[イノセンス専用エリア:オービタルベース内]
「クロウ兄さん、それでルーキーさんはどうだったの?」
「なかなかやる奴だったな」
「へぇー、クロウ兄さんが褒めるなんてね。チルのお気に入りに僕も会いたくなってきたよ」
「あのオーダーは、ジャックには無理だ。あんなクソな任務は二度とごめんだ」
「お人好しってところは、ジャック兄さんといい勝負だと思うな」
ジャックと呼ばれた少年は、確かにどこかお人好しと言えるような雰囲気を醸している。グレートーンの髪と色白さは兄と呼ばれたクロウや、チルとはまったく違うが、鳥の巣のようにぼさぼさで無頓着極まりない髪型は妹に似ている。
「わたしも見たかったなあ」
「僕も」
部屋に入って来た少年少女は二人とも優しい顔立ちをしている。オーヴァルの中だというのに砕けた雰囲気は外にいるごくごく普通の若者のようだ。少年はストレートの長い髪にメガネを掛け、他の若者たちより落ち着いた様子だ。人間と違い身体能力が向上したアウターにメガネは本来は必要が無い。お洒落でかけているのは明白だ。会話が始まると手に持っていた道具、レコーダーだろう、を胸に納める。少女は巻いた金髪に、広い額。聡明そうな眼差しは肌の色こそ違え、妹のチルにそっくりだ。
「おいおい、何だってんだ? リジット、ノーツまで暇なのか?」
「暇なわけないでしょ? あんたたちの食事の用意に掃除、休む暇なんてわたしには無いのよ」
「その通りですよ。兄さんはいつも能天気すぎるんです」
揃った五人はイノセンス。別名、不死隊だ。五人は兄弟であり、全員が十代という傭兵の中でも特に珍しい部類だ。欠員数はゼロ。どんなに優れた傭兵たち、旅団であっても欠員や団員の入れ替えは少なからずあるものだ。最高の旅団として知られるバレットワークスですら、何度か欠員を出している。
「おいおい、能天気ってひどくねぇか?」
「ノーツにしてはあまりひどくない悪口だと思うけどなあ」
「もう、まったくこんな生活がいつまで続くのかしら、憂鬱だわ」
「リジットお姉ちゃんが憂鬱でも、あたしは結構楽しいけどな」
「僕も、みんなで一緒にいられるのは楽しいけどなあ」
「話がずれていってますよ。で、ルーキーはどうだったんです?」
「そうそう、それよ。で、どうだったの?」
クロウがオーダーの内容をかいつまんで、全員に話をする。
「そうだな。かなりやる奴だったな。機転が効くし、度胸もある」
「あれれれぇ。あたしはジャック兄さんとおんなじで、馬鹿だと思ってたよ」
「なんだよチル! お前が思っているほど馬鹿じゃないからな!」
「チルに聞いていたのとは随分、違っていたな」
「僕もブリーフィングでしか会ってないけど、順応するのが速いんだろうね」
「強敵現る! ってとこかしら」
「他の奴らと違って、一緒に戦うのが嫌じゃねぇのは助かる」
「そうね。ウエストセブンなんて最悪よね」
「最悪というか、目的が違うからね。僕たちの目的はあくまでこの生活から脱することだけど、彼らは刑期を減らす事が目的だし」
「うーん、あたしはあのおじさんが嫌い」
「言えてるな。おっさん、おばさんたちとは、話が合わねぇしな」
笑う一同。この穏やかな時間はやはり兄弟だからこそなのだろう。
「何か収穫はあった?」
「いや、報告はしたが奴らが、上が探しているものとは違った」
「どこにあるのかしらね」
「そもそも、本当にあるのか? が問題だよ」
「あたしはどっちでもいいな」
「僕はあると思う。でなけりゃ、僕らが生まれていない」
ジャックに視線が集まる。
「あんたって子は、時々核心を突くわよね」
「感心しますよ。さすが、我が隊のリーダー」
「まったく自慢の弟だ。なあ、これくらいでいいだろう。俺疲れてるんだぜ」
「そうだね、兄さんはお疲れのようだし、今日の食事当番は免除だね」
「じゃあ、今日は僕が――」
「やめろ!」
「やめて!」
自分が食事当番をと申し出たジャックが最後まで言う前に、みんなが止めに入る。以前、料理出来るのが芋料理だけだからといって、ポテトフライ、ポテトサラダ、ポテトフライ、ポテトサラダとたった二品目を一週間ならともかく、三週間近くもかなりの分量を出し続けた事があり、全員にとってジャックの料理は忌むべき存在と化していた。その後、作れる料理は増えたとは言っているが、誰も信じようとしていない。
「今日はあたしが担当するよ!」
「ありがとう、チル」
「助かるよ」
「じゃあ、わたしは損害計算をしなきゃね。今回はアーセナルが壊れていないので助かるわ」
「なんだよ、みんな。せっかく僕が――」
ジャックを残し、全員そそくさと部屋を出ていく。憮然とした表情のジャックはため息を一つつき、部屋を立ち去った。
* * *
[自室:オービタルベース内]
眠れない。
ただ攻撃を受け続けるストライの姿が頭から離れない。自分があんな目に遭ったらどうするのか? そもそもあんな事が許されるのか? 周囲のみんながアウターである事と、生きるか死ぬかの任務の中で過ごしていたから忘れていたが、自分はアウターで自分に命令を下すのは人間だ。自分が使い捨てだとしても、あんな目だけは御免だ。
「眠れないのですか?」
「ああ、あんなものを見た後だからな」
「実験施設とその結果ですね」
「お前に言っても分からないだろうけど、あれが自分の成れの果てかも知れないと思ったらな」
「可能性としては十分に」
「はっきり言うんだな」
「今、嘘をお伝えしたところで生き延びれば生き延びた分、あなたは様々な物を目にする事になります」
「……」
確かに。どこまで行っても俺たちアウターにとって戦場で無い場所は無い。少なくとも壁の外よりマシなのは生きるにしても死ぬにしても、選ぶことも出来るってことだ。戦うことを選ぶことが出来る。あんなのは御免だが。
「あれは違法だろ?」
「本人たちの同意があれば、違法ではありません」
「同意があれば、な。どう考えてもあったとは思えないけどな」
「それは、私には判りかねます」
(そう答えざるを得ないよな。どうせ何かしたところで揉み消されるのだろうし、最悪俺が消される事だって有り得る)
「アウターと人間、イモータル、誰が生き残るんだろうな……」
「グレートフィルターという物を知っていますか?」
「……いや、知らないな」
「ここまで進歩した人類が何故、外宇宙へ行けないのか? 自分たち以外の外宇宙生命体に出会えないのか? そもそも何故、人類が協力しあえないのか? といった事への一つの答えとされています」
「教えてくれ」
「生命体が惑星上で発展する際における困難、それを乗り越えた種が少ないがために、出会えないという主張です。ほとんどの種が惑星の外へ出る前に自らのテクノロジーによって、惑星を滅ぼしてしまう。そう、核戦争やAI、環境破壊やウィルスの自己生産発生といった発展に対して制御できずに自滅、絶滅してしまうという物です。結果、ほとんどの生命体が惑星を脱出、新たな世界を築き上げる、協力して生きる道を見つける前に滅んでしまう。それ故に、外宇宙生命体と出会う事も無ければ、そもそも外宇宙へ進出できない、という事になります」
「言えてるな。月が落ちて国や肌の色、いろんな物が意味が無くなったのに、今度は生まれてきたアウターと争い、自分たちが生み出したAIと、イモータルと戦っている。どこまで行っても変わらない。という事は勝者は無く、俺たちは全員滅びるってことになるな」
「このままで行けば、いずれはそうなるでしょう」
「預言者だな」
「預言では無く確率の問題です。この戦争が続く限り”人類”の衰退は止められません。遺伝情報のコピーには種としての限界があります。それは生命体、種としてのレベルでの子孫を残すことの阻害を意味します。その限界を超えるために『目覚めの日』以前に様々な実験や治療が行われましたが、いずれもが成功しませんでした。結果として、それらを克服する道を見つけられない限り人類は滅びるでしょう。そうなると一番永く生き残る確率が高いのはイモータルや私のようなAIですが、それらすら物質やエネルギーに依存する存在ですから、いずれは滅びる事になります」
「俺たちがいなくなったら、寂しいかもな」
「ええ、とても」
「そりゃ、いいな……俺のことを覚えて……」
フォーの声がとても優しく何かを言った気がしたが、覚えていない。色々と難しいことを聞いたからだろう。いつの間にか、俺は眠りに落ちていた。