[自室:オービタルベース内]
「うう……」
眩しい。昨日は飲みすぎたようだ。頭の中を銃弾が跳ねまわっている気分だ。さらにアーセナルでダメージを受けた時のような、鈍い痛みが胃をかき回している。眠気覚ましに顔をこする。
「夢か……」
漠とした記憶を掴もうとして、掴めない。もどかしい思いに舌打ちするが、それで思い出せるわけも無い。それよりも、オーヴァルに来て以来、夢をよく見ている気がする。そもそも、壁の外で夢を見たことなどあっただろうか? 思い出そうとしても思い出せない。痛みが考えることを拒否している。
「二日酔いですか?」
「見りゃわかるだろ?」
「薬がありますが――」
「くれ」
出てきた薬を飲み込み、ベッドに倒れ込む。すぐに良くなるわけは無いが気持ちが楽になる。まったく、飲みすぎは体に良くない。
「オービタルよりあなたにメールが来ていますが読みますか?」
「後にしてくれ」
「良い知らせのようですが」
「良い知らせ? 読んでくれ」
「代読します。オービタルにおいて、あなたの働きぶりを審査、またバレットワークス団長からの推薦によりあなたの傭兵ランクを”D”へと昇級いたしました。これにともないささやかながら報奨をお送りいたしました。それではこれからも人類のため、あなたのより一層の活躍を期待しています」
「ってことは報酬も上がるはずだよな!?」
「オービタルの規定により、傭兵ランクによる基本報酬額が上昇。また、参加するオーダーランクに応じて報酬額が上昇します」
「やっっっったぜ!」
ベッドから跳ね起き、ガッツポーズを取る。
「やりましたね。おめでとうございます」
「そうだ、准将殿にお礼を……と待てよ。何か送ってきたと言っていたよな?」
「はい、その通りです」
「なんだ?」
「開発部門へのアクセス許可コードと、ペイント、デカールの作成許可コードです」
「まてまて。どういうことだ?」
「開発部門へ装備を託すことで、あなたの望むような改良や改造、また新規武器へのグレードアップを行ってくれます。ペイントは機体をあなたの望む色にする事も出来ますし、デカールはオリジナルのデカールを作成し、機体へ貼ることも出来ます」
「そりゃいいな。でも俺、絵なんか描いたことないぜ?」
「心配ありません。そういう方のためにわたしの方で幾つかの絵を選び、あなたの趣味嗜好を解析、推測される好みから絵を合成いたします」
「あーなるほど」
よく分かっていないが、とりあえずフォーに任せばいいらしい。
「じゃあやってくれるか?」
「開始します」
HDIに表示される絵を選択していく。それを十回ほど繰り返し、待つこと数秒。目の前に現れたのは、十字に光を放つ蒼い星だ。周囲が同じく光りの輪で囲まれている。
「どうでしょうか?」
「いいね。セイリオスって感じだ」
「気に入っていただけて嬉しいです。それではペイントいたしますか?」
「頼むよ」
「アーロン主任へ依頼を行いました。開発部門へのアクセスを行いますか?」
「それもいいが金も無いし、ランクが上がっての初オーダーってのはどうだ?」
「アクセスしますか?」
「当然」
HDI上にオービタルのロゴがくるくると踊る。面白いオーダーを見つけた。ブリーフィング待機だったはずだが、一気に接続者数が減る。イノセンス、装甲の王冠、そして……SHELL。接続者が減った原因はこいつだ。
「面白そうだ」
ブリーフィング待機オーダーへ接続する。
「フォー、これ以上は集まらないと思うぜ。なんせ貴族様が参加なさるらしいからな」
HDI上に構築された画面に重なるように、男が映し出される。一見して学生にしか見えない。かなり若い。少し浅黒い肌に、金髪を全て後ろへ流し、ドスの効いた口調は素行が悪いと思われてもしょうが無い印象を与える。イノセンスの”クロウ”。チルの兄だ。チルと別れた後改めて調べてみたが旅団を構成する五人全員が本当の兄弟らしい。鋼鉄の騎士のように二人の兄弟や姉妹で傭兵というケースはざらだが、まさか五人なんて。これで両親も傭兵稼業とくれば完璧だが、両親の情報は見つけることが出来なかった。
「新しい参加者がいるようだけど?」
画面に映るのは魔女。そう噂されるSHELLの長女”ネメシス”。彼女の映像はそのほとんどが出回っていない。常に大衆の前に姿を現すのは当主であるセイヴィアーだ。戦闘中の映像にアーセナルが映ることはあっても、彼女の容姿が映ったことは公式記録には無い。世間に出回っているのは、彼女とされる怪しい映像だけだ。その彼女が目の前にいる。
海を輝かせる太陽の煌めきのような眩さを放つ肩下までの髪と、深い紫水晶のような瞳が印象的だ。セイヴィアーと似た瞳をしている。美しいが、美人というものでは無い。人間の思い描く完璧、美術品のような他を寄せつけぬ美がそこにあった。
「うん? セイリオス。ああ、お前が。チルが世話になったそうだな、ルーキー」
「ああ、よろしく」
「これ以上待っても他にいないだろうから、始めた方がいいと思うな」
優しく可憐な、春風の中で陽を感じる声に、思いもかけず気持ちが和らぐ。装甲の王冠の三女と言われる”クラウン・プリンセス”。名前の通り、その容姿は可憐そのものだ。髪にはピンクのメッシュが入り、女の子を感じる。ネメシスとはまったく違うが、容姿からどこの出身か分からないといった不思議な共通点がある。対極にあるどこにでもいそうな、どこにでも溶け込んでしまいそうな印象に残らない顔立ちをしている。
(怖い怖い)
知らなければ油断しただろう。この可憐な少女がオーヴァル内での狙撃撃破記録保持者だとは誰も思わない。キルスコアのほとんどが、アーセナルまたは生身での狙撃撃破数だ。
「そのようですね。それでは、オーダーブリーフィングを開始します。本オーダーはゼンからの依頼となります。ゼン支配領域内にある旧市街地区へ、多数のイモータルが侵攻しました。彼らはコロニーを形成しつつあります。これを排除し、イモータルの支配領域の拡大及び取り残された非戦闘員を救出することが今回のオーダーとなります」
「非戦闘員?」
「今回、当該領域内での科学者チームの救出が目的となります」
「科学者?」
「はい」
「それで?」
「それ以上は知らされていませんが、人命救助を最優先するため今回はアーセナルの着用が許可されていません。敵はタイプD以下の小型イモータルのため、オービタルはこれで十分との判断をいたしました」
「まったく、笑わせるぜ。俺たちの命とそいつらの命、どっちが大事なんだ! それに雑魚ばかりじゃたいして撃墜ポイントも稼げそうにない。生き残りを気にしながら戦わなくていいのは楽だが……」
(アーセナルが使えない!? 嘘だろ!?)
「文句があるならさっさと辞退すれば? お姉さまたちは、ゴミ掃除に忙しいの、と・て・も。だから、装甲の王冠はオーダーを受けるわ」
「了解しました」
「受けないとは言ってないだろうが。ったく。俺たちは自分たちの夢のために金を稼ぐ。それに、最近やつらの活性化にうちのリーダーがやる気出しちまったもんでね」
クロウの画面に受諾の文字が現れる。
「へぇ、不死隊のラッキーボーイがねぇ。噂通りの実力の持ち主なのか、一度試してみたいと思ってたのよ。不死が本当かどうか殺してみるのも、とても興味深いと思うわ」
「やめてくれ。あいつはまだガキだ。あんたみたいなキレイな人に褒められたら舞い上がって、まーたアーセナルを壊す羽目になる。ましてや、殺すなんて言うやつを俺が許すとでも思うのか?」
「あら、お可愛いこと、うふふ……」
「ムダね。フォー、他に何かある? 無いならもう行くわ」
「現状ではありません」
無言のままプリンセスが退出する。
「SHELLは辞退するわ。セイヴィアーが気に入りそうな内容ではあるけど、外で汗だくになるなんて趣味じゃないわ。せいぜい戯れなさい」
画面上からネメシスが消えた。
「趣味がいいとは言えねぇな。戯れる気もねぇし、俺たちは俺たちのためにやる。ルーキー、お前はどうするんだ?」
「なあ、ちょっと聞きたいことが……」
「なんだ」
「なんでしょう」
クロウとフォーが同時に答える。どちらに聞いたものかと思ったが面倒だ、そのまま話を続けよう。
「アーセナルを使わないってなると、どうするんだ?」
「どうするって戦うんだろ?」
「え?」
「セイリオス様が言いたいのは恐らく武器などの装備をどうするか? ということかと思います」
「お前、生身で戦うのは初めてか?」
「そうだよ! なんか文句でもあるか!?」
「文句は無いけどな。面倒くせぇ、フォー説明しといてやれよ。それじゃ、逃げなかったら後で会おうぜ」
「おい!」
誰もいなくなったHDIを空しく見つめる。
「説明いたしますか?」
「頼む」
「アーセナルを使用しない場合のオーダーは、アウタースーツと専用の装備を使用します」
で、と言いたくなるのを頷いて先を促す。
「専用の装備は幾つかありますが、基本的には”ブリッツ”と呼ばれるドローン銃を使用します。これはスーツ装着者の脳波に連動し、自動で攻撃を行う物です。また銃火器として小銃、ナイフ、対イモータル地雷といった兵装を選択できます」
「それはどこで行えばいい?」
「装備はハンガーで行いますが、出撃時はアーセナルではありませんので、輸送ヘリまたは輸送車で現地まで移動の後、作戦行動開始となります」
「わかった」
「受諾しますか?」
「初Dランクのオーダーが、初白兵戦。やるしかないよな」
「了解しました。ニ十分後にBデッキに集合です」