Star Reclaimer

デモンエクスマキナ 星の解放者

第2章-8

[自室:オービタルベース内]
「マジか……」
 俺の傭兵プロフィールへ新規のフォローが大量に来ていたのは良いことではあるが、コメントはほとんどが「あれは誰だ」と言ったものや、イノセンスのファンによる軽めの誹謗中傷だらけだ。もう少し"まし”なことを期待したが、まあこんなものだろうとは思う。ただ、これでは先が思いやられる。名だたる解放旅団、傭兵たちには個別に高額依頼もあるという話だが、いつになることやら。そもそも、その日まで生きていられる保証は無い。

 HDI上に新規メールのマークが点滅する。
「うん?」
 ジョニーGからだ。アクセスし、HDI上へ展開する。
「よう、ルーキー。昨日の動画面白かったぞ。って要件はそれじゃないんだ。今日、バレットワークスへの依頼があったんだが、残念なことにこちらからは一人しか派遣できない。それで誰かいないかって話になってね。お前のことを推薦しておいたから、もし話に乗るつもりがあれば、オーダーコード”〇一〇一〇五:Noble Tiger”にアクセスしてくれ。概要が分かるはずだ。ブリーフィングは済んでるから、参加するかどうかを選ぶだけだ。ぶっちゃけ、お前金欠だろう? 動画を見る限り結構な額使ってたからな。せっかく一緒に戦った仲だからな。貸し”一”ってことで。じゃあな、健闘を祈る」
 なんて、いい奴なんだ。もちろん、恩に着ます! 着させて頂きます!
「フォー、オーダーコード〇一〇一〇五:Noble Tigerにアクセスしたい」
「オーダーコード〇一〇一〇五:Noble Tigerにアクセスします。本オーダーはゼンからの依頼となります。オーヴァル内のゼン支配領域内にある生産施設にて、イモータルによる汚染を確認。このままでは生産施設を利用されることは明白であり、当該施設の破壊が目的となります」
「奪還では無く、破壊なんだな?」
「はい。施設その物はクローズドのAIによる自動車両生産施設でした。そのため一度汚染されてしまえば、汚染、彼らの仲間となったAIを取り除くことは難しいという判断です」
「分かった。それで、他の面子は?」
「バレットワークスからは、ペインキラー中尉。SHELLからはアビスとヘヴンとのことです」
「中尉ってことは、ジョニーの上官だな」
「その通りです」
 目の前にペインキラーのプロフィールが展開される。かつてはゼンにおいてアーセナルのテストパイロットを行っている。これだけで、エリート中のエリートだと分かる。バレットワークスへ入団後は、世に有名な数々のオーダーに参加。傭兵として、いや、軍人として華々しい経歴だ。
 黒い肌に整えられた口ひげ、金色に染められた髪はスパイキーヘアの天辺を長く伸ばし、顔にはクロスのペイントが施されている。ペイントが気にはなるが、これだけの経歴とバレットワークスの一員ということはかなりの手練れに間違いはないだろう。
 それに引き換え、双子の姉妹アビスとヘヴンの経歴は奇しくもチルと同じ十五歳。だが、それ以外は壁の外では、下層階級以下だったアウターである俺に分かるはずも無い学校の名前や芸術の賞の受賞、寄付による人道支援、傭兵のプロフィールとは思えない言葉が並ぶ。
 もっとも、二人の風体はちょっと異様だ。アビスと表示された女の子は真っ白というより、青白い死人のような顔に派手なリボン、紫の口紅、目の下にはご丁寧に真っ黒な隈がメイクされている。片やヘヴンと表示された女の子は、浅黒い肌にきれいにリボンで束なられた髪と一見、普通の女の子に見えるが、大きな瞳に、見開かれたような瞳孔が普通では無い何かを感じる。
 気になることはあるが、せっかくのジョニーからの助け船を断る理由なんて一つも無い――。
「受諾してくれ」
「受諾しました。作成開始は、四時間後です」
「了解」

    

*  *  *


[ハンガー:オービタルベース内]
「新米、お前――」
「みなまで言うな」
 ニヤニヤとするザックに片手を挙げる。分かってる。言いたいことは分かる。俺も同じ立場なら、何か言わずにはいられない。絶対に動画を見てやがる!
「バカたれが。人が好いにもほどがある。そんなじゃ、いつか死ぬぞ」
 この親爺も見たわけだ。絶対、ザックが見せやがったに違いない。が、多くの傭兵の死を見てきたであろう、アーロンの言葉は重い。
「気を付けるよ」
「当たり前だ。用心をしすぎて無駄ってことは、ここには無い」
「だな」
「新米、整備は終わってる。お前、気をつけろよ」
「気をつけるさ」
「じゃなくて、アビスとヘヴンさ」
「双子の姉妹だよな」
「そうだ。姉のネメシスと双子は魔女だって噂だ」
「魔女? まあ、アウターだからな。何か特殊能力を持っていてもおかしか無いと思うが」
「そうかも知れないけど、何て言うか普通じゃないらしい」
「ザック、噂話なんてものは尾ひれがつくもんだ。分からねぇことで新米が悩めば、それが戦場では判断を狂わすこともある。いらねぇことを言う暇があったら、間違いが無いように点検しろ」
「す、すいません!」
「生きてりゃ色々ある。それも死んじまったらお終いだ。一つ確かなのことはな、機体の整備は常に万全だ。そこは何も心配はいらん、わしらに任せろ」
「ありがとう」
 アウタースペースに入り込む。自分の感覚が拡大し、視界が同期される。
「出撃シーケンス開始」

*  *  *


     

[ゼン支配領域生産施設:オーヴァル]
 合流地点に三機のアーセナルが表示される。
 その先には目的となるゼンの施設が表示されている。四つのセクターからなる、かなり大きな施設だ。確かにこれほどの施設なら生産量はかなりの物だろう。そもそも、車両生産施設とは説明されたが、こんな場所にある物がただの生産施設なわけが無い。


 視界に三機のアーセナルが入って来る。迷彩柄のアーセナルと、紺の機体だがよくみればエッチングが施された特殊仕様機だ。形自体もどこか優美で俺やバレットワークスの機体とは一線を画している。ヴァランタイン家のアーセナルがオーダーメイドというのは、どうやら本当らしい。
「みんな死んじゃえばイイノニ」
 なんだ!?
「わたしは壊すの大好き! ちまちましたイモータルを相手にするより、大きいのを壊す方が断然楽しそう! わくわくするなー」
 はあ?
 つながったHDI上へ現れた双子に面喰らう。何を話していたのかは分からないが、みんな死んじゃえばいいとは、穏やかでは無い。
「すまない。いきなり彼女たちが接続してしまった。君が噂のルーキーだな。ジョニーから話は聞いたよ。私はバレットワークスのペインキラー中尉だ。彼女たちは――」
「SHELLのヘヴンだよ!」
「アビス……」
「SHELLは知っているね? 彼女たちはセイヴィアーの妹たちだ。君の心配は分かる。彼女たちは若いが、腕前は一人前、いやそれ以上だ」
 いや、心配してるのはそこじゃないんだが……。
「わたしたち、そのおじさんより強いよ?」
「その通りだ。現場で誰と組むことになるかは分からないが、信頼に足る傭兵だ」
「俺はセイリオスだ。よろしく」
「セイリオス、兄さまと半分同じだね! じゃあ半分強いのかな?」
「……半分も同じだなんて、死ねばイイノニ」
「いや、勘弁してくれ。俺はまだ死にたくはない」
「私も辞退しよう」
「つまんなーい。そうだ、遊ぼう! ねぇ何する?」
「そうだな。悪い虫たちの巣を壊すゲームをしようか」
「うん! やるやる! 壊されたい、壊れたい子は誰かなー?」
「全部、無くそうカ。一緒にネ」
 個人接続のシグナルをペインキラーに送る。すぐに応答がくる。
「おい、こいつら大丈夫なのか?」
「どうかな。少なくとも今回のオーダーには彼女たちの力が必要だ」
「力?」
「説明は難しいが、戦闘になったら必要以上に彼女たちに近づくなよ。感化されるぞ」
「感化?」
「そうだ――」
「おじさん、おじさん、どのくらい壊していい?」
 チーム会話へ切り替える。
「好きなだけやってくれ。ただしセイヴィアーから言われたことは覚えているね?」
「うん! ちゃんと覚えてるよ! えっと、仲間を撃つと減点でぇ、フォーの言うことはちゃんと聞く!」
「どっちが世界をキレイに出来るか 競争ダヨ!」
「それでいい。えらいぞ」
「えへへ、褒めれちゃった。おじさん、いい人! 壊すときは、なるだけ痛くないように壊してあげるね」
「そりゃ嬉しいね」
「当該施設の周囲には多数のイモータルが確認されています。ご注意を」
「さすがに、簡単にはやらせてくれないみたいだな。俺は何を担当すればいい? 施設か? イモータルか?」
「ルーキー、君はイモータルを蹴散らしてくれ」
「了解」
「さあ、始めよう」
「ひゃっほう! 正義の執行だーっ!! ぶっこわせー!」
「正義の執行……みんな死のうネ」


「そこだ!」
 イモータルの群れに突入し、リーダーを叩き潰す。群れが混乱している間は簡単に潰すことが可能だ。
「さあて、次に……なんだ?」
 HDI上に表示されたアーセナルの信号は四機。しかし、俺の目がおかしくなければ目の前には他のアーセナルが見える。しかもそいつの信号はイモータルだ。
「フォー、こいつはなんだ? 敵なんだよな?」
「はい。それはアーセナルをイモータルが汚染、あなた方アウターの代わりの疑似アウター、半生体のAIを搭載した<ストライ>です」
「半生体?」
「はい。アーセナルはその機構をあなた方アウターの力、フェムト粒子による神経伝達を使って意思通りの作動が可能となっています。また、システム全体は機体に搭載されたOSとわたしで分担することで、汚染されても極めて限定的な動きしか出来ません。それを克服するために彼らが開発したのが、疑似アウターです。疑似アウターは、アウターの生体組織を培養、三Dプリンターによるプリントで必要な神経網を生産、そこにAI中枢となるシステムを接続することで、自分たちの意思通りに動くアーセナルを獲得したのです」
「じゃあ、あれは敵なんだな?」
「その通りです」
「ってことは……」
「?」
「装備規格はアーセナルってことだよな?」
「はい。彼らは効率を考え、自分たちと敵対する傭兵の装備するアーセナルを鹵獲、最新の装備を使用できるようにしています。大変効率が良いと言えるでしょう。殺傷兵器を開発する人類の貪欲さは――」
「能書きはいい! ってことは装備を奪えば金欠も解決ってわけだ!」
 ストライに狙いを定め、ブースターを吹かす。盾越しにライフルを構え、攻撃を開始する。逃げるところをミサイルで一気にダメージを与える算段だったが、敵はこちらへ加速! 銃ではなく背中から取り出した大剣を横薙ぎに、振り抜く。
 盾で防いだものの、これまでに無い衝撃が襲い、取り落としそうになる。銃弾のようなチクチクとする痛みではなく、鈍痛が左腕に走る。
「くそっ!」
 始末に悪い。痛みに違いは無いが、アーセナルを操作するとなるとこれだけ違うとは。大剣を受けた衝撃は全身に走り、それを受けた左腕はだんだんと麻痺したように重くなる。俺以上に”場慣れ”してやがる。
 乱射しつつ後退。近場の施設へ身を潜める。手持ちの札を確認する。ライフルにミサイルと盾。ペインキラーたちのように名の知れた連中なら、この装備でも簡単に倒すのかも知れないが、俺の今の腕前では苦戦することも予測に入れる必要がある……あるわけが無い。全ての敵を殺してしまえばいいだけだ。隠れて作戦を練るなんて、必要か? 必要なわけが無い。
 敵よりも高い位置へ一気に上昇する。そして急降下。大剣の一撃を盾で受けつつ、右手で敵の首を抑える。
 そのまま地面へと激突。衝撃に盾で押さえたストライの右腕と、首が千切れる。背中のパイロンに回していたライフルを取り出し、敵の胴体へ弾丸を叩き込む。俺を跳ねのけようとしていたストライの動きが止まる。
「どうだ!」
 元々自分の持っていたライフルと盾をパイロンに回し、ストライの持っていた武器、大剣とマシンガンを両手に装備する。
「次はどいつだ!?」
 HDI上の光点が消滅していく。二つの施設から爆発が起き、閃光が走る。地上、空中を問わずイモータルたちが仲間同士で攻撃をしている。
「さーて、片っ端から壊していくよー!」
「今日も楽しく、殺しちゃおう!」
「よっし、俺が全部殺してやる!」
 同士討ちをしているイモータルを端から駆除を開始する。ストライもいるが無数のイモータルにたかられ、身動き出来ないところを大剣で真っ二つにする。破損した盾を群がる敵に投げつけ、ストライの手に持つマシンガンを奪う。
「はははは。こりゃいい!」
 二丁のマシンガンを乱射し、周囲の敵を蹴散らす。敵からの銃撃に痛みを感じるはずだが、まったく痛みを感じ無い。敵の群れに突撃し、群れの中心から撃滅する。
「ルーキー、しっかりしろ! そこを離れろ!」
「なんでだよ! 俺、今絶好調なんだぜ?」
「くそ、言わんこっちゃない。アビス、ヘヴン、あの大きいのを破壊してくれ。二つあるのが見えるね?」
「大きいの? 見える、見える~」
「どっちが世界をキレイに出来るか、競争ダヨ!」
「アビスには負けないからね!」
「痛むぞ」
「!?」
 HDI上に表示されたペインキラーとは全く別の方向から、二発の弾丸が、俺の真後ろから機体を貫く。その衝撃が俺を地面に叩き伏せた。
「なんだ!? どうやって!?」
 倒れた俺の上に、ペインキラーが上空から圧し掛かる。まったく動けない。
「暴れるなよ」
「くっ……そっ!!」
 圧力に息が出来ない。HDI上の光点、アビスとヘヴンが遠のいていく。次第に頭がはっきりとしてくる。同時に感覚が、体中に痛みが走る。
「俺は一体? くっ! なんだ!?」
「感化だ」
「感、化?」
 残った敵を掃討しながら、ペインキラーの機体が近づいてくる。
「そうだ。だから近づきすぎるなと言ったんだ」
「何が起き、たんだ?」
「仕組みはわからんが、彼女たちの感情に周りも影響を受けてしまう。それが彼女たちの能力だ。感化の力を持つアウターは他にもいるが、イモータルにまで影響を及ぼせるのは彼女たちだけだ」
「影響を及ぼす?」
「中尉殿。わたしから説明を行います。中尉殿は引き続き、作戦の続行、指揮を取られた方がよろしいかと思われます。彼女たちだけでは、当該施設の破壊の後、他の破壊行為に及ぶ可能性が高いと考えられます」
「そのようだな。フォー、助言を感謝する。ルーキー、落ち着いたら手伝え」
 飛び去る後ろ姿をぼんやりと眺める。体中の痛みと混乱が正常な思考を妨げている。
「説明は必要ですか?」
「……あとで、って言いたいところだけど聞いた方が良さそうだな」
「はい。感化とは、彼女たちの気持ちが周囲にも影響を及ぼす能力です。敵を殺すという気持ち、感情が周囲へ伝播、イモータル同士が同士討ちを行っていたのは知性が低いイモータルが周囲の全てを敵と認識したためです。耐性の無い人類がここにいた場合、同じように全てを敵と認識したでしょう。あなたはアウターであるため、多少なりと耐性があります。そのため、イモータルを敵と認識できました。また、敵を殺すことだけに全能力を使うことを目的としていたために、過剰に分泌されたあらゆる痛覚抑制物質が感じるべき痛みを消した状態だったのです。ですが、彼女たちの影響が長引けば、あなたも他の三人を敵と認識し、襲っていたでしょう。そして気づいたときには体に大きな障害を残したかも知れません」
「マジかよ……そんなことがあんのかよ」
「はい。アウターの中には特殊力を持った人たちがいます。彼女たちと出撃した傭兵の中には耐えきれず自死した人や、彼女たちを攻撃したがために命を失った人たちもいます」
「……魔女」
「そのように彼女たちを呼ぶ者もいます」
「中尉、ペインキラーは何故平気なんだ?」
「彼は彼女たちを中心に影響を及ぼされた敵を見ることで、その効果範囲を測っているようです。敵の行動を基準に影響範囲の外から狙撃銃で敵を殲滅していました」
「………」
 実力が違いすぎる。バレットワークスがオーヴァルでも最強の旅団と言われるわけだ。ジョニーを見ていた限り、クリムゾンやディアブロだけが化け物かと思ったが、ペインキラーも相当な化け物だ。
「負けてられねぇな」
「動けますか?」
「もちろんだ。フォー、損傷、装備、チェックしてくれ」
「損傷は六十%。弾薬は残り三十%です。エネルギー残量は問題ありません。」
「よし。残りイモータルを殲滅する」
「了解です」
 双子の位置を確認する。施設を派手にぶっ壊しているのが見える。HDIを確認し、彼女たちから離れているイモータルを順に片づけていく。時折、こちらを攻撃しようとするイモータルが破壊される。ペインキラーの狙撃だろう。正確無比とはこのことだ。
 施設が盛大な爆音とともに閃光を放つ。巻き込まれる形で何十匹かのイモータルも吹き飛ぶ。
「オーダー達成を確認。帰還シーケンスを開始します。帰還しますか?」
 どうやら終わったようだ。
「もう終わりぃ? 壊したりないなー」
「もっと遊べたのに、ナ」
「二人ともよく頑張ったね。早く帰ってセイヴィアーに任務の首尾を報告しなくては」
「そうだった! 兄さま、褒めてくれるかな? かな?」
「帰って兄さまに遊んでもらおう」
「ああ、きっと褒めてくれるだろう。ルーキーも大変な目にあったが、いい仕事だった。フォー、帰還する」
「帰還シーケンスを開始します」
「またね! おにーさん!」
「……死にたくなったら、バイバイ」
「では失礼するとしよう。ルーキー、また組みたいものだな。それまでお互いに生き残るとしよう」
 飛び去る三人にまったく動けない俺がいる。やれやれ、これはしばらく休養が必要そうだ。
「フォー、帰還する」
「了解です。医療センターの予約を行いましたので、帰還後は速やかに受診することをお勧めします」
「仰せのままに」
「それでは、最大速度で帰還します」

    

*  *  *


[バレットワークス専用エリア:オービタルベース内]
「中尉、ルーキーはどうでした?」
 顎に手を当て、目を閉じているのはペインキラーだ。質問をしているのはジョニーG。推薦したのだから、当然その評価は気になるところだ。評価次第ではジョニー自身にも影響がでかねない。もっとも、バレットワークス内では最下級なのだから、これ以上落ちようもないわけだが。
 ペインキラーは目を開け、口ひげを一撫ですると慎重に言葉を選ぶ。
「そうだな……見どころはあるが、まだまだってところだな」
「厳しいっすね。あいつ、なかなかいい線いってると思うんだけどなあ」
「そうだな。ダメじゃあない。助けはしたが、彼女たちの影響を受けながらも自分を取り戻すことが出来た。今の傭兵ランクよりも上に上がれる資質はありそうだが、今後の本人次第だ」
「さっすが中尉。で、どうやって助けたんです?」
「バレットワークス式だ」
「うわ」
「ははははは。戦場では痛みなくして、得るものは無い。准将の教えだろう?」
「その通りです! ルーキーにもいい勉強になりましたね。しっかし、あの嬢ちゃんたち……あの噂は、本当なんすかね。嬢ちゃんたちは、魔女だっていう――」
「ジョニー」
 ペインキラーの厳しい声音に思わずジョニーが姿勢を正す。
「はい」
「噂は噂だ。兵士なら自分の目で見た物、事実と確認したものだけを信じろ。影を恐れるのは愚か者だけだ」
「すいません」
「虫共にまで影響を与えるあの能力は異質だし、どれだけダメージを負っても平気で動き続ける彼女たちを畏怖する者がいるのも、わからんでもない。だが、痛覚が無い者もいれば、人体を改造することで痛覚を取り除く者もいる。ここでは見た目や、力の一端だけで判断すれば即、死に繋がる。最初の教えを忘れるな」
「はい、中尉」
「これくらいにしよう、腹も減ったしな。どうだ付き合わんか?」
 ウィンクする中尉に、緊張していたジョニーも笑顔になる。
「お供いたします、中尉殿!」

     

*  *  *


[医療センター:オービタルベース内]
「アーセナルからのフィードバック衝撃による打撲、また亀裂骨折及び骨膜下骨折が数か所」
 医療ベッドに横になり、体を襲う痛みに耐えている。これまでの戦闘ではダメージを受けていなかったからこそ、平気だった事がよく分かる。アーセナルのフィードバックシステムは操作の感覚と、命を守る上で役立つがそれを無視して動けば、感じずに動けばこうなるわけだ。
「特に酷いのは、この二つの銃創ね。アーセナルを貫通した物体から受けるフィードバックは臓器の痛覚を刺激するから、かなりの痛みを伴う。覚えておくといいわ。酷い時は臓器の交換もあり得るわ」
「臓器の交換?」
「ええ。今回は生体組織修復物質の注入と痛覚の遮断物質の投与だけで良さそうね。投与後は三十分ほどはそのまま安静に」
「……分かりました。治療費の方は?」
「あなた新人ね? それも、傭兵契約書をちゃんと読んでないクチときた」
 なんでわかったんだ?
「傭兵契約をした者は、オーダーで受けた障碍に限り医療費は無料よ。有効期間は傭兵契約を破棄されるか、死ぬまで」
「あっ、ああ。そうなんですね」
「わたしはエイル。あなたが生きていれば、また会うことになるわね」
「俺はセイリオス」
「セイリオスさん、無茶は避けることね。傭兵も命があってこそよ。治療はフォーが行ってくれるわ。終わったら帰っていい」
「ありがとうございます」
「お大事に」
 部屋を去る医者の後ろ姿に、我慢していた痛みが襲ってくる。
「生体組織修復物質の注入と痛覚の遮断物質の投与を開始します。よろしいですか?」
「あ、ああ。やってくれ」
 医療ベッドの一部が変形し、蜘蛛の足のようなロボットアームが立ち上がる。俺を取り囲み、体に針が刺さる。かなり細いおかげでチクリとした痛みは感じるものの、針自体の痛みはほとんど感じない。痛みがあることは分かるが、次第に感覚としてしか感じなくなる。麻酔に似ているが、感覚が無くなるわけではなく、痛みだけがそこにあった、という不思議な感覚だ。
「フォー、医療行為を君が行うなら、人間はいらないんじゃないのか?」
「はい。ほとんどの場合はそれでも大丈夫です。ですが、AIはこれまでの蓄積からの診断においては高い精度を誇りますが、病状そのものだけでなく精神状態も絡んだ症状の場合、やはり人間の医師の診断が無いと正確性を欠くことがあります」
「そんなものかな」
「人によっては、人間の医師でないと医療行為を許可してくれない人もいます」
「わかる気はする」
 壁の外では、俺たちのようなアウターは高度な医療など受けられない。普通の医療が受けられればいい方だ。闇医者の怪しい治療に頼らざる得ないことがほとんだ。そんな俺たちからしてみれば、人間のいない治療など信じられない。
「暇だな……そうだ。フォー、オーダーで受けた傷だが背中から貫通した攻撃が何かわかるか?」
「対アーセナル用の徹甲弾による狙撃と思われます」
「徹甲弾?」
「はい。フェムト鉱石を精製した後に残る残渣を金属物質と合わせて弾丸として製造した物になります。アーセナル命中時の変形エネルギーとしてフェムトエネルギーを発生させ、これが侵徹体金属の結晶構造を変形させて高温を発生、装甲板を貫通するものです」
「それが何故、後ろから来る?」
「跳弾だと考えられます」
「そんなことが可能なのか?」
「様々な能力によって可能です。中尉の場合は過度の運動高進能力によって、動体を同時に捉えています。ですがそちらの要因よりも、これまでの経験や訓練があの正確な動きと、跳弾での狙撃を可能にしていると考えられます」
「参ったな、俺にもなにかあれば良かったんだが、特別な潜在能力があるかどうか調べる手段とかはないのか?」
「能力自体は最初から発現していることもあれば、後年発現することもあり、アウターが人である以上、その能力差も多種多様です。そのため、調べて分かるものでもなく共同体、オービタルも本人からの申請や戦闘記録から知ることがほとんどです」
「そう聞いてる。俺の場合は地道な訓練しか手が無さそうだな」
「訓練であれば、VMB(模擬戦闘モード)を使うのも手段の一つです。武器のテストを行ったと思いますが、それ以外にもこれまでに記録された膨大な戦闘記録を追体験することも出来ますし、オンラインでつなげば対人での戦闘も可能です」
「対人での戦闘?」
「傭兵間では一種のゲームとして興じる人たちもいます。その場合は大抵の場合ですが、クレジットを賭けて行われています」
「それは面白そうだ、でどんな感じなんだ」
 フォーがHDIに映し出したランキングから傭兵を選択し、対戦の記録を見る。装備もそうだが、今の俺にこんな操作は無理だ。ただ戦い方は参考になる。
「なるほど、こんな強い奴らがいるのか」
「はい。ただこの対戦では彼らがもつアウターの能力は再現できないので、現実で戦えばまた結果は変わってくる可能性はあります――三十分が過ぎましたが、どうされますか?」
「よっし、痛みもほとんどひいたようだ。あんな戦いを見せられたら、すぐにでもオーダーを受けたいところだ、帰って確認したい」
「分かりました」


――――つづく

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