Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第2章-9

[自室:オービタルベース内]
 HDIからオーダーを呼び出す。ブリーフィングまで終わったものがほとんどだが、一つ面白いオーダーを見つけた。ブリーフィングまで終わっているが、受諾しているのは二人。ただし、参加枠はあと一つある。受諾している二人の旅団を見て、皆遠慮しているのだろう。ジョニーとドレイク。バレットワークスの二人だ。Eランクのオーダーにバレットワークスとくれば、気後れするのも頷ける。下手をすれば自分が邪魔になるだけだ。オーダーに登録されたドレイクの名前に触れ、経歴を呼び出す。
 碧い髪に、きりっとした男前の顔立ち、顔の中央に斜めに走る傷跡。バレットワークスに女性がいるとは思っていなかったな……。元々は共同体の正規軍に所属、注目すべきはその出撃回数の多さと、懲罰回数の多さだ。懲罰理由は書かれていないが、出撃回数を見れば何か事情があったからに違いない。男勝りとはまさに彼女のことを言うのだろう。
 しかし階級が軍曹ということはジョニーの上官というわけだ。バレットワークスでこれまであいつより下の階級の人間を見たことが無い。金欠を救ってくれた恩人ではあるが、ちょっとした優越感を感じる。旅団から誘いがあるほどの腕で無いことは自覚しているが、その分自由だ。あれこれ人の言うことを聞かなくていい。
 オーダーの内容はゼンのエリアに侵攻しているイモータルの撃滅。侵攻しているイモータルの数が天気図のように示されている。
”今日はイモータルのち銃弾。死ぬにはいい日でしょう”というオーヴァルのブラックユーモアを思い出す。エリア到達予測時間は明日の早朝。作戦時間はその一時間前だ。
「よし」
 オーダーを受諾する。明日に備えてしっかりと休むことにしよう。以前より装備もよくなっているし、ジョニーに少しでも追いつけていればいいのだが。

    

*  *  *


[ハンガー:オービタルベース内]
「指定通りの装備をしておいたぜ。なかなかいい装備を手に入れたよな」
「だろ」
「バスタードゥーム、この大剣は装備する際の管理メモリも少ないし、どの戦場でも使い勝手がいいことで有名な一品だぜ」
「そうなのか?」
「まあ、使い勝手がいいのはただの金属の塊だからだけどな」
「……」
「無駄話はそれくらいにしておけ。幾つか装甲を新品に換えておいたが、これからの事を考えると、アーマーは買い替えた方がいいかも知れんな」
「そんなに酷かったのか?」
「酷いというより、お前に今の装備は合ってないかもしれん」
「分かるのか?」
「長年この仕事をやっていればな。傷つき方を見るにお前、必要以上に敵に近づいとるだろう」
「……そうだな、自分で思っているより近付きすぎているかもな。ペインキラーのようなあんな器用な戦い方は俺には出来そうにない」
「自分をよく知ることだ」
「で、どういうのがお薦めなんだ?」
「ザック」
「そうだなあ。近接戦闘中心なら、装甲が厚い方がいいが近づくには速い方がいい。スカイユニオンのロングソードとか、その辺りがいいんじゃないのかな」
「考えとく。どっちにしても先立つのはこれだしな」
 指先で”クレジット”のマークを作ってみせる。ザックも同じマークを作り、さらに上を指さす。金はそれなりにかかりそうだ。
「戦果を期待してくれ」
「もちろん、期待してるさ。親爺さんと俺の食い扶持はお前たちの戦果次第だからな」
「そうなのか?」
「そうなのよ。新米だけじゃないが、旅団や傭兵たちの稼ぎ、まあ他にもいろいろあるらしいが、それがオービタルに入って俺たちにも入ってくるってわけさ」
「じゃあ、少しは頑張らないとだな」
「おう、期待しないで待ってるぜ」

     

*  *  *


[ゼン支配領域旧市街:オーヴァル]
「作戦領域まで、あと一kmです」
「今のところ、HDI上に信号は無いか……」
「バレットワークスから通信が入っていますが、繋ぎますか?」
「誰だ?」
「ジョニーG上等兵からです」
「繋いでくれ」
 HDI上に通信ウィンドウが開く。
「ようルーキー、直接組むのは二度目だな!」
「ジョニー、こないだはありがとな。おかげで何とか傭兵稼業を畳まずに済んでる」
「なあに、いいってことよ。それより――」
「そこの坊や。飛んで移動なんかするんじゃない。ここはスカイユニオンとの隣接地域だ。何が条約違反になるか分かったもんじゃない」
「姐さん、彼は――」
「いいから降りろ」
「あ、ああ」
 有無を言わさぬ語気に、思わず従ってしまう。
「それでいい。ジョニー、任務エリア到達前に任務の確認を行う」
「了解です。任務は内容はゼン支配領域内における敵性イモータルの排除。イモータルの種別は分かっていません」
「フォー、補足、注意点はあるか?」
「はい、軍曹。当該エリアはスカイユニオン支配域と隣接しており、スカイユニオン側もイモータルへの対処を行っています。そのため本オーダーにスカイユニオンが介入してくる可能性があります」
「介入か……ルーキー、気が進まない任務だけどよろしく頼むぜ」
「ジョニー、あんたタマはついてるのかい? 戦う前からそんな弱気じゃ、いつまでたっても男になれないよ」
「そりゃ、ドレイク姐さんに言わせればそうかもしれないけどさ。なあ、ルーキー」
 俺に振られても困るんだが……。どうやら歴戦の勇士、鬼軍曹とその部下という定番の構図。さらに俺だ。ケツを蹴り上げる新兵にしか見えないに違いない。
「慎重に行くにこしたことは無い、と思う」
「慎重に行く気なら、任務エリア前だからといって気を抜くな。こんな任務、本物の戦場に比べればママゴトみたいなもんだが、何があるか分かんないからね」
「はい!」
「ジョニー、あんたもだよ」
「はい、軍曹!」
「よし。二人共、装備の再チェックを」
 徹底している。生き延びるためにはミスは許されない。改めて気を引き締める。ここは戦場なのだ。
 右手に大剣。左手に盾。肩にはミサイルを装備。背中のパイロンには二丁のマシンガン。パイロンの装備は換えの武器として使うことも出来るが、フォーに制御を任せれば背中のパイロン上から自動で敵を攻撃する武器としても使用可能だ。このシステムの良いところは臨機応変に武器を、戦術を選ぶことが出来る点だが、フォーに全てを任せた場合はその武器での最適解としての距離において攻撃を行うため、弾薬不足に陥る可能性がある点だ。これについては、フォー本人から注意を受けたから、間違い無い。まったく、融通が効かないんだか効いているんだか、AIというやつが、今一つ理解出来ない。
「チェックOKです」
「こっちもだ」
「よし、前進」
 軍曹の後ろ、三角形を作るようにジョニーと俺が位置取っている。三機で地上を行動する際の基本隊形だ。
「ルーキー、さまになってきたな」
「まあな。これでも日々、精進してるんだぜ」
「自分も、そのつもりなんだが。なかなかねぇ」
「なかなかな、そんなあんたに親父さんは期待してるんだよ」
「本当に? 俺だけコールサインが本名だし……准将も、どうせ俺がすぐ死ぬと思って適当につけたんじゃないかって思うんすよね」
「そう思うんなら立派な兵士になって親父さんの鼻を明かしてやりな。おっと、挨拶が遅れたね。あたしはバレットワークスのドレイク。ジョニーの上官だ」
「俺はセイリオス、よろしく」
「ジョニーから聞いてる。今のところ、名前負けしている新米だってね」
 ジョニーの奴め。一体、どんな説明をしてるんだ!
「ははははは。ルーキー、姐さんはすごいんだぜ。なんせスカイユニオンの正規軍の出だからな。マジモンのエリート軍人ってわけだ」
「ジョニーはああ言うけどね、共同体の正規軍なんて大したもんじゃない。オーヴァルの外じゃ、もはや軍隊の存在意義なんて無いに等しいんだ。難民相手に銃を向けるなんて、あたしのやりたかった仕事じゃない」
「それで揉めた同僚を二十人も病院送りにした挙句、上官をブン殴って営倉送り。さすがは姐さんだ」
 思った通りだ。あの懲罰回数はこういう事の繰り返しだろう。彼女が真っすぐな人間だから、こんな時代だから、そんな事が起きてしまう。人間同士で争う前にやるべき事があるだろうに。
「話はそこまでだ! 任務エリアに入るよ!」


 破壊された都市と残骸が広がる。多くは瓦礫と化しているが信号機や電子看板などがチカチカと明滅し、電気が通っていることが分かる。イモータルたちが侵攻した際によく見られる現象だ。奴らはまず自分たちの”巣”を作るために、エネルギーの供給ラインの接続を行う。そのため、侵攻時には自家発電ユニットや動力源は確保の対象として真っ先に襲われる。その後は利用できる部品となる素材が対象となる。
 ”襲われたら裸で走れ”とはオーヴァルでよく言われるジョークだが、あながち間違ってもいない。攻撃もせず、奴らの必要とする物を持たずに逃げれば、逃げ切れる可能性は高い。ただし、一度奴らの巣となった場所へ進入した者は攻撃対象にされる。
「いるね」
 ドレイクからの指示サインに、目視とHDIの確認を同時に行う。HDI上に表示は無いが、見えている範囲に車が無い。オーヴァルで学んだことだが、車はイモータルたちがいるかどうかの尺度になる。最初こそ動力源として使用されるが、素材のほとんどを使われてしまうため、あるはずの車が無くなっていれば、イモータルの巣作りは第二段階に進んでいるということだ。
 HDIに光点が一気に点灯する。建物の残骸の中だけでなく、地面からも沸き出してくる。完全に包囲されている。
「起きたみたいだぜ。ルーキー、気を抜くなよ!」
「寝てりゃいいものを」
「まったくだ」
 地上を滑るように戦車? と思われるイモータルが群れで進んでくる。形としては戦車だが、車や様々な部品を装甲に使い、大砲部分はアーセナルの武器や、見たことが無い形をしたものがくっ付いている。
「なんだ!?」
「ガラクタの寄せ集めだろ?」
「ジョニー、見た目で判断するんじゃない! 二人とも、隠れろ!」
 ドレイクの指示に従うか迷ったが、瓦礫に身を隠す。その瞬間、火炎の渦が空気を焦がした。あれは、これか。
「あっぶねー」
「言わんこっちゃない。何を使ったか知らないが、焼夷武器だ」
「触れるとどうなる?」
「触れないことをお勧めします。フィードバックシステムによる熱反応での火傷などは微々たるものですが、あの中に長時間さらされれば耐熱装甲が破壊され、中のアウターは焼け死ぬことになるでしょう」
「つまり、俺のローストビーフが出来上がるってわけだ」
「あなたは牛では無いので、焼け焦げた人間の死体が出来上がるということになります」
「分かってるよ!」
「おいおい、漫才やってる場合じゃねぇだろ! 上見ろ、上!」
 いつの間にか増えた光点は頭上を示し、上から降ってくる弾が周囲に着弾し燃える。さっきまでの風景とは一変し、一面の火炎の海に、火の雨、まさに地獄だ。
「ルーキー、何とかしろよ!」
「何とかって、無茶言うなよ!」
「喋ってる暇があったら撃ちな! 死にたくなけりゃね!」
 武器をマシンガンに持ち替え撃ちまくる。同じようにジョニーもマシンガンを撃ちまくっている。ドレイクは背中に背負ったキャノン砲を群れに叩き込むが、敵の周囲にある瓦礫に威力を削がれてしまっている。
 そうしているうちにも、包囲はじょじょに狭くなってきている。
「ったく、どこから湧いてくるんだい、この虫どもは! 限度ってものを知らないのかね!!」
「埒が明かねぇ。姐さん、このままじゃまずいっすよ!」
「空中へ一気に飛んだらどうだ?」
「失敗すれば炎の海へ真っ逆さまだ」
「私もそれはお勧めしません。機体の耐熱温度が限界に近付いています。飛行時の発生熱量と合わせて、行動不能になる確率が高いと判断します」
 フォーの言うとおりだ。しかし少なくとも囲まれている状況さえ何とかなれば勝てるはずだ。じゃなけりゃ、本当に俺がローストになっちまう。空中がダメなら……。
 武器を戻し、周囲にある一番でかい瓦礫を持ち上げる。
「こいつで突っ切れば――」
「無茶だ、ルーキー!」
「いや、いい判断だ。そいつなら熱を防げるはずだ。三人で亀甲盾隊形で突破後、反転し撃滅する。背中を合わせろ」
 ドレイク、ジョニーが瓦礫を持ち上げ、全面をカバーする形で三方に瓦礫の盾を作る。パイロンに装備した盾の向きを変え、隙間を埋める。無いよりましだ。
「よし。ルーキーの速度に合わせる。カウントテンで行動開始。抜かるんじゃないよ!」
「了解!」
「カウントを開始します」
 HDI上でカウントが開始される。十……五……三、二、一。
「突貫!」
 炎の中を突き進む。イモータルたちはこちらの意図に気づいていない。
「いける!」
「このまま進め」
「了解です」
 尋常では無い熱量に意識が朦朧とし、手足の感覚が無くなってくる。今、どこなんだ?
「もう少しだ、意地を見せな!」
 ドレイクの声に意識を集中する。HDIの光点の層が薄くなっている。
「くっそ、負けるかよ!」
「ははは。元気じゃねぇか」
「二人共、踏ん張るんだよ! あと少し!」
 光点の層を抜ける。HDIの熱量表示は限界を超えているが、まだ生きてる。成功だ。
「フォー、全機急速冷却」
「冷却時間は?」
「最優先だ」
「全機、急速冷却を開始します。二〇秒で通常環境に回復。再チャージまでの間、機体駆動率は五〇%になります。再チャージまでは二分」
「聞いたね、各自呼吸を整えろ」
 アーセナルが冷えていくのがわかる。頭がはっきりとしてくる。
「人使いが荒いな、まったく」
「軽口が叩けるなら、まだやれるね?」
「当たり前だ」
「ジョニー」
「やれます、軍曹」
「よし、いい子だ。ジョニー、ルーキー、空中の敵はあたしがやる。三〇秒援護射撃の後、地上の敵を掃討開始」
「了解」
「いくよ!」
 ドレイクが空中に飛び上がり、刀を抜き放つ。連続で敵を切り伏せ、爆発が視界からドレイクを覆う。援護射撃でドレイクが空中で囲まれないように敵を撃ち落としていく。
「あたしはこのまま背後に回る。二人は正面から地上の虫共を掃討して」
「ルーキー、聞いたな」
「ああ、片づけよう」
 ジョニーと敵の掃討を開始する。距離を開き、イモータルたちが散り散りにならないよう、追い込んでいく。厄介な焼夷兵器さえ役に立たなくすれば、後はいつもと変わらない。最後の光点が消える。
「二人共、よくやった」
「これで終わりか?」
「いや、この感じならどこかに食糧庫があるはずだ。念のため、潰しておこう」
「了解」
「各自、散会し探索。発見したら連絡し、破壊しろ」
 散会し、探索を開始する。
「姐さん、発見しました。大きさはそれほどじゃないですね」
「破壊時、距離を取るのを忘れるな。大きさは小さいようだが、エネルギー放出はあるはずだ」
「了解、破壊します」


 HDIの表示にノイズが走る。食糧庫の爆発で発生したエネルギー放出がアーセナルの電子機器に影響を与えている。
「作戦終了。しっかし、奴ら日に日に厄介になりやがる」
「これ以上は勘弁して欲しいもんだな」
「まったくだ。帰ったら、冷たいビールでも――」
「――注意してください。新たな機影が支配域境界方向から出現しました」
 フォーの声に、HDI上を見る。ジョニーへ光点が迫っている。
「新たな機影? 何だ? イモータルか?」
「識別信号を確認。イモータルではありません」
「どういうことだよ!?」
 目視は出来ない。ジョニーを示す光点がもう一つの光点に近付いていく。
「アーセナル! 増援か? おい、どこの所属――」
「ジョニー! 不用意に近づくんじゃあない!!」
「えっ? うわああ!」
 ジョニーの表示が点滅へと変化する。
「ジョニー! ジョニーG!」
「甘いなあ、甘い甘い。伏せたカードを手に取るときは、もっと慎重にならなくては」
 HDIに、割り込みの通信が表示される。リーゼントに顔面全体と顎にはスペードの入れ墨。一見して凶悪そうな風貌。見たことがある、ウエストセブンのクロンダイク。壁の外で指名手配犯として知らない者はいない、有名な犯罪者だ。反体制家として活動し、数々の殺人、暴行、脅迫、監禁、文書偽造、窃盗、強盗、放火、またそれらの幇助。組織に属せず、これだけの犯罪を網羅するのは想像がつかない。その後、捕まり壁の中、つまりオーヴァルに送り込まれ、ウエストセブンの一員として活躍? している。今じゃ、壁の外では英雄だ。
「あんた、ウエストセブンの……!! どうしてジョニーを!」
「んんん、こっちのモニタには、お前たちが敵と表示されてるんだがね。何かの手違いかな?」
「姐さん、もう一機来る!」
「ジョニー、無事かい?」
「ジョニー!」
 HDIには負傷しているが、無事なジョニーが表示されている。その横に新たにスキンヘッドの男が表示される。先ほどの男と同じく顔全体に赤い入れ墨を施し、一見して凶悪そうな風貌はほとんどそっくり同じだ。兄弟、それも双子だと一目で感じる。
 こいつはウエストセブンのレッドドッグ。クロンダイクの弟だ。兄と同じく凶悪な犯罪者で、悪党とは言え、二〇〇人のギャングを一人で葬儀屋に送り込んだ事件はあまりにも有名だ。他にも幹線道路で警察を相手に銃撃戦とチェイス、商業施設を倒壊させた件といい、映画さながらの派手な事件で兄以上にこの顔は知られている。
「ふっふふっふー。兄貴ぃ、俺の分も取ぉっておいてくれよぉ!!」
「あちらさんはまだ二枚のカードを手札に持っているぞ。一枚はバレットワークスのじゃじゃ馬、さてもう一枚はどうかな。レッド、お前にあのカードをめくる勇気はあるか?」
「兄貴がやれっていうなら。俺はなぁんだってやってやる!!」
「ウエストセブンの狂犬兄弟か!! ジョニー、無事かい? 動けるなら離脱しな!」
「――オーダーが更新されます。二人を追って新たなイモータルが侵入。これを殲滅、任務を遂行してください」
「何してくれてんだい! このバカ兄弟が!」
「姐さんとルーキーを残して逃げられるかよ! 俺の体はまだ動く! 戦える内は戦う!」
「ん~、いいぞ若造。一撃で終わられては手加減した意味がないからな」
「なんだと!?」
「ゲームは、プレイヤーが多ければ多いほど盛り上がる。楽しくなってきたじゃないか」
「ちっ! バカ兄弟を交わしながらイモータルを蹴散らして戦闘エリアを離脱するよ! ルーキー、ジョニー、ついておいで!」
「くっそ! 何だってんだ!?」
「それでは、任務破棄となり報酬は無効となります。また、制裁処置が行われる可能性がありますがよろしいですか?」
「知らないよ! バカ二人に言いな!」
「鬼ごっこぉの始まりだぁ! 片っ端から殺しまくるぜ!!」
 二人の動きは速い。実際、さっきの戦闘でこっちは疲弊しているが向こうは無傷に近い。さらに、イモータルをいなしながら二人の追撃を躱すのは至難の業だ。イモータルと二人に挟まれ、だんだんとドレイク、ジョニーとの距離が開いていく。
恐ろしいのは、俺たちを相手に分断しながらイモータルとも戦い続ける二人の技量だ。俺たちの運動量が落ちているのは確かだが、レッドドッグの運動量には目を瞠るものがある。気付けば、ジョニーはイモータルの群れに追いやられ、俺はクロンダイクの攻撃を避けるのが精一杯だ。
「つぅかまえたぞぉ!」
「しまった! あたしをルーキーとジョニーから引き離す作戦か! フォー! 何とかおし!」
「現状を脱するための対策を検討中――」
「気付いたところで遅い。もう少し楽しめると思ったんだが、こんなものか」
「なあ兄貴ぃ。こぉいつを殺したら、刑期が何年減るかなあ?」
「知りたければカードをめくってみることだ、弟よ。そうすれば自ずとわかる」
「俺がやってもいいのか?」
「雑魚には興味がない。好きにしろ」
「それじゃ食ぅっちまうぜぇぇ!」
「――検討終了。セイリオス、あなたの機体のリミッターを解除。ミラージュの使用を許可します」
「ミラージュ!? 嘘だろ!? お前、使えんのかよ! そりゃいくらなんでも――」
「そりゃまた頼もしい力を持っていたもんだね。ルーキー、やるじゃないか」
「ミラージュって何だよ!」
「お前、知らねぇのか!?」
「知るかよ!」
「ミラージュは膨大なフェムト量を持つアウター、またはフェムト供給を受けて発現可能な能力であり、アーセナルはそれを具現化する力を持っています」
「だから、何だよそれ!?」
「ルーキー、ややこしい話は抜きだ。要はお前の分身、アーセナルをもう一体作り出すってことだ」
「アーセナルを?」
「フォー、いいからやりな!」
「ミラージュ機能を解除。各フェムト放出器から放出を開始。原子密度安定、フェムト供給量問題無し。空間座標をセット。構築を開始します。構築された機体は私が操作します」
「本当にできちまったよ……」
「あたしのことは構わない、ぶちかましな!!」
「フォー、やるぞ!」
「お任せください。標的設定は?」
「レッドドッグだ! ジョニー、援護してくれ!」
「任せろ!」
 ジョニーの援護射撃にクロンダイクからの攻撃が逸れる。その瞬間を逃さず、レッドドッグに急接近をかける。驚いたのはミラージュの方が速いということだ。後から聞いた話だが、ミラージュで作り上げた機体は当然新品となる、またアウターの疲弊具体が反映されるわけでは無いから、常に最高の状態で行動が可能らしい。ミラージュそのものは空間に存在する原子を使い、フェムトエネルギーで形状を構成する三次元質量プリンターというわけだ。フェムトの供給量によって生存時間が変わり、操作はナノ分子状にプログラミングを施すか、フォーによる操作かを選択できるらしい。
「ミラージュか、面白いじゃねぇか! 負ける気はしねえなぁ!」
 重装備の機体だ。離れての射撃戦では勝ち目は無い。
「フォー、敵の視界を遮ってくれ。その後、敵の動きを止められるか?」
「お任せを」
 レッドドッグの銃撃を受けるミラージュを盾とし接近する。
「フォー、今だ!」
瞬間的にブーストをかけミラージュが上空へと飛び去る。その陰から大剣をレッドドッグの頭上から切り下ろす。手に持った銃を交差させ、大剣が受け止められる。
「お前の動き 丸見えだぜぇ!」
「どうだろうな?」
「何だと!?」
 上空へ飛び去ったミラージュはそのままレッドドッグの背後に回り、羽交い絞めにする。
「何が起こったんだあ?」
「頂く!」
 がら空きになったレッドドッグの胴を薙ぐ。切断したかに見えたが体を捻り、両脚を切断。切断された脚は制御されなくなったブースターを吹かしながら、バラバラに地面へと落下していく。それを待っていたかのように、ミラージュが消える。
「うぉわあああ! 兄貴ぃ! 機体ぃが動かねえぇ! 落ちる、たぁすけてくれ!!」
「初めての起動で、あそこまでミラージュを使いこなすか。面白い。実に面白いじゃないか」
「すげえ……一瞬で狂犬兄弟を片づけちまった」
「兄貴? あぁにきぃぃぃ!!!」
「レッド、お前は自力で帰還しろ。生きていたら、また一緒にゲームをしてやる。ではまた、次のゲームで会おう」
「ぐわぁあああ! あぁにきぃぃぃ!!?」
 クロンダイクの機体が領域を離脱していく。レッドドッグの機体は背中のブースターを吹かすも、制御できないのだろうグルグルと円を描き、墜落していく。自分が肩で息をしているのが分かる。もう、動けない。HDI上に敵の光点は無い。どうやらジョニーが片づけていたようだ。
「……終わったのか? まだ生きてるのが信じられないぜ」
「ルーキーのおかげだよ、感謝しな」
「姐さんの言うとおりだけど、前回ギガント級と遭遇したのもルーキーと組んだ時だったからなあ。もしかしてお前、疫病神なんじゃないか?」
「そうかもな」
「天使でも疫病神でも、戦場じゃ生き残った奴の勝ちだよ。動ける内に帰還するよ」
「あの、姐さん。落ちたバカ弟はどうします? あのままじゃ死んじまうかも」
「大丈夫だろ。あいつのこと知ってるだろ。アーセナルが無くても死にゃしないよ」
「そうかも知れませんけど……」
「まあ、あんたがそう言うなら仕方がないね。フォー、墜落したバカの収容を手配してやりな」
「了解しました。オービタルからゼンに要請します」
「ありがとうございます。姐さん」
「いいさ。親父さんなら、きっとあんたと同じことをしたよ。しかし生き延びたはいいけれど、オーダーを破棄したんだ。こりゃ戻ってから一波乱あるね。査問会に呼ばれるかもしれない。ルーキー、覚悟しときな」
「こっちは生きてくのに必死でね。金のこと以外なら何でもいいさ」
「そりゃ言えてる。査問会はともかく、早く戻って冷たいシャワーを浴びたいっす。生きた心地が全然しない」
「ジョニーの言うとおりだね。帰還するよ!」
「イエスマム! ホント、ひでえ一日だったぜ……」
「まったくだ」

      

*  *  *


[通路:オービタルベース内]
「ルーキー、ちょっといいか? 今日のことで、ちょっと話しておきたいことがある。って、話があるのはオレじゃないんだけどな」
 ハンガーから出て自室へ向かっている最中だった。ジョニーに声をかけられ、目を瞠った。キルスコア、バウンティランキングだけじゃない、壁の外でも名を知らない者は無い伝説の傭兵が目の前にいた。
「バレットワークスの団長だ。皆からは准将と呼ばれている。いや、形ばかりの挨拶は必要ない。ここじゃ生まれも人となりも関係ない。戦績だけが評価の証だ」
「お前のことを准将に話したんだ」
「ジョニーを責めるな。私が命じた。その上で話しておきたいことがあってな」
「話たいこと?」
「オレ、席を外しますか?」
「いや、ジョニーも聞け。ドレイクにはもう話したが、お前達が巻き込まれた任務について、オービタル、ゼン、スカイユニオンの正式な記録から抹消されるとのことだ。オーダーの破棄に、傭兵同士のいざこざによる戦闘の継続、あまり褒められたことでは無いな」
「はあ!? ど、どういうことっすか! 仕掛けてきたのはむこうなんすよ!?」
「お前が怒るのも分かるがな。今日あったことはむやみに喋るな。いいな?」
「准将がそう言うなら俺はいいっすけど……でもこいつは、ルーキーはどうなるんです? この一件で死にかけたんですよ?」
「戦場では、死は常に隣り合わせだ。今回の任務に限ったことじゃない」
「それはそうっすけど、でも!」
「お前の気持ちはわかる。しかしこの件、私に預けてくれ。今回の件はどうもいつもと勝手が違う。もう少しはっきりすれば、お前たちに話せることもあるだろうが」
「イエスサー! 分かりました! オレは准将を信じます!」
「任せるしか無いさ。せめて報酬があれば良かったんだけどな」
「それはバレットワークスが何とかしよう」
「え!?」
「うちの二人を救ってくれたんだ。それくらいするのが礼儀だろう」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ。それはそうとジョニー、それと新人。お前たちは自分たちを殺そうとした相手を救ったそうだな。何故だ?」
「あー、まあ、なんて言えばいいのか……オレたちの敵はイモータルです。傭兵じゃない。あいつらを殺したって世界は救われない。そう思っただけです」
「そうか」
 准将が、ジョニーと俺を見つめる。その眼差しにはどこか翳りと優しさを感じる。
「あの、准将……?」
「出来ればお前たちのような若者を死なせたくないものだ。今日はお前に会えて良かった。これからもジョニーを頼むぞ」
 分厚く、がっしりとした手が俺の肩に置かれる。この手なら簡単に肩の骨など砕くだろう。
「は……はい」
 緊張に声が上ずる。
「准将!」
「ははは。いい相棒じゃないか。呼び出して悪かったな。私はこの後、寄る所がある。先に 失礼する」
 歩み去る背中は目で見える以上に大きく見える。父親を知らずに育った俺だが、父親がいたらこんなだったのだと思える、そんな背中だ。
「かーっ、緊張した! オレ、准将があんなに喋るのを初めて見たよ。普段は滅多に口を開かないんだぜ」
「そうなのか?」
「ああ。今日はホント、お互いひでえ一日だったな。どうだ? 一緒に飲みにいかないか?」
「熱い一日だったしな。今日は特に飲まないとな」
      

      

*  *  *


[フードホール内バー:オービタルベース内]
「オレたちの無事に乾杯!」
「俺たちの成長に!」
 冷えたビールを一気に飲み干す。旨い!
「ぷはあ。ほっんとうに生きてる!」
「実は死んでんじゃないか?」
「死んでても、これならいいだろ?」
「言えてる」
 周囲で飲んでる奴らも俺たちと似たり寄ったりだ。職業こそ違えど、一杯のアルコールに慰めを見出す手合いたちだ。これが分からない奴は幸せなんだと思う。”生きていること”自体の苦痛を和らげる必要が無いのだから。
「この戦いはいつまで続くんだろうな?」
「俺なんかより、お前の方が分かるだろ?」
「分かればこんな苦労してねぇよ」
「まあ、そうだな。だが、おかげで飯が食えてる奴もいる」
「お前とかな」
「その通り。壁の外でドブさらいをしていた時に比べれば、よっぽどマシだな。少なくとも、アウターってだけで蔑まれることは無いからな」
「ルーキー、お前なんでここに来たんだ?」
「そうだな。特別なことなんて何も無いさ。壁の外で俺が出来る仕事は壁の修理ならまだいい方で、街の下水道掃除、都市端末に繋げれない奴らのためにビラ配りや、正規のバウンティランキングじゃなく、闇賭博でばっくれようとする奴からの取り立て、生きるために何でもやったな……そんな毎日が嫌になってさ、死んでもいいから一花咲かせてやろうって思って志願したら、意外に向いてたって訳さ」
「ああ、この仕事はお前に向いてるよ。オレが保証する」
「ありがとよ」
 ジョニーにグラスを上げる。
「で、お前はどうなんだ?」
「オレか……オレは言うほどのことは無いけどな」
「隠すなよ」
「隠すわけじゃ無いけど、そうだな。色々あってさ。うちはそれなりに裕福で、そんな家にアウターが生まれちまった。覚えているのはいずれ家を出る子だからっていう母の口癖と、兄貴の冷たい視線さ」
「兄貴がいるのか」
「ああ。いけすかねぇ奴さ」
「そりゃ苦労したな」
「まあな」
「そんなお前が、どうやってバレットワークスに入ったんだ?」
「興味あるか?」
「そりゃあ、あるさ。壁の外でも名高い解放旅団。本音を言えば、お前が羨ましいよ」
「羨ましいだろ」
「この野郎」
「ははは、殴るなよ。オレは最初、兄貴を見返してやろう、何とか自分を認めさせてやろうと思って、スカイユニオンの正規軍に入ったんだけどさ、イモータル相手に連戦連勝。ある日の偵察任務で初めてストライを見かけて、甘く見ちまってさ。勝てると思ったが、気づけば囲まれて何とか勝ったはいいが、戦友を死なせちまった。今でも忘れ無い、大怪我したあいつがオレの腕の中でどんどん冷たくなっていく、援軍が来た時にはもう……この時代の科学でも死んだ人間は生き返らせることは不可能だ。思い知ったよ……それでオレは自暴自棄になって、酒やドラッグに逃げてたところを准将に拾われたってわけさ」
「すまない」
「謝るなって。今日は軍曹がいたから落ち着いていられたけどな、お前を死なすんじゃないかって、あんな思いは二度とごめんだ。今日の借りは必ず返す。それまで死ぬなよ。絶対だからな」
「俺は疫病神だからな。簡単には死なないさ」
「それは、ちげーねー」
「ははははは」
 俺たちは何度目かのお代わりを注文した。今日はいつに無く、よく眠れそうだ。
      

      

*  *  *


[通路:オービタルベース内]
 通路に二つの長く伸びた影が落ちている。影の先にいるのは、一人は准将。もう一人は眉目が鋭く整った長身の容姿、色はあるのだろうが白に近い金髪に薄い肌の色は、人でありながら、人では無いような異質な印象を与えている。
 暗い通路だからなのだろう、肌が淡く発光しているのが見てとれるが、見る者が見れば、人工的に付加されたものでは無く、彼には自然な生まれついての状態であることが分かる。
 男が口を開いた。
「遅かったな。もう少し早いかと思っていたよ。直接顔を合わせるのは七年、正確な時間を伝えてもいいが意味は無いな」
「変わらんな。第一期師団として肩を並べて戦ったとは、とても思えん……」
「昔話は不要だな、要件に」
 他者が聞けば他愛ない話にしか聞こえないが、二人の間に立った人間は凍り付くだろう。真剣での立ち合いにも似た殺気が二人を繋いでいた。
「そうだ。ここ数十年間、オーヴァルの内側に限って言えば状況は安定していた。イモータルと傭兵との戦力は拮抗し、産出されるフェムト資源の配分はオービタルの思惑通りだった。それがどうだ。なぜ今さら新種が、しかもあれほどの攻性を持つイモータルがあらわれる?なぜ今になって共同体はフェムト資源を貪るように取り合う? そして、お前だ」
「私?」
「唯一、傭兵ランクEX、“自由”を持つ男。そう、グリーフ、お前だ」
 名指した男の反応を見るが、眉一つどころか、瞬き一つとして何の反応も感じさせない。准将は続ける。
「今回のオーダーはお前が仕組んだと私は考えている。百歩譲ってそれ自体は良しとしよう。権謀術数が日常のこのオーヴァルでは陰謀は数えればきりが無い。しかし、その目的が何か、だ」
 グリーフと呼ばれた男は深く瞑目し、重々しく問いを口にした。
「准将、知的生命体の存在理由とはなんだと思う?」
「それが、お前の目的と何の関係がある?」
「答えを」
「生きる事以外に何がある。どんな生命も生きている限り、生き抜く。そのためにこの世に生を受け、全力を尽くす」
「シンプルだな。生命としてはその通りだ。だが、知的生命体は違う。私が目指しているのは新たな目覚め、解放だ」
「解放? ハハハハハハ、革命でも起こす気か?」
 大きく笑う准将に対して身動き一つしないグリーフに、緩みかけた殺気が再び密度を増す。
「月の落下で何が変わった? あれほどの大惨事にも関わらず世界は変わらなかった。お前の言う通り資源を貪り、人類はどこに向かう?」
「さあな、それは歴史が証明することだ」
「月の粒子により人類と異なってしまった突然変異、我々アウターはどこに行く? 壁の向こうで惰眠を貪る旧人類のために、命を使い続けるのか? お前は奴隷として歴史に刻まれたいのか?」
「貴様、正気か?」
「正気? 既に戦争をしているだろう、傭兵。歴史というタペストリーは、常に新たな模様を描くものだ」
「出来ると思っているのか?」
「既に新しい未来は織られ始めた。お前には素晴らしい模様を織りなして欲しいと思っているよ」
「なら、気を付けることだ。どんな時も不測の事態というのは起こりうるものだ」
 踵を返し無言で終わりを告げる准将の背に、淡い燐光を放つ瞳が冷たく輝く。
「そう、不測の事態は誰にでも起こるものだよ、准将」  


――――つづく

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