す。背中から胸へと抜けたイモータルのブレードが、真っ赤に濡れている。イモータルの各部のアクチュエータが低い不気味な唸りを上げる。
「……死んだふりなんて……あはは……迷惑かけちゃうねぇ」
「シヴゥゥウウ!!」         

  
      

■  ■  ■


「あんた、いつも一人だよね」
「ほっとけ」
 顔を上げることもせずに答える。口調と声の感じで二つの人格のどちらかは分かるが、とにかく放っておいて欲しかった。ここは煩すぎる。
「ねぇ、ねぇってば」
「なんだよ! 何か用でもあるのか?」
「あんた機械をいじるのが得意だろ?」
「ああ、そうだがよ。それで」
「いや、聞いてみたかっただけさ」
「kwntoy!」
「あははははははは」
「@pfq! な、何がおかしい!!!」
「いや、本当に怒ると言葉が出なくなるんだね」
「く、そ、それは、こ、が、ガキの頃からの――」
「分かるよ」
 隣に座ったアイルの声に思わず顔を上げる。
「あんたは頭が良いからさ、考えるのが速すぎて口が同じようについていかないんだよね」
 自分の吃音をこんな風に言ってくれたのは、一人だけだ。アウターとして生まれた自分に優しくしてくれた唯一人の女性(ひと)。母。母の優しい、そしてやつれた顔がアイルに被る。
「横、座ってもいい?」
 頷くガルガンチュアの隣にアイルがどかっと腰を下す。そっとといきたい所だったが、体重に比例する衝突エネルギーには勝てない。
「お前も大変だな」
「嫌味?」
「何がだ?」
(ああ、そっか)
 この男はそんなことは思っていないんだ。普通の人間の何倍もあるこの巨体だ。あたしと同じように苦労も耐えないだろう。もっともあたしの場合はカロリーの採り過ぎが原因なわけだけど。
「いや、あんたも苦労してるんだなと思ってさ」
「何だよ、そいつは」
「あははは。アウターに生まれたってだけで普通の奴らの何倍も苦労するんだ。ましてこんな場所でこんな部隊に入って。あんたも一緒だなと思ったのさ。あたしとさ」

 

 母と同じことを言う。この先人の何倍も苦労するだろうけど、それがどうした。あんたが無事に産まれてきてくれたことが母さんは一番嬉しい。他人に負けてもいい。だけど、自分に負けるな! あんたの幸せはあんただけのもんだ!
 いつもそうだ。他人とは違うオレを守ってくれた。そんな母は交通事故で死んだ。相手はホライゾンの行政官だった。あっけない死だった。一つだけ良かったことは即死だったらしい。警察はそれほど痛みを感じなかったはずだと言った。だからといって許せるはずが無い。けれど、難民の住むスラム出身のオレに高額な弁護費用が出せるわけも無い。だから目には目をだ。奴はオレの仕掛けた爆弾であの世へ送ってやった。  

「お互い様だな」
「そうさ」
「けどな」
「けど?」
「オレはここが好きだ。隊長とルージュはおっかねぇし、オレを馬鹿にするクソダイクは大嫌いだけどな、ネームレスやレッドといると楽しいし、それに」
「それに」
「お前がいてくれて良かった。こんな日があるなんてな」
 眺める空には境界線を示すボーダーワイヤーこそ張り巡らされているが、珍しく澄み渡った青空がどこまでも続いている。そよぐ風が肌に心地いい。他人とこんなに穏やかに会話をしたのはいつ以来だろうか。
「そうだね。あたしもそうかも。あんたやみんなが居てくれて良かったよ」
「そうか」
「そうさ」
 並んだ手に、そっとアイルの手が重ねられた。


――――つづく

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