Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第3章−13

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 暗闇に突然光が出現する。
 部屋の中は壁という壁に模様が描かれ、光が時折模様を彩る。人間の鼓動と同じように規則正しく、脈打つ度に様々な色を描き、同じ色が現われることが無い。壁と思われたそれは隙間無く輝く立方体が積み重なった物であり、立方体同士の接触面に僅かな隙間さえ見出すことが出来ない。
「予定通りですな。多少の変更は必要でしたが、これなら誤差の範囲内と言って良い」
「そうね。けれど誤算もあった。あの虫たち、イモータルたちの発生。彼らがグリーフの能力の範囲外にいるなんて」
「しかし、その特異点も事象の輪に取り込む手段は得た」
「修復のための破壊。不要となったものの削除。脅威を無力化する」
 中央に設置されたドーム型の装置にグリーフが触れる。瞬間、光が溢れ、部屋へ何万、いや何億、何兆、数え切れないほどの光点が空間に拡がり、それらはそれぞれが光線で繋がれている。それはまるで複雑な運命の糸で紡がれたタペストリのようにも、宇宙そのもののようにも見える。
 グリーフの指先が一つの光点に触れると、反応が光線を通し徐々に速度を上げ、目に見えない速度で全てに反応が伝達していく。何度も何度も、結果が出る度にそれらを繰り返す。導き出された結果に満足したのか、三人の表情は安堵したようにも見える。
「いつの世も対立と裏切りか」
「それが人類の性なのでしょう。我らが成し遂げねば、いずれ人類は滅びる」
「いずれ全てが滅びることはこの世界に唯一の絶対。でも今回は阻止して見せる」
「その通りだ。リグレット、グルーミー。世界を救うぞ」
 三人が去った部屋は、再び光の無い闇へと戻った。       

  
      

*  *  *


[バレットワークス専用エリア:オービタルベース内]
「全員揃っているな」
「はい!」
「よろしい。現在、我々の置かれている状況は、知っての通りこれまでとは違う。イモータルだけを敵と見なすのでは無く、共同体、そして他旅団までを敵と想定して行動する必要がある。そこでだ、我々が得ている情報から独自の作戦を立案した」
 団員たちが見回し、准将が頷く。
「少佐」
 クリムゾンが准将の横に立つ。
「皆も知っての通りエンプレスを迎えたわけだが、身体的にはアウターでは無くなっている。が、強化措置によりこれまで通り、任務に着いてもらう事が可能となった」
 振り向いた俺たちに向かって壁際の当人は脚を軽く組み、軽く手をひらひらと振っている。
「あの、強化措置ってどんな?」
 俺の質問は皆も知りたかったところなのだろう。少佐が彼女へ回答を促す。
「知っての通り、アーセナルはフェムト粒子を媒介として私たちとの神経リンクを確立し操作する。正確にはフェムト粒子を媒介としたエネルギーが相互に行き渡って、脳を騙す仕組みの一つだけれど、これが出来なければ直接接続して思う通り動かすことは不可能。もちろん、人間の中にはアウタースペースを旧来の機械式コクピットに改造して動かすなんてマニアや馬鹿な連中もいるけど、アウターには及ばないわ。ではどうするか?」
 誰かが答えないかと期待したが……念のため、手を肩の高さまで挙げてみる。
「はい、そこの君」
「アウターと同じになることは不可能なので、アーセナルを何らかの方法で騙す」
「何らかって」
 笑うジョニーに誘われて皆が笑っているが、絶対に分かってない。
「当たってはいないけれど、全く的外れというわけではないわ」
 ジョニーと目が合う。肩をすくめておどけた顔をするが、こっちはキルサインで返す。
「人間にアウターと同じ操作を可能とするためには、私の知る限り三つの方法があるわ。一つ目は最もメジャーな、重スーツにフェムト粒子の貯蔵電池を搭載し、エネルギーはそちらから、補助脳を体の内部、または外部接続する。比較的リスクは低いけれど、脳への過度な改造は障害またはいずれ感染症を引き起こすこともあるわね。自分の体細胞と合うアウターの心臓を移植し、アウターの持つ肉体強化による浸食により、キメラ体となる。もちろんこのやり方は適合しなければ、すぐに死ぬことになる。これが二つ目。三つ目はあまり知られてはいないけれど、ある薬品があるわ。これは恒常的に使用することで、体が徐々に改造されアウターと同じような力を得るけれど、常習性が高く使い過ぎて廃人になる。麻薬と同じね。共同体がオーヴァルの創世初期に開発した物だけれど、結局成功はしなかった」
 三つとも、どれも危険過ぎる。だが、彼女は実行した。三つのうち、どれかを。
「それで?」
「それで、私が選んだのは二番目。そう、私の体にはクィーンとプリンセス、二人の心臓を移植した」
 全員が息を飲む。准将と少佐は知っていた、というより彼女と行動を共にしていたに違いない。鎮痛な面持ちではあるが、驚きは無い。
「死亡後、体が残っていればだけど、引き取り手がいない場合、アウターの死体はオービタルに引き渡され解剖される。けれど、どういうわけだか死体またはその一部が取引されている場合もある。私は二人をそんな目に合わせたくは無かった。だから、――」
「だから、私と少佐二人で協力し二人を取り戻した」
「そう。幸運なことに私のこの躰は二人を受け入れているわ」
 奇跡などこの世に無いと思う。あくまで確率の低い事象がたまたま発生するだけ。偶然の産物に過ぎない。だがこれは必然に思えた。時として強い意志を持った人間は、偶然でも蓋然でも無く必然を手に入れる。最初から決められたことであったかのように。
「二人は?」
 寂し気な笑顔を俺に向け、彼女は大きく息を吸った。
「私たち三人の大事な場所に眠っている。三人だけのね。さあ、この話はここまでよ。これで私も戦線復帰。クリムゾン、いえ少佐?」
「さて、彼女だがこれまでの経験を鑑み、大尉として任務にあたってもらう」
 ディアブロの不敵な眼差しが不満を湛えているようにも、彼女の実力を見るべく挑んでいるようにも見える。
「コールサインは”エンプレス”だ」
 クリムゾンの不敵な笑みに、思わず頷きかけそうに――。
「うおーーい! まんまじぇねぇか!!」
 だよな。
「それって、また狙われるなんてことになりませんか?」
 ジョニーの意見はもっともだ。
「彼女が死んだことで、第二のエンプレスを目指す者も出始めている。それにだ、准将の判断でもあるが、いっそ彼女を殺した者が気づいて狙ってくれる方が好都合だ。敵の正体が分からなければ、防げるものも防げないからな」
 流石バレットワークスと言ったところだろう。敵を怖れてはいない。むしろ、殲滅することを常に考えている。
「隠れている敵を炙り出す。隊を二つに分ける。第一小隊は准将と私、少尉、軍曹、特技兵。そして大尉。大尉の名を世界に轟かせる。第二小隊は中尉、伍長、上等兵、二等兵。中尉が抽出したオーダーで共同体、他旅団、イモータルを徹底的に叩き潰せ」
「敵を捉えるぞ。各人、期待している。解散」



「ルーキー」
 エリアから抜けた通路で、エンプレスが走り寄ってくる。ふっきれたつもりだったが、さっきの話を聞いた後では、どんな顔をして彼女に向き合えばいいのか分からない。
「エンプレス」
「心配してくれるのは嬉しいが、あまり思い詰めるなよ。これは私が選択した結果だ」
「そう思いたいところだけどね」
「私は生きている。だろ?」
「ああ」
「なら、今はそれで良しとしないか? 生きているからには生きるしかない。なら、精一杯生きることが二人に出来る、最善と思えないか?」
「精一杯、生きる……」
「私が言うのも変かも、だな」
 屈託の無い笑顔に思わず、笑みが誘われる。そうだな。俺に出来ることを今やる。少佐にも言われた通りだ。俺はまだ弱い。
「そうだな。それしか出来ないよな」
 エンプレスの拳が俺の胸を叩く。
「ま、生きていればまたデートに誘ってやるよ」
 ウィンクし、歩み去るエンプレスの背中を見送る。軽口の一つでも叩きたかったが、我慢していた咳を肺から外へ吐き出す。
「痛ってぇ……」        

  
      

*  *  *


[自室:オービタルベース内]
「タミル鉱山は覚えているな?」
「もちろん」
「当たり前っすよ。ついこないだですからね」
「……」
 自室へ帰った俺に第二小隊からのコールが入っていた。ビショップがHDIへオーダー情報を展開する。
「前回、我々が請け負ったオーダーだが、その際に倒した新種のストライ。あれはフォーがスキャンした結果が正しければ、ストライと掘削機械と、人間が融合した物だった」
「うげ。あの気持ち悪いやつ、そんなわけの分からない物だったんすか?」
「嘘でしょ? 人間?」
「どうりで、他と違ったはずだ」
「鉱山の資源を持ち去っただけかと思ったが、調査が必要とのことだ。当然だな。破砕室の奥にその答えがあるかも知れん」
「人間と融合って、どういう?」
「不愉快なことに、正確な情報を私は持っていない」
「全く、こういう時くらい情報は正確に伝えろってんだ」
 憤慨するジョニーに、三人が頷く。
「しかし、中尉なら何か思い当たることとかあるんじゃないですか?」
 セイリオスの質問に、躊躇していたようだがビショップが口を開く。
「通常ストライは疑似アウター、半生体のAIで動いてる。それは知っているな?」
「はい。そう教わりました」
 ジョニーとファルコンも頷く。
「半生体は神経網のみで構成された物体であるわけだが、奴の内部には半生体の”人間”が構成されている可能性がある」
「それって、イモータルが人間に進化しているということですか?」
「それは分からない。しかし私なりの見解ならあるがいささか飛躍しすぎていて、どうにも、な」
 困ったように頭を掻くビショップ。そんな彼を見るのは初めてだけに困惑する。
「中尉、いいから教えてくださいよ、気になって仕方が無いっすよ」
「それは、俺も同意です」
 当然、俺も頷く。
「人間でも機械でも無い、そこから人間になった。聞き覚えは無いかな?」
「エンプレス……」
 思わず、口に出した名前に中尉が頷く。
「彼女は開発したAIの機能を置いてきたと言った。図らずも同じ時期、彼女がAIを手放した後にこのような現象が起きている。偶然かも知れないが、この機能が奴らに、イモータルに利用されていると考えれば……だが、あくまで状況証拠にすら届いていない。関連付けたこと自体が飛躍している」
 飛躍しているのだろうか? 人類がいなくなり、機械が進化した何かが地上を闊歩する世界が来るとしたら? 背筋を冷たい汗が流れる。いつの日にか、奴らが俺たちの世界に主として君臨する時代が来るのでは無いだろうか?
「まあいい。あくまで個人的な憶測の域を出ない話だ。それよりも重要なことがある」
「なんでしょうか?」
「今回、タミル鉱山の調査を徹底的に行うために、例外的ではあるが四人編成でのオーダーという枠が解除され、各有力旅団からの八人編成になる」
「そりゃ、また」
「そんなことが出来るのですか?」
「オービタルの権限ではあるがな。前回の我々の報告からの判断だ」
「それで、編成員と任務内容は?」
「バレットワークスからは私、伍長、上等兵、二等兵の四名。SHELLからは二人。セイヴィアーとナイト。西の七人からシヴとガルガンチュア――」
「ナイト? キルスコアにもバウンティランキングにも名前は無いみたいだ。傭兵登録はあるのか……」
「彼はセイヴィアーたちの身の回りの世話係、所謂執事だそうだ」
「かー、戦場に執事ってやってらんねー」
「編成で誰を出すかは旅団に一任されている。仕方がないことだ、諦めろ」
 憮然とする俺とジョニーだが、伍長にはまったく興味が無いことのようだ。というよりは任務に集中出来ていない俺とジョニーが未熟なのだろう。それにしても、執事とは。
「中尉、任務内容は?」
「前回侵入に使用、脱出したエレベーターシャフトから侵入する。敵の警備が厳重になっている可能性があるが、全く知識の無い場所から侵入するよりは危険を回避できる確率は高い。破砕室から後は全くの未知数だ。今回、役割として我々が先導、情報収集を西の七人、少尉の代わりとしてSHELLのセイヴィアーという編成になる」
「あの、中尉……」
「あいつ、戦ってくれるんですかね?」
 ジョニーには一〇〇%というか、それを超えて同意する。真っ当に戦っているのを俺は見たことが無い……。
「そこは正確にそうだ、とは言えないな。しかし、今回の中で戦闘能力が一番高いことは間違いない」
「……」
「装備はどうしますか?」
「歩兵装備でストライとの戦闘になる可能性が非常に高い。伍長は全員に対アーセナル兵装を準備。二等兵はクロスアームでの複数装備を可能としておけ」
「了解」
「二時間後に任務開始だ。気を抜くなよ」


――――つづく

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