[????????]
[15:40]
「やはり敵となるか」
「忌々しい。想定していたより、動きが早い」
「加えて旅団長を一掃出来なかったのは痛手ですな」
「ふっ。そうだな。だが、歴戦の者たちだ。あれだけの者たちが集まれば、想定外のことが起こらない方がおかしい」
「嬉しい……のですか?」
「嬉しい? 何故? そうか、笑っていたか」
「ええ」
「まさに」
「そうだな。嬉しいのだろうな。かつての友が最後まで戦い抜き、守られた者たちがいる。世界のために命を賭けて生きることが出来る、好ましいには違いない」
「昔のあなたのよう」
リグレットが微笑む。笑顔の彼女はどこにでもいる、普通の女性に見える。むしろ、これが本来の彼女なのだろう。
「なら、まだ私が私だということだ」
笑顔が崩れ、表情が曇っていく。その沈鬱な表情から読み取れるのは悲しみとかすかな憤り、苛立ち。
「教授、この後はどう進めますか? 本線の変更は余儀なくされています。支流で検討していた幾つかの線があり———」
「いや、イモータルの行動が我々の予測の外にある限り、多少の即興も必要になる。しばしの間、我が友が奏でた流れに身を任せてみるのもいいだろう。最後の手向けだ」
* * *
[オービタルベース:サウスウォールエリア]
[15:40]
イモータルとイモータルの戦い。
実弾やビーム兵器が飛び交うような戦いでは無い。群れが群れを襲い、互いが互いを喰い合う。破壊された装甲から覗く機械へ小型イモータルが殺到し、あっという間に分解される。どちらも分解され、新たな装甲と能力を獲得した個体がさらなる獲物を求めて手近な敵へと襲いかかる。残されるのは黒いイモータルに接続された人間の残骸だけ。
群れた機械とは思えない悲鳴のような断末魔と、大質量の駆動音が空気を震わせる。
神々の戦い、魔物たちの戦いがあるのなら、まさにこれがそうだろう。混沌と破壊。
だが、不意に黒いイモータルたちが隊伍をなして退いていく。そして、対立していたイモータルたちも。
「退いていく……」
「助かったのか……」
「フォー、目視している状況は正しいんだな?」
「はい。ウォールエリア、オービタルベース警戒範囲外へと移動しています」
「全員、良くやった。交代で消耗した装備を補充。命令の解除があるまで、このまま警戒態勢を維持。出来るな?」
「了解」
「もちろんだ」
「ふーやれやれだ」
「ジョニー、あんたはもう少し射撃精度を上げな」
「軍曹、まあそう言わずに。あの数を相手によくやった」
「生き残ったんだ、まずはDOPEだぜ、だろ?」
「フォー、他の戦況は?」
「東エリアへ配置されたイノセンス、他旅団はほぼ壊滅。北エリアの鋼鉄の騎士、SHELLは掃討に成功。西エリアのウエストセブンと他旅団は現在掃討中ですが、ほぼ敵の撃滅に成功、残存兵力は撤退を開始しています。任務完了まであと少しという所です」
「イノセンス、あの子たち無事だといいのだけれど」
「どうだろうな。なんだかんだいつも生還しているのが彼らの特徴だ。どんなカラクリがあるのか、そっちの方が興味があるがね」
「フォー、准将は?」
「まだ分かりませんが——」
「フォー?」
「接続先不明ですが、強制接続命令を回避できません。グローバル回線、開きます」
HDIへ投影されたのは——。
「グリーフ!?」
漆黒の部屋に数々の光が溢れている。幾つもの、様々な輝きを放つ光が模様の上を走っている。脈打つように壁、天井、時には空間その物を走り、グリーフと両脇に立つリグレットとグルーミーをまるで違う世界から来た聖なる者のように輝かせている。
「オーヴァル内、そして壁の外の人間、アウター、全ての人類へ告げる。私はグリーフ。解放旅団、テラーズの旅団長を務めている」
「なんだ?」
「我らテラーズはここに人間からの解放を目的としたオーヴァル共同体の樹立を宣言する」
「何!?」
「どういうことだ!?」
「各共同体の代表はイモータルの脅威を取り除けなかった場合に備え、オーヴァルへの核攻撃を含んだ合意書へ調印した」
「何……」
「それだけでは無い、彼らがこのオーヴァルに、我らアウターに行ってきた非人間的な数々の行い。これが現実だ!」
モニターに多くのファイルが展開されていく。アウターの臓器を金持ちへ売り捌く組織。能力テストという名目で命尽きるまで酷使する実験。人間への能力の移植実験。どれもが人間社会において条約で禁止された、おぞましい行為の数々。社会的な弱者という立場から逃れられないようにするための、数々の法案。そしてそのための取引。
無数のファイルが展開していく。そのファイルの内容に誰もが言葉を失い、目を離せない。
「これを捏造、フェイクデータだという者たちがいるだろう。だが、これらは真実だ。確認してみればいい。お互いを縛るために作られた仕組み、共同体同士が定めた非代替性データによって保存された物だ。もちろん、それでもデータの捏造は可能だ。だから信じる信じないは諸君次第だ。だが、これからお見せする物は壁の中で長らく戦ってきた者たちであれば、信じるに足る証拠となるだろう」
映されたファイルが消え、研究施設、格納庫と思しき施設が映し出される。幾人もの人々が拘束され、切り刻まれた体が培養されている。それらがイモータルと結合され、失敗する。延々と繰り返される悪夢。
悪夢は唐突に中断する。施設を襲撃するイモータルたち。録画はそこで終わっていた。
「これが何か分かるだろう。アウターの脳や体の一部をイモータルへ移植する新兵器の開発だ。だが、初期の段階において為されたこの実験は全て失敗した。そしてもたらされたのが、イモータルたちによるストライだ。彼らはこの施設を襲撃し、同胞を救うと共に新しい技術を手に入れた。だが、それは人間より遥かに人道的だった。彼らは培養した組織から作りだした神経組織を使ったのだ」
まるで聴衆がその場にいるかのように、映像の中のグリーフは言葉を切った。誰もが次の彼の言葉を待っていた。
「だが、人間は、共同体はさらに残酷だ。イモータルが作った技術を使って新たな実験を開始したのだ。アウターでありながら、イモータルの体を持った者たちを」
「ああ……」
セイリオスが瞑目する。あれがそうだったのかと、今分かった。あの哀しい目をしたイモータル。あれは人間だったのだ。
「私は長い時をかけてこの日を待った。多くの同志が私を支えてくれている。彼らは全ての場所に存在する。ここオーヴァルに、壁の外に。そしてイモータルの中にさえ」
「イモータルだって!?」
世界のどよめきが聞こえてきそうだった。それほどにグリーフの一言は信じ難い一言だった。だが、一部の者たちは頷いた。彼なら、成し遂げるだろうと。
「スカイユニオン、ゼン、ホライゾン、これら共同体に対して我らの戦力はとてつもなく小さい。だが、これは始まりであり、必然なのだ。我々はこのオーヴァルで、安寧を貪るしか能の無い世界に、人間に代わり世界を維持する戦いを代行してきた。だが、その結果はどうだ? アウターだけでは無い。この戦いに身を投じて来た全ての者たち。彼らの願い、たった一つの小さな願い、ただ生きたいという切実な願いを誰が聞き入れた!? 何度踏みにじられたか。
我々は過酷なこの世界で共に生き、戦い、死を経験し、今日を迎えた。しかし壁の外の者たちは、自らを人類の先導者と称し我々に新たな死を担わせる。皆、彼らの無思慮な政策の前に死んでいったのだ! 我々は怒りを、悲しみを、苦しみを、死んでいった者たちの思いを胸に、今こそ自らの使命を果たすのだ!
"目覚めの日”なんと皮肉な響きだろうか。あの日目覚めた者たち、真に世界を救うべき者たちは迫害され、旧時代を守る防人とされたのだ。人類は新たな道を選択することが出来る。人類そのものの存亡は今なら選ぶことが出来る。真の目覚めを選択することが出来るのだ。
共同体の無能なる者たちに告げよう。我々は人類の明日の為にこの日を迎えたと。そして私の声を聞いた者たちに告げよう。
世界に声を響かせるのだ! 今、我々はここにいると!」
映像は終わり、テラーズのエンブレムが表示される。
壁、人間、アウター、イモータル、新たなイモータル、スカイユニオン、ゼン、ホライゾン、オーヴァル。
円、四つの剣、四つの盾。
世界が止まったかのようだった。いつかはこんな日が来るだろうと思っていた。だがその日が突然やって来たのだ。歴史の転換点。そして世界のほとんどの者たち、とりわけオーヴァルに住む者たちはその当事者なのだ。何を選ぼうとこれまでと同じではいられない。
クリムゾンのHDIに緊急表示が点滅する。
「フォー、どうした?」
「重要性の高い報告なので、准将の次の階級となるあなたに判断を仰ぐべきと判断しました」
「何だ——いや、待て、まさか……」
「准将が戦死しました」
* * *
[バレットワークス専用エリア:オービタルベース内]
バレットワークスにとって信じられないことが一つだけある。これまでどんな窮地にあろうと、考えたことも無いのだ。必ず死地を脱し帰還する伝説の兵士。敬愛してやまない上官であり、幾多の危機を救ってくれた父親。
准将の死。
それが現実に起きた時、団員たちに訪れたのは恐慌でも悲哀でも慟哭でも無い。ただ静かに、いつもの通りに生活し、仕事をこなす。それだけだった。痕跡が無いとはいえ、これまでの事を考えれば十中八九、准将は死んでいる。イモータルの兵器で消し飛んだのだ。痕跡など残るはずも無い。
死んだという言葉は理解している。しかし何か薄ぼんやりとした霧が、本当の答えに到達させることを拒むのだ。
「みんな聞いてくれ。共同体とオービタルは私及び、SHELLのセイヴィアー、西の七人のリーパー、鋼鉄の騎士のデヴァ、不死隊のジャックへ緊急招集をかけている。<グリーフの反乱>を鎮圧、オーヴァル内ひいては世界の秩序を回復するため、旅団による総合作戦の立案、すべてのオーダーの発令と承認の権利を持つ代表者の決定を求めている」
クリムゾンがその手に握った紙の命令書を読み上げる。味方と敵が分からない今、当事者だけに連絡するのはこの手段が一番確実とは皮肉なことだった。
「グリーフの反乱?」
「そうだ。彼らはそう呼んでいる」
「それで誰が得するんすかね?」
くしゃっという音がする。命令書が手の中で握りつぶされている。
「アーティスト」
「だって、そうだろう? あいつの言うとおり、世界を守ったところで誰のための世界なんだよ」
アーティストの後をディアブロが継ぐ。
「それに、みんなも分かってるだろ? あいつの元へ去った奴らもいる。それだけじゃない。オービタルの中も誰が味方か敵か分からない状況だ」
「なら、お前はこのまま何もしないのか。ディアブロ?」
「そんなことは言ってない。少なくともこの状態、准将がいないバレットワークスでどうしようってんだ?」
「親父さんは死んだ。それを認めるべきだね」
「何!?」
「止めろ」
ドレイクの一言に振りかざされたディアブロの腕が、ファルコンに阻まれる。
「伍長、離せ!」
「離したら、冷静になってくれますか?」
「チッ」
腕をさするディアブロが一歩下がり、どかっと席へ腰を下す。
「親父さんは死んだんだ。だからそれがどうしたっていうんだい。え、お前らバレットワークスじゃないのか!?」
「でも――」
アーティストが派手に吹き飛ぶ。歩み寄ったドレイクがアーティストの横っ面を張り倒したのだ。
「でもじゃないだよ! 嫌なら辞めちまいな!」
クリムゾンが中心に進み出る。
「我々は多かれ少なかれ、脛に傷持つ身だ。それが准将に拾われここにいる。准将が死んだ今、辞めるというならそれもいいだろう。だが、それでもなお自分の命よりも他者の命を守るために責任を持つ勇気があるなら、一緒に戦って欲しい」
クリムゾンの手に握られた、命令書をディアブロが手に取る。
「そうだな。このままじゃ、らしくないよな」
そのまま、横にいるビショップに手渡す。
「どのみち、一度は死んだ身だ。正確には追放された身だが」
ビショップからファルコンへ。
「家族を守るには、やるしかないさ」
ファルコンの後ろから、アーティストが命令書を奪う。
「オレとしたことがさ、ここから挽回するのがアーティストだよネ」
紙飛行機に折った命令書をドレイクへ飛ばす。
「親父さんの意思を継ごうじゃないか」
ドレイクの飛ばした紙飛行機がジョニーの手に渡る。
「オレたちが道を切り開く、だよな?」
セイリオスに投げたつもりの紙飛行機は途中で軌道を変え、エンプレスの手に収まる。
「答えは自分で見つけないとね」
受け取った紙飛行機をセイリオスがクリムゾンへと飛ばした。
「俺たちはバレットワークスだ、でしょ?」
クリムゾンが破顔一笑する。
「奴にバレットワークスを、死神が誰かを教えてやるぞ。出来るな?」
全員の答えは決まっている。不敵な眼差しをした八人の十六対の眼がクリムゾンへ注がれる。立ち上がった八人が直立し、敬礼の姿勢を取る。一糸乱れぬ踵を打ち下す音が鳴り響く。
「始めるぞ」