「大丈夫か!?」
デヴァの声がミサイル隔壁の中を木霊する。直径一.八五メートル、長さ十八メートルの核ミサイルは沈黙を守っている。
「兄貴は!?」
「俺の心配が出来るなら問題無いな。野郎、何をしやがった!?」
「高高度核爆発だと思う」
「それは?」
「爆発高度を調整することで、核は強力な電磁パルスを発する。電力インフラや通信、情報機器の機能停止を狙ったんだ」
「電力か……」
「フェムト粒子でエネルギーを発生させても、結局電力に変換しなけりゃ動かないからね。敵ながらいい作戦だ」
「電力以外で動く物は無いのか?」
「あるとすれば……」
「何だ?」
「超常現象。幽霊か宇宙人か、神か悪魔か。オカルトの類だろうね」
「おいおい勘弁しろよ」
「ま、有り得ないってことさ。兄貴、外の様子は?」
「待ってろ」
壁を蹴り上げ、数mの高さを一気に跳躍する。大地にアーセナルが三機、倒れている。
「参ったな」
手近に倒れているクラミツハの装甲、アウタースペースを叩く。
「おい、生きてるか?」
耳を装甲に当てる。中から装甲を叩く振動を感じる。
「待ってろよ」
緊急時に備えて作られたハッチの手動開閉装置を操作する。勢いよくハッチが開き、中からエンプレスが飛び出してくる。
「ンの野郎!」
「おいおい、落ち着け!」
エンプレスの拳を受け止める。
「! あいつはどこだ!?」
「いねぇよ。多分な」
「やられた!」
サイロから上がってきたゾアにより、ジョニーも助け出されている。
「セイリオス!」
エンプレスが駆け出す。その後をデヴァが追いかける。高高度から落下したアマツミ、セイリオスは四人とは違う。
「ルーキー!」
ゾアとジョニーも後を追う。
離れた場所に落下したアマツミは胎児のように丸くなり、地上へと墜落していた。
「セイリオス!」
エンプレスが手動開閉装置を操作する。開閉と共に、アウターエリア独特の臭いが空気中に溢れだす。体に馴染んだ臭い、その中に少しだけ違う臭いが混じる。常日頃知っている臭い。血の臭いだ。
「セイリオス! セイリオス!」
「おい! しっかりしろ!」
* * *
[医療センター:オービタルベース内]
観測しえない物は存在しない。見なければ存在しない。それでも見ようとしたら? 意思の代行者。新たな可能性の存在。存在の可能性を生み出す。私では無い私、存在の可能性を見出す者。いずれ目覚める時が来る。それまで眠れ――。
光と訪れる暗闇。
「だとしても、そうだとしても……待て! 待ってくれ!」
反射的に伸ばした腕が何かに邪魔されて、かすかな痛みを伝えてくる。規則的な機械音。注意を引くための音は何故、全部同じに聞こえるんだろうとぼんやりと思う。部屋の扉が開いた。
「起きたのね」
彼女がいるという事は、自分の身に何かがあったという事だ。腕を失ってから世話になりっぱなしで頭が上がらない。エイル、命を救ってくれる天使。傭兵でいる限りは、だが。
「良かったわ。墜落事故はよくある事だけど、今回は危なかった」
「危なかった?」
「ええ。あなたが運び込まれた時、まだ電力が復旧して無かったから、完全に原始時代よ。止血も縫合も全部、手でやんなきゃいけないし、それだけじゃ無理だったから、電力を機械に回すために、アーロンやザックが自前の発電機、それも人間がペダルを踏んで電気を起こす機械を作って、エンプレスがアーセナルとアウターを繋ぐ変換システムとそれを繋いで、古い医療機械を叩き起こしてくれた。皆がいなけりゃ、あなたは本当に死んでたのよ」
墜落、俺は墜落したのか? ……そうだ!
「核ミサイル! クロンダイク!!」
体を起こそうとするが、ビクともしない。
「目覚めたばかりよ。無理しないで」
「何で起きれないんです?」
エイルが片手を頬に当てる。彼女が考えている時の仕草だ。
「一時的な処置よ。患者が混乱をして自分を傷つけないための」
「傷つける?」
「ええ。あなた、覚えてないのね?」
あの時の事を考える。全力で核ミサイルを阻止しようとして、叩き切った。目が眩む閃光と暗闇、衝撃、夢? 現実? いや現実だ……覚えているのはここまでだ。
「墜落……墜落した後のことは覚えていません」
「そうでしょうね……いい、よく聞いて」
無言で頷く。正直、聞くのが恐い。俺の体はどうなっているんだ?
「まず、全身打撲や軽度の骨折。これは流石アウターね。体が回復に向かってからどんどん良くなってる。もうほとんど治っているわ。内臓は幾つか破裂した物を取り換えたけど、一つしか無い臓器は運よく残っているわ――」
「一つしか無い臓器?」
「心臓に脳、主要な一つしか無い臓器よ」
「……なるほど」
「でも問題が一つあって」
「問題……」
「墜落した時の衝撃で、あなたはアウタースペースを跳ね回ったのよ」
「それで?」
「義手は破壊されて、両脚も粉々になってた。折れた大腿骨が体内に刺さって、睾丸は一つ摘出することになったわ」
腕、足、睾丸……最後のやつが、何よりもじわりと来る。
「見ても?」
「拘束具は外せないわよ。パニックを起こす人もいる、そのための拘束だから」
「……分かった」
医療ベッドの上のモニターが表示される。寝ている俺がそのまま映っている。左腕の義手は新しい物に取り換えられている。脚は両脚とも義足だ。腕と同じアーセナルの技術なのだろう、似た形だ。無機質だが美しささえ感じる。自分の体だというのに、不思議と受け入れていた。それよりも医療用の無菌布が覆っている部分、そこが気になって仕方が無い。
「中を見たいんだけど……」
エイルが溜息をつき、布を上げる。
「…………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………」
縫合した痕はもうすっかり治っている。気になっていた場所も、そこまでの違和感は無い。今は。
「ありがとう。大丈夫だ」
布が下される。
「大丈夫なようね。起きてみる?」
「頼みます」
拘束が外される。左腕を動かしてみる。大丈夫だ、問題無い。というか、前の物より動きが滑らかな感じさえある。ベッドから降りるため、脚を曲げる。見慣れない光景だが、自分の脚である感覚は完璧だ。むしろ反応が良いとさえ感じる。立ってみる。大丈夫だ。
「大丈夫そうね。流石、期待のルーキーって呼ばれるだけあるわね」
「よしてください。俺がもっと出来る奴なら、こんな事になっていないですよ」
エイルが俺の肩を叩く。
「あなたが起きた事、伝えないとね」
そこからは大変だった。
エンプレス、ジョニーを筆頭に、バレットワークスの面々、デヴァやゾア、セイヴィアーにナイト、ネームレス達。皆が訪れてくれた。アーロンは何も言わず、俺の義手を叩き、ザックは肩を竦めていた。回復を喜んでくれている人達も居れば、状況を教えてくれる人、何があったか聞いてくる人、皆それぞれだったが分かった事がある。今の状況は俺たちに極めて不利だという事だ。
俺が眠っている間、この十日の間に色々な事が起きていた。
EMPのせいで起きた深刻な電子機器への障害は、不眠不休の作業の結果、五日目に解消。全ての復旧には未だに至っていないが、オービタルベース内と防衛網の復旧には成功していた。最初は人力だった電力供給も、アーセナル同士を接続し、アーセナルの装備を使用して解消したらしい。それだけでは無く、壁の外から支援物資や人が大量にやって来ていた。セイヴィアー、ヴァランタイン家の率いる関連の企業や組織の人間だ。セイヴィアーがオーヴァルや、壁の外で何かがあった時のために用意していた救助部隊とのことだった。オーヴァルからの連絡が途絶えた際に動くよう、予め何千というシナリオ下でのシミュレーションと指示がされていたとの事だ。彼らと協力し、シャットダウンしていたフェムト炉の再起動を行い、電力網を安定させたらしい。この後、繋がっていなかったフォーとの再接続も成功し、施設内は急ピッチで再整備が行われている。イモータルたちは、再起動出来なかった物も多数いたとの事だった。自動修復可能な固体、影響範囲外にいたイモータルは仲間の修復、救助に手一杯になっている。
不幸中の幸いと言える情報はここまでで、後は悪い知らせしか無かった。
地中深くを行動していたグリーフたちはEMPの影響を受けなかった。当たり前だ。グリーフについたクロンダイクが実行したのだから予め計画されていた事は間違い無い。自分たちに影響が出る作戦を立案するわけが無い。彼らはブラックロータスと呼ばれる施設を奪取した。
ブラックロータス。
こいつが厄介だった。まずその施設の存在を知っているのは、オーヴァル、オービタルの中でも一部の者にしか知らされていない、それほどの重要な施設だった。
ブラックロータス自体は同じ物が三基存在する。オーヴァルから壁の内外へとエネルギーを供給、壁その物の制御も兼ねている施設だ。奴は共同体に対して、エネルギーの供給停止をカードとして使用した。この十日の内にエネルギーの供給を停止、デモンストレーションを行っていた。これによって旅団から離れ、グリーフたちに合流する者たちも日に日に増え、壁の外の人間たちも彼の支持者が出始めているらしい。
「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
「あ、ああ」
ジョニーに肘で突かれて、我に返る。セイヴィアーが壁の外の状況を説明しているところだった。主だった者たちが会議室に集合している。
「——共同体は、グリーフの脅迫に協定を結ぼうとする者たちに天秤が傾いている。未だに交渉出来ると思っている馬鹿者たちだ」
「グリーフがただ独立をして、それで終りという事で済むとは思えませんが」
「違ぇねぇ」
「ましてや、クロンダイクがついているんだ。あいつがいるなら、それで終るわけが無い」
「当たり前だ。兄貴がいるんだからな」
レッドドッグに全員の視線が集中する。何故、お前は誇らしげなんだ、と。
「平時の政治は怠慢に支配され、有事の際は恐怖に支配される。残念な事に歴史が証明している。自分の身よりも国民を案じるリーダーは有事が大きくなるか戦時で無ければ生まれてこない」
「正確にはどれくらいの人数が協定派なんだ?」
「把握は出来てはいない。世論の形成に動く者や浮足立って動く目立つ者たちは分かりやすいが、したたかな者は決して姿を見せない」
「何て残念なんだろうね、人間ってやつは」
「ま、そんなもんだろ。信じられるのは背中を預けた仲間だけさ」
「まあ、政治家が姐さんたちみたいにはなれないから、Jam ればそうなるさ」
「大尉、軍曹、特技兵」
クリムゾンの注意に、三人が背筋を伸ばす。
「外の状況は以上だが我々、解放旅団同盟に与えられた行動権は取り上げられてはいない」
セイヴィアー、デヴァ、ネームレス、ジャックが頷く。
「我々はブラックロータスを奪回する」
声を上げる者、頷く者、反応こそ違え全員の顔にあるのは決意だ。
「まずはこれを見てくれ」
HDIにはオーヴァル全体と三基のブラックロータスが映っている。
「三基を守っているのは、イモータル、元旅団の傭兵たち、君たちもよく知っている者もいるだろう。この三基を守っている要は、彼らだ」
画面上に、それぞれが表示される。
一基には、ネメシス。
一基には、リーパーとクロンダイク。
一基には、リジット。
「グリーフはどこに?」
「現時点では分からない。ブラックロータスに送った斥候部隊が確認出来たのは彼らのみだ。だが、ネメシスに関してはセイヴィアーから情報がある」
クリムゾンを、セイヴィアーが引き継ぐ。
「彼女は最新のアーセナル、いや戦略兵器を持ち出している」
セイヴィアーの説明と同時に映し出されたスペックに、声を飲む。
対イモータル拠点制圧戦略装備ファレノプシス・グスタフ。全長三〇〇mに及ぶそれは装備と言っていいのかすら分からない。蝶の形にも見えるそれは、棺状の部分を中心に、四方に巨大なコンテナが複雑な形で拡がっている。スペックに表示されているのは、巨大化した五〇基の大型フェムトジェネレーターを積む事で可能となった兵装の数々。複雑なコンテナ部分には多数のブリッツが組み込まれ、巨大すぎるほどのレールガンが四門、数十のミサイル発射口、ガンアームなのだろう、レーザーブレードや実剣を備え、あらゆる角度からの攻撃に対して展開可能なエネルギーシールド。
「なんでこんな物を……」
「イモータルの規模、数が我々の予測を遥かに超えているのを知った時に開発を行った物だ」
「目的を思いつけば作る。大人はいい加減すぎる。それで苦しむ者もいるのに!」
ジャックがここまでの怒りをぶつける理由は分からない。だが、誰もが一度は思った事ではあるのだ。オーヴァルは人類にとっての巨大な実験場。そこで暮らす者たちはただの試験用の動物に過ぎないと。
「ネメシスには、我々SHELLが当たる。自分で撒いた種だ。自分で刈り取る」
「全員、良く聞いて欲しい。この作戦の要諦は三基の同時制圧にある」
セイヴィアーへの糾弾が始まる前に、クリムゾンが立ち上がり注目を集める。
「グリーフの手の内は見えないが分かっている事は一つある。緊張状態にある共同体は、ブラックロータスが破壊されれば、残されたエネルギーを巡って戦争を始めるという事だ。我々が一基を奪回したとして、他を破壊されればグリーフは我々を共同体と共通の敵として喧伝するだろう。もちろん、三基を破壊する事も考えられるが、そうなれば備蓄されたエネルギー、フェムト炉で今の人類全員が生存出来る環境を維持する事は不可能だ」
「三基のブラックロータス破壊が奴の考えの内だとすると、何の利がありますかな? グリーフに、奴が目指す世界に」
ナイトの言葉に誰もが思考を巡らす。
「人類全体では無くアウターだけが生き残れる環境、オーヴァルを中心とした世界を作り上げるなら?」
「ドミネーターは? 元々フェムトはそれが作ったんだろ? なら、それを押さえた奴が世界の王だ」
ジョニーの提示した前提、ディアブロの指摘は本質を見抜いている。
オーヴァルでの争いはエネルギーを求める人類同士の代理戦争。その本質はドミネーターと呼ばれる世界を変える存在を巡る争いだ。そして、グリーフが目指すのはアウターの、旧支配体制からの独立……だが、それだけか?
「イモータルたちは?」
エンプレスの問いはもっともだ。この争いは人類だけのものでは無い。そして争いの趨勢を決めるのは彼らかも知れないのだ。
「我々ハ人類ト、グリーフノ争イトナッタ場合ニハ、人類ヲ支援シマス。シカシタトエ、グリーフニ勝利シタトシテモ、ドミネーターヲ管理デキル確信ガ無ケレバ、コレマデ通リノ活動ヲ再開シマス。ドミネーターヲ除イタ状況デノ人類同士ノ争イデアレバ、我々ハドチラノ側ニモ組スル事ハ出来マセン。ドチラモ守ルベキ存在デス」
「なら、グリーフの勝利は確実。この状況を作られた時点で我々は既に負けている」
エンプレスが頬杖をつく。
「良くも悪くも人類は諦めるという事を知らない。三基を破壊すれば、人類は否応なく戦争を選ぶわ。けど、グリーフが共同体と戦わなければ、イモータルと共同体が争う。どちらが勝っても疲弊し、奴はそこを叩けばいい。ブラックロータスが我々の作戦で残ったとしましょう。その場合は我々を糾弾、人類は我々を排除する。その後、残された資源を元に共同体を支配、イモータルの排除を行えばいい。イモータルは原則に沿った行動以外を選択出来ない」
沈黙。
誰もが理解していた。勝敗は時の運もある。しかし、この賭けは分が悪い。
「どうやっても勝てないのか?」
セイリオスの問いかけは、全員が思っていることだ。一縷の望みさえ無いのか、と。
「一つだけ、手はあるわ」
「!」
「ドミネーターの奪取、または破壊」
「だが――」
「あーもう! そうよ! それがどこにあるのか情報は無いし、イモータルたちも正確な位置は知らない! だから、あくまで手があるというだけ!」
エンプレスがどかっと机の上に突っ伏す。
「ドミネーターってあれだよな? 宇宙から来たやつ?」
「……そうよ」
顔を上げずにレッドドッグにエンプレスが答える。今更、何を聞いているんだ、こいつは。
「そいつの場所なら、俺知ってると思うぜ」
「は?」
「何!?」
「何で?」
「何だって!!?」
「どういう事だ!」
全員が一斉に色めき立つ。何だ? 何でこいつが知っているんだ?
「ここだ」
レッドドッグが表示された地図の一点を指す。それは、かつての人類の輝かしい未来を思い描いた残骸。オーヴァル建設時、共同体が協力した証として立てられた欺瞞に満ちたモニュメント。中央都市。イモータルとの戦いによって破壊され、今では忘れ去られ、誰も訪れることの無い場所。
「レッド、大事なことなので良く聞いてください。何故、そこだと知っているのですか?」
ネームレスの質問にどう言おうか思案しているようだったが、諦めたようだ。
「兄貴が教えてくれた」
「どうやって? そもそも、クロンダイクは何故知っているのですか?」
「おりゃあ、兄貴みたいに頭がよくねぇから、細かい事はわかんねぇ。もし聞かれたらこう言えって言われたことなら、言えるけどよ」
「ええ、それで構いません」
咳払いし、表情を作る。流石に双子だ。粗暴なレッドドッグが兄に見えてくるから不思議だ。
「旅団の馬鹿共は奴のゲームの上で既に詰んでいることを理解していねぇ。ゲームマスターの用意した盤の上で勝てる奴がいると思っていることが間違ってる。ルールは奴が決めているんだからな。勝つためにはドミネーターが必要だ。だが何処にあるか突き止める必要が、ある。ドミネーターは唯一、全員が分かっている事がある」
ここで言葉を切り、飲み物を飲むレッドドッグに全員がイライラしている。だが、当の本人は気にした様子も無い。椅子に深くよりかかり、天井を見上げている。
「それで? 続きは?」
「ああ、続きな。えっと確かこうだ。これは賭けだが、この惑星上で唯一ドミネーターだけが別のエネルギーで動いているはずだ。オーヴァルのエネルギーを全部止めても反応のある所、それがグリーフの奴の居場所、そしてドミネーターの在り処だ」
「高高度核爆発……」
「そうそう、それそれ、兄貴が言ってたわ」
「レッド、でもその座標はどうやって知ったのですか? あなたとクロンダイクが通信すればグリーフにはもちろん、我々にも分かるはずです」
「だろうな。そんな事は俺だって分かってる。何でみんなそんなに頭が悪ぃんだ?」
お前が言うのか。それを。
「鳥さ」
「鳥?」
「ああ。正真正銘の鳥さ。ダメだった時のために他にも幾つか手段は考えてくれてたけどな。ウエストセブン、俺たちだけが使ってる場所を使うとか、死体を使うとか、色々とな。だが、鳥一発でちゃんと伝わったぜ」
そんな方法で情報のやりとりが可能とは。この場にいるほとんどが虚を突かれたはずだ。
「それで、我々にはいつ言うつもりだったんです?」
「悪ぃ、悪ぃ、忘れてた。はーっはっはっはっ!」
頭を振る者、殴りかかろうとする者、静止する者、全員の気持ちが良く分かる。なら、クロンダイクは?
「なら、クロンダイクは敵じゃないのか?」
レッドドッグが悲し気に頭を振る。
「この戦いはキングを倒せば終わりじゃねぇ。ナイトも倒し、ルークを守らなければ、勝利は無ぇんだ。分かってるな? セイヴィアー、ジャック、ネームレス。絶対に躊躇するな。だとよ——レッド、お前もだぞ」
最後は呟くような小さな声となり、全部は聞き取れない。
「私たちがドミネーターを奪取するために向かったら、イモータル、あなたたちは私たちの邪魔をするの?」
「アナタタチガ管理デキル確信ハアリマセン。デスガ、マダ観測不可能ナ未来デス」
「つまり?」
「観測可能ナ未来トナルマデ邪魔ヲスルコトハアリマセン」
エンプレスがクリムゾンを見る。全員が彼の言葉を待っている。
「ドミネーターを破壊したとしても、ブラックロータスが破壊されてしまえば、人類の存続は危うい。我々が勝利するためにはドミネーターを奪取あるいは破壊し、ブラックロータスを守らねばならん。これより作戦の立案を開始する。各自、出撃準備だ!」
「了解!」
■ ■ ■
[オーヴァル共同体:拠点内]
「それで、俺たちに生贄になれってことか?」
「まさかな」
リーパーと向き合うグリーフの目は嘘を言っていない。それはリーパーも分かる。だが、相手はグリーフなのだ。
「私の提案よ」
輝かんばかりの美貌に魔女の笑み。ネメシス。
「どういうことだ?」
「クロンダイクの案を採用したんだから、私の案を採用しても問題は無い」
「そんな事を言ってはいない」
「分かってるわよ。会話を楽しむってことを知らないのかしら」
「目的はなんだ」
蔑む顔というのはこういうものなのだろう。ネメシスの溜息と視線は彼女を頂きに奉じる者なら、自分の運命を呪うだろう。
「ブラックロータスを守りきる自信はあるのでしょう?」
「当たり前だ」
「でもね、万が一にも負けた時、自分が死んだ時の事を考えた事はある? そうなったら、それを行った相手には生涯を後悔と自責、嫌な思いをさせ続けたいじゃない」
「それだけのためか?」
「そうよ。いけないかしら」
堂々と言い放つネメシスは神々しさすら感じる。生れ落ちてから常に頂点であり続けた者は他者の在り様など気にしない。自らが法であり、全てに優先するのだ。それを微塵も疑う事すら知らない。
「リーパー、その女の動機はどうであれ、有効なのは確かだ」
喋りだそうとしていたグルーミーを片手で制し、クロンダイクが割り込む。
「クロンダイク」
「我々の生命モニターとブラックロータスを同期させれば、我々が死んでもブラックロータスは破壊され、ブラックロータスを破壊しても我々は死ぬ。解放旅団同盟の目的はブラックロータスを破壊する事だ。かつての家族や仲間が相手となれば、少なからず動揺もする。勝率は上がる」
「来るのが家族や仲間ならな」
「たとえ来るのが違ったとしても、我々を殺したという事実は変わらん。それぞれの家族や仲間との不和を煽る事も可能だ」
「アハハハハ、分かってるじゃない」
「(わたしは死んでも生き返る。それに皆も。大丈夫だ)」
「異論はあるか?」
グルーミーが両手を握り机上に置いた。
「リスクを俺たちに負わせて、お前たちは?」
リーパーの視線がグリーフ、リグレット、グルーミーの上に注がれる。
「すでに対価は支払っている。この作戦が成功しても人類の行く末への責任が生じる。失敗すれば人類を分断した大罪人としての汚名は、歴史に残る事になる」
「確かにな。それで成功した場合、人類はどうなる?」
「グレートフィルターを乗り越える事になる」
「グレート……フィルター?」
「プロフェッサーがドミネーターと量子計算によって演算した結果では人類は残り三〇〇年で自滅する。これは常に起きて来た事だ。古代の遺跡や我々自身が知る歴史においても分かるだろう。運よく絶滅から逃れて来ただけで、それはいつでも起こり得る。それがグレートフィルターだ」
「それで、それを乗り越えて俺たちを何処へ連れていく気なんだ? 預言者殿は」
瞑目し、グルーミーの説明を聞いていたグリーフが目を開く。
「新しい世界、別の惑星を目指す」
リーパー、クロンダイク、リジットが驚く。ネメシスは面白そうに三人を見ている。知っていたのだろう。むしろ協力してきた側だったに違いない。
「フェムト粒子によって産み出された新しいエネルギーと物質。しかし、それとて永遠に人類を支えるだけの量があるわけでは無い。アウターであれ人間であれ増えすぎた人類を生かすには一つの惑星で支える事は出来ない」
「可能なのか?」
「もちろん、今すぐでは無いがな。だが今のままでは人類は確実に滅ぶ。諦めない、挑戦し続ける、豊かさを目指すという欲望は個人では長所と言える。だが人類全体では短所となる。小さな欲望が集まり、大河となった巨大な欲望は、自己を滅ぼすその瞬間が訪れるまで止まることが無い。そしてこれは人間より生まれたアウターである我々も受け継いでいる。人類が今よりも進歩し分かり合える存在となるまでは」
「分かり合える存在……」
「そんな日は来るのか?」
「必ず」
リグレットがグリーフを見る。それは計算できるものでは無いのだ。人類を絶滅から救ったとしても確証は無い。進歩し分かり合える世界、それは人類が願いながら手に入れることが出来なかった夢。
いつの日かこの夢が叶うことを願っている。”全てを捨て”て希望に身を捧げたのだから。
■ ■ ■
[ハンガー:オービタルベース内]
「感謝しろよ」
「またそれか? 礼はしただろ?」
今となっては正解だったわけだが、核ミサイル阻止に失敗し墜落した時、俺は酷い状態だった。意識は無かったが目覚めた時の恰好を見れば分かる。
あの後、アーセナルに備えつけられている救護キットを使って応急処置を行ったらしいが、全く血が止まらず、血液型が同じデヴァとゾアの血を輸血しつつ俺を運んでくれたとの事だった。これはかなりラッキーだった。血液型が合わない場合、融合中和剤を使うこともあるのだが、量が多すぎると血球を始めとして細胞を破壊し、死亡するケースもある。四人は即席の担架で荒野を延々と運んでくれた。何も動かない、風の音さえしない荒野で、物音がする度に運んでいる俺が死んだんじゃないかと、死線を潜り抜けてきた四人もぞっとしたそうだ。オービタルベースが見えて来た時は、喜びのあまり俺を放り出すところだったぞ、とデヴァが言っていた。冗談とは思うが、本当かも知れない。ジョニーはずっと死ぬな、このクソ野郎、お前は疫病神なんだから絶対死なない、期待のルーキーだろ、と話しかけてくれていたそうだ。九割悪口の気もしたが、思うのは感謝だけだ。
俺が目覚めた事を聞いた時、ジョニーが言うにはエンプレスが泣いていたらしい。そう話をするジョニーが泣いているのだから、照れ隠しのための嘘の可能性が高い。彼女が泣く姿は想像出来ない。
「でも感謝の言葉は何度聞いても嬉しいだろ?」
「ありがとう。助かったよ」
「いやいや、戦友のためなら当たり前だろ」
ハンドシェイクの最後に、お互いの手を打ち付ける。もちろん、義手の方だ。
「いってー!」
「はははははは」
「お前やっぱ疫病神なんじゃないか?」
「おいおい、戦友は何処にいったんだ?」
「調子は良さそうだな」
アーロンとザックだ。思えば、この二人には世話になりっぱなしだ。
「ああ。悪く無い」
義手を挙げ、片足立ちしてみせる。
「いやー本当に良かった。整備士たちの間であんたが死ぬか賭けててさ、俺とアーロンは生き残る方に賭けたから、もう本当にドキドキしたよ」
「そういう事だ」
ニヤリと笑う二人に呆れるが、喜んでくれているのだ。彼ら流で。
「一つ目と二つ目は守れて無いが、三つ目は守ってるだろ?」
「そうだな。よく帰って来た」
「さっき、一時的に電気の供給が不安定になって——」
「おいおい、わしは無視か?」
セイリオスの言葉を遮り、二人の後ろから男が割り込んでくる。禿頭にゴーグル、ぐちゃぐちゃの髪に汚い作業着。
「カーナ、あんた何でここに!?」
「わしの可愛い子供たちを放っておけんじゃろうが。自分の子供が他の奴に触られると思ったらぞっとするわい」
「こいつ、ずっとこの調子なんだよ。確かに知識とか、色々すげーと思うけどさ。偏屈ジジイは一人で十分なのにさ」
「誰が偏屈ジジイだ」
アーロンとカーナが二人同時につっこむ。似た者同士かも知れない。
「整備状況は?」
「もちろん、万端だとも。三機とも整備は完璧よ。それとな、気休め程度にしかすぎんがアマツミには予防措置を施しておいた。アーセナルとの接続を強制解除出来るよう、システムでは無く、手動装置を取り付けておいた。あとは装備にレーザーライフルと盾を用意しておいた。戦闘履歴を見ると、お前は敵に突っ込む癖がある」
「助かるよ」
本音だった。この先何が起こるかは分からない。気休めだろうと何だろうと無いよりはましだ。それに装備はあるにこした事は無い。
「お前たちの機体も改良しておいたぞ。エンプレス、あんたは他の奴より反応速度が速いが身体が追いついていない。だから脳からの反応を先読みして入力するよう改良してある」」
「反応速度か……」
「ジョニー、お前さん用にはな」
「オレには?」
「何も無い」
「たはっ!」
「お前さんがこの機体にぴったりってことだ」
「おいおい、それ信じていいんだよな——」
HDIにクリムゾンが表示される。
「各自、全ての作業を中断し至急集合しろ。我々は奴を甘く見ていたようだ」
* * *
[仮設大会議室:オービタルベース内]
「全員集まったな。状況は我々が考えていた以上に深刻だ」
誰も言葉を発さない。クリムゾンは一人頷き、全員のHDIに映像を転送する。
「それは一時間前の映像だ」
三基のブラックロータス。名づけられた理由は一目見れば分かる。黒い塔の上部が開き、蓮の花のようだ。その中央からは上空へ向けて赤と黒のビームと思しき、禍々しくも目を覆うばかりの輝きが放たれている。
「何だ?」
「何ですか、これ?」
「……」
皆が口々に疑問を唱える中、不意に映像が途切れる。この映像を録画していたイモータルが破壊されたのだろう。それきり映像が映ることが無い。
「セイヴィアー」
「これを見て欲しい」
セイヴィアーが二つの映像を転送する。地表から空の一点、残された月へ向けて引かれた三本の線と月が巡る公転軌道、計算式が描かれた映像。そしてグリーフ。
「全人類に告げる。我々はついに到達しようとしている。全てが結ばれ、世界が一つとなるその時に。ついに我々が望んできた日が実現する。新たなる目覚め、全てが同じ痛みを分かち、世界が一つとなるその瞬間に。アウターと人間、人類が互いに争う日は終わる。世界が滅びぬために生きる時代では無く、世界を生むために生きる時代が来るのだ。剣と盾、どちらを持とうと構わない。私は誰も拒まない。だが叶うことならば全ての者が共に生きることを望む。新しい世界、人類の定めを超える旅が待っている」
「グリーフ……」
「もう一つ添付した映像を見てくれ。ブラックロータスが放つ光の先がどこへ集約されているのか。そしてその結果を計算した物だ」
「要点を言え。そんな言い方じゃあ、分からない奴もいる」
デヴァに鋭い視線を送り、考えを巡らす。憶測を含むことは、この際やむを得ない。結論を話すべきだ。
「グリーフの狙いは残された月を落とし、目覚めの日を再現することだ」
「何だって!」
「そんな事……」
「出来るのか!?」
「出来るわ」
「エンプレス」
「理論上での話だけど、月へ放たれた膨大なエネルギー、フェムト粒子を使用したビームは、月を破壊するだけの威力を産み出すことは可能よ。ただ、出力を単純に大きくしても線源から放射される粒子や光はさまざまな方向のものが混ざる。だから、対象物を絞るわけだけど粒子の同調制御をするのに、過去の私が一万人いても処理が追い付かない。けど——」
「けど?」
「今の奴にはドミネーターがいる」
全員が理解した。実現可能なのだと。織られたタペストリーは織り手の考えた通りに糸が紡がれている。どこにもほつれは無い。
「月の落下予測地点を見てくれ」
破壊された月の破片は質量と重力のバランスを崩し重力に引かれて落下する。そこにあるのは、三つの共同体の首都。
「共同体を全滅させる気なのか!?」
「奴がそれを望んでいるのかは分からんが、猶予は無い。共同体は足並みが揃っていない上に、スクランブルをかけた所で間に合わん」
「間に合わない?」
「そうだ。ブラックロータスから供給されているエネルギーは全て停止された。今は全てが月へ放たれているビームに使用されている。我々に残された時間は僅かだ」
「どれくらいなの?」
「多く見積もって十六時間」
「少ない場合は?」
「六時間だ。小さな破片の落下は既に始まっている」
ざわつく全員をクリムゾンが制す。
「我々の任務は月の破壊阻止。そのために時間内に三つのブラックロータスを奪取または破壊。そしてドミネーターの奪取または破壊を実行する」
「少佐、ドミネーターを後回しには出来ないのですか?」
「軍曹、それも考慮した。しかし残念だが我々の現状は奴の盤上で動く駒だ。ブラックロータスその物が陽動作戦の可能性もある。そのため、我々がドミネーターの所在地を知っているという点が奴の誤算であることに賭けるしか無い」
「ですが、それすら奴の想定範囲の可能性があるのでは?」
「その可能性もあるだろう。だが、月の落下を見逃せば数多くの命が犠牲となる。アウターも人間も無い……これは分が悪い賭けだ。だから、去りたい者は去ってくれていい。全員が生き残れるという保証は無い」
誰も去る者はいない。全員が姿勢を正していた。
「解放旅団同盟として、最後のオーダーを発令する。悪いが皆の命を使わせてもらう。決着をつける」
* * *
[ブラックロータス1:解放旅団同盟第一小隊]
「すみません、こんなやり方しか思いつかなくて」
「二人にこんな事を頼んでしまって、ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「すまない。戻ったら必ず礼はする」
「しょーがねぇよな。家族の問題だ。きっちり片をつけてこい!」
「俺と兄貴でも同じことをしたさ。で、兄貴どうする?」
「ブラックロータスを止めるにしても、嬢ちゃんを救うにはまず殺さないとな」
「だな」
■ ■ ■
「目標を捕捉。各機のデータリンク開始。小隊の通信回線を開きます」
「あれがブラックロータスか? 間近で見るとバカでかいな」
飛ぶ六機の前方、まだ肉眼では遠いがHDIにはしっかりとその威容が映し出されている。天高く伸びた黒い塔の先、広がった花弁の中央から空の彼方、月へと向けて光り輝く柱が立ち上っている。
その周囲には花の香に惹かれた虫たちのように無数の黒いアーセナルとイモータルたちが蠢いている。その中央に佇む機体には見覚えがある、色こそ漆黒だがジャックたちイノセンスと同じ機体。オーガシリーズ。
「クロウ、もう大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
「デヴァさん、ゾアさんが来てくれて助かりました。リジットの姿を見れば、ノーツ兄さんもチルも冷静に戦えないだろうから」
「俺だって冷静じゃない。リジットの奴、どういうつもりなんだ? 心配かけやがって」
「誰だって一人になりたい時はあるだろ? 嬢ちゃんは思春期なんだ。まっ、しょうがねぇよな」
「兄貴、茶化すなよ」
「真面目な話、四小隊での同時行動。戦力を考えれば、妥当って事さ」
デヴァを隊長として鋼鉄の騎士の二人、イノセンスの四人で編成された第一小隊。イモータルの部隊を随伴したいところではあったが、リジットの身を優先したい。もしも何かあったらと、イノセンスの四人が異を唱えた。不安はあったが、最後はデヴァの一言”大人が子供を守ってやらなくてどうする。責任は俺がとる”で部隊編成が決定された。
「ありがとうございます」
「グローバル回線での通信が入っています。受諾しますか? コールサインはリジットです」
「デヴァさん! ゾアさん!」
「任せる」
「フォー、回線を開いてくれ」
「リジットからの回線を開きます」
「リジット!」
兄弟たちが全員、叫ぶ。映ったのは紛れもなくリジットだ。
「皆、来てしまったのね。来て欲しくなかったけど——」
「何で!?」
「メールを見なかったの? この世界の中でわたしはわたし。他の誰でも無い。運命の糸を誰にも握らせない。わたしは自由になるの」
「何だよ、それ!」
「知ってた? わたしたちの寿命は四年しか無いの」
「え?」
「リジットお姉ちゃん?」
「何!?」
「そうか、やっぱり……」
「寿命が四年? おいおい、何の話をしている!?」
「……」
「ノーツ、あなた知っていたの?」
「いや、推測だよ。僕たちの寿命は短いんじゃないかと思っていた。僕らの記憶は検査の時に部分的に消されている。だから僕はいろんな事を必ずノートに書き留めていただろ? その中に書いていたんだ。"長く生きられない”って」
「そう。なら、あなたにも分かるでしょ? 残された時間を、わたしは自由に生きたいの」
「けど、けど、けど! そのために他の沢山の人が死んでもいいの!? そんなのリジットお姉ちゃんらしくないよ!」
「わたしらしい!? 何なのよそれ! それはわたしが決めることよ!」
「リジット、一緒に帰ろう! 家族で戦う必要なんてない!」
「いやよ。わたしはみんなを解放する。わたし達のように虐げられてきた人たち全てを。もう怯えて生きるのは嫌なの! 誰かが死ぬたびに、もしかしたら今度は生き返らないんじゃないかって怯えてた。あんなに憎んでるのに、あんなに嫌っているのに、あの塔に祈るしかなかった。皆だって、そうでしょ!」
「リジット……」
「生き返る?」
ゾアが眉をひそめる。
「そうよ。わたしたちイノセンスが不死隊ってあだ名されたのは本当に死なないから。死んでも新しい体で蘇るの」
「クローンか!?」
「ええ、そうです。これまでのクローン体と違うのは僕たちの意識と記憶はバックアップされ、更新される」
「完全に同じ個体を実現したのか……」
「でも、寿命は四年。これまで死んで蘇っていたから分からなかっただけ」
「リジット、戻る気は無いんだな?」
「分かっていないのね。ブラックロータスはわたしの生命と同期している。ブラックロータスを破壊すれば、わたしは死ぬ。わたしが死ねば、ブラックロータスは止まる。皆にわたしを連れ戻すことは出来ない」
「ジャック、俺には出来ない……」
「クロウ兄さん!?」
「無理だよ! お姉ちゃんを殺すなんて!?」
「殺すしか手は無い」
「正気か!?」
「ノーツ!?」
「ノーツ兄ちゃん!?」
「ノーツ兄さん!?」
「フォー、リジットとの回線を切断して」
「回線を切断します」
「デヴァさん、ゾアさん——」
「考えがあるんだな?」
「こんな事を頼むのは気が引けるのですが、聞いてもらえませんか?」
「何だ?」
「リジットを殺してください」
「どういうことなんだ?」
「リジットを殺そうとすれば、周囲にいるアーセナルとイモータルたちが全力で守るはずです。だから、僕たち四人は機体ごと自爆します」
「何!? 本当に気でも狂ったのか!?」
「兄貴、最後まで聞こう」
デヴァとゾア以外の三人はノーツの意図に気づいたのだろう。頷いている。
「僕たちは死ぬとウロボロスタワーと呼ばれる場所で復活します。だから、僕たちが先に死に、リジットが死ねば——」
「ブラックロータスは停止し、嬢ちゃんを救うチャンスがある」
「そうです」
「考えたね」
「すみません、こんなやり方しか思いつかなくて」
「二人にこんな事を頼んでしまって、ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「すまない。戻ったら必ず礼はする」
■ ■ ■
「しょーがねぇよな。家族の問題だ。きっちり片をつけてこい!」
「俺と兄貴でも同じことをしたさ。で、兄貴どうする?」
「ブラックロータスを止めるにしても、嬢ちゃんを救うにはまず殺さないとな」
「だな」
二人の口調は軽い。殊更に明るく努めている。四人にはその気持ちが嬉しかった。
「皆、いいね」
「もちろんだ」
「うん!」
「行きましょう」
「デヴァさん、ゾアさん、後は頼みます」
「おう、頼まれていいぜ」
「行って来い! 家族を取り戻せ!」
「イノセンス、行きます!」
四人の機体がブラックロータスへ向かって飛ぶ。その後ろをクルセイダー二機が追随する。
「やる気なのね!」
リジットの機体が前に出る。同時に周囲の黒いアーセナルとイモータルが囲うように前に出る。
「接敵まで十秒」
「九、八、七、六——」
「五、四——」
「三、二——」
「一、フォー、自爆シーケンスを開始」
「了解しました。本機体の自爆シーケンスを開始します」
「うあぁあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぬぅぅうううぅぅぅぅぅっ!」
「わぁあああああああああああああっ!
「やああああぁぁぁぁぁっ!」
「皆、何を!?」
敵の集団の中で四機から一瞬輝く光が走る。燃焼により周囲の空気が四機へと集まり、一気に拡散する。爆発に巻き込まれ、周囲の機体が爆散していく。それは美しい星の輝きのようだった。機体から機体への爆発の連鎖は、轟音と輝きを拡げながら空を焼き焦がしていく。
「いやぁああああああっっ!」
覚悟したはずだった。兄弟たちと家族と戦う事を何度も考え、悩み、泣いた。何度も何度も。けれどこんな光景は想像していなかった。
爆煙の中から、リジットの目の前に二機のアーセナルが肉薄する。アーセナルの目がブンツ! と赤く光る。
「ひっ!」
「ゾア!」
「兄貴!」
二機のレーザーブレードがリジットのアーセナル、“オーガΔ”を切断する。
「どうしてわたしの……邪魔を……する……の……」
切断された機体が地表へと落ちていく。爆発し、破片を散らしながら塵へと変わっていく。
「後はお前たち次第だ。頑張れよ」
「また会おうな」
クルセイダー二機が残された敵とブラックロータスへと向きを変える。
「兄貴、念のためだ。残りとあのデカブツを片付けよう」
「だな。正義の味方も楽じゃねぇよな。ゾア、調子はどうだ?」
「上々さ、少しは休ませて欲しいけどね」
「さっさとぶっ潰して、パーティーと行こうぜ!」
「いいね! 今夜はおごれよ!」
* * *
[ウロボロスタワー:再生室]
ポッドを満たした液体が排出され、扉が開く。データ転送が終わったクローン体の背中部分が持ち上がり座った状態に移行させる。体に接続されたチューブの一本の中を液体が通り、体へと流れていく。そして、チューブが体から解除される。
「ごほっ!」
「ノーツ兄さん、急いで」
「ごほっ、ごほっ。何度やっても……これは慣れない、な」
全員が裸のままだった。リジットが蘇生するまでの時間に猶予は無いはずだから。鋼鉄の騎士二人は約束を守ってくれたはずだから。
「リジットは?」
「まだ」
「来るぞ」
一つのポッドの上にあるライトが赤から黄色に変わる。そして緑へと変わり、ポッドの扉が開く。
「ごふっ!」
「リジット……」
「皆……」
ぼうっと霞がかかったように四人を見ていたリジットの顔に表情が戻り、ポッドを飛び出すや近くにいたジャックへ殴りかかる。
「やめろ!」
三人がリジットに組みつく。
「何で! 何で分かってくれないの!? 人類に、いいえ! 人間に何の価値があるの!?」
「他の人類全員を犠牲にして、僕たちだけで幸せになるっていうのか?」
「あんな人たち、放っておけばいいわ! わたしたちを番号で呼ぶ連中なんて、全員死ねばいいのよ!」
リジットを押さえる三人とジャックの視線が絡み合う。それは五人の誰しもが一度、いや何度も考えたことだった。家族で夜通し話したこともある。
「リジットお姉ちゃん、そんな人たちばかりじゃなかったじゃない…… わたしたちに優しくしてくれた人だっていた。今この瞬間、皆を助けるために戦ってる人たちだっている! 忘れたの!」
「うるさい、うるさい、うるさい! ジャックだって、皆だってグリーフの話を聞けばわかるはずよ! あの人はわたしに安心をくれた!」
「それは安心なんかじゃない! どうしてわからないんだ、リジット!」
「何で! どうして幸せになろうとしちゃいけないの!? わたしたちだけ、ずっと呪われたまま生きていくなんて耐えられない! どうせわたしたちは死なないのに! こんな戦いに何の意味があるっていうの!?」
「リジットォ!」
ジャックがリジットの頬を張る。
「何……よ」
ジャックが拳を押さえている。俯いたその目からこぼれる涙が拳に落ちていく。
「……だから僕たちはねじ曲がったんだ……本当に大事なものが何か分からないままここまで来てしまった……」
「ジャック……」
「リジット、弟と妹を泣かすなよ」
「チル……」
「お姉ちゃあぁん、う……うわああぁん。うわぁああん。嫌だよぉ」
「どうしてわたしの気持ちを分かってくれないの……わたしは、わたしは!」
四人が無言でリジットを抱き締める。
「大丈夫、大丈夫だ」
「分かってる。分かってるよ」
「お姉ちゃぁん」
「リジット、ごめん」
リジットの目から涙が溢れだす。
「わたし、怖かったの。ずっとずっと怖かったの……」
「そうだね、リジットは一番優しいから。ごめん、僕たちはずっと理解してあげられなかった。いつも傍にいてくれたのに。でも今なら分かるよ。死ぬのは怖い。うん、とても怖い」
「……ぐすっ、ううう、わああああああ! ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「僕たちの寿命は短い。でもね、リジット。やっと大切なものを取り戻したんだと思う。僕は、君や家族のために戦うなら死だって怖くない」
「わたしも今なら少しわかる気がする……怯えて逃げ込んでも、欲しいものはないんだって」
「俺たちには、帰る所がある。それを守るための戦いだったんだ。お前たち四人。家族を守る。それだけで良かったんだ」
「クロウ兄ちゃん……」
「そうね。そうだね……皆、ごめん」
「いいさ。誰だって一人になりたい時はあるだろ? 俺たちは思春期なんだからな。しょうがねぇよな」
「兄さん、茶化さないでよ」
「何それ」
「馬鹿みたい」
「あははははははは」
五人の涙が笑顔に変わる。
「笑った後は一仕事だね」
「ノーツ、何かあるのか?」
「前から思っていたんだ。ここを、ウロボロスタワーを破壊すべきだって」
「それって……」
「ここが無くなればわたしたちは——」
「二度と生き返ることはできない。でもね、ここがある限り僕たちの呪いは続く」
「そうだな。賛成だ」
「僕も」
「どかーん、ってやっちゃおう!」
リジットが涙を拭う。
「いいわ、やりましょう」
五人がタワーを眺めている。
光学スクリーンは解除され、反射する光がタワーを魔法の塔のように彩っている。内部からの破壊は容易だった。警備は厳重だが、死線を潜り抜けてきた五人に比べれば、子供と大人だ。ましてや内部を熟知した五人が自分たちの命に関わる施設を破壊するなど、誰も想定出来ないことだった。
ギギギ……グゴゴォオオオオ。
巨獣の断末魔のような不気味な音をたてながら、タワーが崩れ落ちる。
「さようなら、僕」
「さようなら、俺」
「さようなら、わたし」
「さようなら、僕」
「さようなら、わたし」
不思議な気持ちが五人を包む。安堵と後悔、寂寥と充実。魂を持たぬ自分たちへの憐憫。知らず知らずに頬を伝い、流れ出る涙を拭う。
「フォー、鋼鉄の騎士、デヴァさんとゾアさんは?」
「オーダーを完了し、帰還中です」
「無事なんだね?」
「はい。弾薬をかなり損耗し、アーセナルも傷ついていますが無事です」
「良かった」
ウロボロスタワーから脱出の際に持ち出したランドクルーザーに五人が乗り込む。
「じゃあ僕たちも帰還しよう。フォー、帰還シーケンスを……いや、帰還を皆に報告してくれ」
「了解しました」
「さあ、帰ろう」
「うん!」
「ジャック、運転は任せていいよな」
「何言ってるの! アーセナルと違うんだから、何時間かかるか分からないのよ。こ・う・た・いで運転するのよ」
「へいへい」
「次は僕が運転するよ」
「クロウお兄ちゃんはダメだね。お兄ちゃん失格」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「あはははははは」
車を発進させる。開けた窓から流れ込む風が肌に触れる。気持ちいい。僕たちは今、生きている。
* * *
[ブラックロータス2:解放旅団同盟第二小隊]
「痛ちちち、まだひりひりするぜ」
「悪かったわ。でも一緒に戦う仲間の実力、思い出せたでしょ」
「悪かったな」
「素直でよろしい」
■ ■ ■
「おいおい、こんな奴らと一緒かよ」
鈍い音と同時に、レッドドッグが吹き飛ぶ。
「この野郎! 何しやがる!」
「忘れているようだから、思い出させてあげる」
「女だからって容赦しねぇぞ!」
レッドドッグの右フックを躱し、ドレイクが右ボディブローを叩き込む。頭が下がった所に、そのまま右肘を顎へ叩き込む。
「うごっ!」
「まだやる?」
「はっははは! いいぞ、楽しくなってきたぜ!」
「そこまでです」
ネームレスが間に割って入る。
「ネームレス、邪魔すんじゃねぇ!」
「レッドドッグが失礼な事を言って申し訳ない」
「そうね。でも思い出せたんじゃない? バレットワークスに弱兵はいない」
ビショップ、アーティストが視線を交わし、アーセナルの整備に戻る。ドレイク軍曹のことだ。問題無い。
「……まあな。俺のパンチを躱すなんてまぐれでも大したもんだ」
「一緒に戦う仲間として不足はある?」
「いや、ねぇよ」
「じゃ、後で戦場で会いましょう」
「ああ」
■ ■ ■
「痛ちちち、まだひりひりするぜ」
「悪かったわ。でも一緒に戦う仲間の実力、思い出せたでしょ」
「悪かったな」
「素直でよろしい」
ドレイクの言葉にネームレスとビショップが苦笑する。
ビショップへネームレスの個人回線が開く。
「心配していましたが、いやはや大したものだ。レッドをもう従えている」
「軍曹は教員免許も持っているからな。犬の躾もお手のものさ」
「犬の躾に教員免許は関係ありますか?」
「正確に言えば、無い」
「はははは。あなたでも冗談を言うのですね」
「よく誤解されるが、これでもユーモアはあるほうでね」
ビショップを隊長として編成された第二小隊。ビショップ、ネームレス、ドレイク、レッドドッグ、アーティスト。異色の部隊だが戦闘タイプの三人と電子戦闘、攪乱戦を得意とする二人。どんな場合にも対応出来る部隊編成だ。
そしてイモータルたち。
巨大な地上タイプが八機に複数の小型機、中型機が配備された。相手はあのリーパーとクロンダイク。準備をしすぎても足りるという事は無い。情報を渡してくれたのだ。二人がそのまま味方として寝返ってくれる可能性はある。だが、常に不測の事態は起こり得る。
「「目標を捕捉。各機のデータリンク開始」
「見えて来たぜ!」
「ネームレス、いけるんだな?」
「説得するにしても殺すにしても、私が適任なのはお分かりでしょう」
「戦闘なぁんて起きないぜぇ。兄貴が俺を攻撃するわけがねえ」
「それで済むならそれにこした事は無いわ。レッド、油断すんじゃないよ」
「わぁかってるって!」
「ノッてきたぜ、Crazy!」
アーティストが頭一つ先行する。五機の前方にそびえるのは黒い塔。ブラックロータス。そして無数の敵。
「回避しろ!」
ネームレスが叫ぶと同時に回避する。瞬間、声に反応したレッドドッグ、ビショップが回避行動に追随する。攻撃表示はまだ無い。だが、遠方の不穏な輝きをネームレスは見逃さなかった。
ドン! と異常なまでの音が空気を震わせる。
「馬鹿!!!!!」
行動が遅れたアーティストを庇うように、ドレイクがその前に身を投げ出す。
「あたしもヤキが回ったね……あとは……お前たち——」
正面から質量弾を受けたアーセナル“アナコンダ”が爆散する。
「軍曹!?」
「あんな距離から!?」
「“ストライクフィスト”! 団長のアーセナルだ!」
「うわぁあああああああ!」
「落ち着け! 残念だが軍曹は死んだ。相手をよく見るんだ」
HDIに拡大された映像。識別信号ストライクフィストが手に持つ巨大な大砲にはブラックロータスから伸びる太い無数のチューブが接続されている。
それを銃と言うには、あまりにも大きすぎた。
アーセナルの五倍はある砲身。
それは正に、戦艦クラスの主砲だった。
「来ます!」
全員が回避行動を取る。だが火線は地上の大型イモータルを貫き、一撃で動かぬ鉄塊と化す。
「何なんだ、あれは」
「あんなサイズと威力は見た事も無いが、電磁砲だ。データが示す物はそれしか無い」
「兄貴、兄貴ぃ! 応答してくれぇ!」
「レッドドッグ、落ち着け! すでに団長の射程距離です!」
「レッドにネームレスか。想定内の展開だ」
「兄貴ぃ!!」
「リーパー、そいつらは任せる。タワーの調整で手が離せん」
「ネームレス、撤退しろ。すでにお前たちをロックオンしている。命をここで捨てることは無い」
「団長。私たちが殺し合う必要は無いはずです」
「それがそうもいかなくてな。このタワーと俺たちの生命は同期されている。お前たちが撤退しないなら、戦うしか無い」
「何でそんな事に……」
「いきさつはどうあれ、そういう事だ!」
ドン! 放たれた質量弾が大型イモータルをまた一機、鉄屑と化す。
「ビショップ、どうしますか?」
「イモータルたちは私とアーティストが止める。リーパーは任せてもいいな?」
「どうやって?」
「信じるのか、信じないのか?」
「……あなたを信じます。バレットワークスのあなたを。レッド?」
「……あ、兄貴」
「できますか? できないのなら撤退しなさい!」
「俺を……俺をぉナメるんじゃねええ! やぁってやる、やぁってやるとも!」
「イモータル、先行してくれ。犠牲にして済まないが、時間が欲しい」
「ドレクライノ時間ヲ稼ゲバイイノデスカ?」
「アーティスト?」
「中尉、五分だ。五分欲しい」
「三分だ」
「くそっ!」
「出来ル限リ長ク時間ヲ稼ギマス」
「済まない」
イモータルたちが地上と空中から前進を開始する。火線が飛び交い、地上からは土煙が上がり、空中では無数のイモータルたちが交戦し火を噴きながら墜落していく。
「ネームレス、レッドドッグ、リーパーの持つ武器だがあれはチャージ時間が伸びて来ている。初撃から二発目までは四〇秒。三発目は一分三〇秒。砲身にかかる負荷が大きいに違いない」
「次の発射で飛び込む」
「派手にやってやるぜ!」
「アーティスト、後ろにつけ」
「了解」
イモータルたちの戦闘空域へビショップのアーセナル“フィアンケット”が飛び込む。その後を”バーンビート”が続く。
戦闘空域を音楽が鳴り響く。
「オレ様とDownとしゃれこもうぜ」
ドン! 空気を震わせながら、ビショップとアーティストへ質量弾が襲い掛かるが左右に回避する。音楽は止まらない。
「行くぞ! 迷うなよ」
「うぜぇんだよ!」
イモータルたちと交戦しながら、リーパーへと向かっていく。周囲からの猛攻もこの二人には当たらない。ネームレスの動きはまるで周囲全てを見ているかのように先に機体が動き、攻撃を躱し、反撃している。アーセナル“ディープシャドウ”が敵のイモータルを盾にし、敵方向へ投げつけ、一定の距離へ近づく敵を全て撃破している。レッドドッグの動きは似ているが、まったく別ものだ。レッドドッグだからこそ出来る芸当。近づいて来る攻撃をぎりぎりの所で躱す。反応反射、見た物、感じた物へ瞬間に対応し、身体が動く。アーセナル“デッドハンド”がくるくると駒のように、空中を縦に横に回転し、敵は触れることすら出来ない。
「弱えぇんだよ!」
「ここは押しの一手!」
「アーティスト、準備は?」
「あとちょっと……Hit! 中尉!」
「同調する」
バーンビートが鳴らす爆音のBGMをフィアンケットの電子装備が同調、データを追加する。敵イモータルたちが一機、また一機と急に命を失ったように崩れ落ちていく。
「何が起きている!?」
目の前のイモータルたちが地上へと落下していく。リーパーの戦闘経験にもこの状況は無い。
「リーパー、やられた。そいつの音楽。いや波長だ!」
「どういう事だ!」
特技兵。彼の流す音楽。音だ。音は振動する波であり、ぶつかった物体を震わせる。音楽なのは一つずつの音を試すのではなく、多くの振動固有数を短時間で知るための手段。音楽を反射した相手の装甲と同じ振動固有数を割り出し、振動そのものをデータの頒布手段として使用する。通信では無く同調された振動を利用したデータをアーセナルとイモータルは触れる面から強制的に受け取るしか無い。膨大なデータは処理を遅延させ、アーセナルとイモータルの機能を麻痺させる。永久には無理だ。だが、必要な時間は稼げる。
「この結果は気に入ったかな?」
「ぬぅううう!」
震えるストライクフィストの指が引き金を引く。負荷に耐えきれず電磁砲が暴発、爆発する。
「まったく……俺としたことが」
リーパーが地上へと墜落する。
「レッド、ブラックロータスを破壊しろ! 私は団長を!」
リーパーを追い地上に降り立つ。地上への激突と爆発で受けたダメージで機体は既に動くことは出来ない。アーセナルへと近づき、緊急手動装置でハッチを開く。
「よお」
「酷いですね」
「まあな」
片腕と脚が折れ、あらぬ方向へと向いている。
「他に方法は無いのですか?」
「無いな」
ネームレスが天を仰ぐ。投獄された自分を救ってくれた恩人を殺さなければならない。酒を酌み交わし、戯れに踊り、時には殴り合い、いつの間にか分かちがたい絆が出来ていた。七人とも口に出しこそしなかったが、お互いの存在に救われていた。仲間であり、友人だった。
「クロンダイクからのメッセージは届いているのか?」
「ええ。レッドが忘れていましたけどね、何とか無事に」
「ははははは」
「ふふふふ」
笑いが込み上げる。かけがえの無い時間が終わろうとしている。
「一つ頼みを聞いてもらえないか?」
「何でしょう?」
「息子のことだ。頼めるか?」
「友の頼みを断るとでも?」
「ありがとう」
「さらばです」
風が全ての音をかき消し、運び去る。遠く、遠くへと。
「誰だって最後の日は来る。私にもお前にも」
ブラックロータスの屋上に立つクロンダイク。たった二人きりの肉親。この世界で唯一自分を認めてくれた兄。
「お兄ぃちゃん、もうやめてくれ! 俺は、戦いたくない!」
「このゲームは誰も降りることが出来ない。分かっているだろうに。馬鹿なことを」
「そうさ、おりゃぁ馬鹿だよ。だから、お兄ぃちゃんが必要なんだ!」
「レッド、独り立ちする時だ」
「ううぅぅぅ、うわぁあああ」
「泣くな。私の自慢の弟だろ?」
「自慢の……弟」
「そうだ。ずっとそうだった」
「ううぅぅぅ」
「全兵装に弾薬を装填しろ。ブラックロータスの増幅器を狙え」
「お兄ちゃん……」
「このゲーム、最後に勝つのはお前だ。それは私の勝利でもある。マスターは私だ! このゲームは誰にも渡さない!」
「兄貴、俺は、俺はぁ!!」
「撃て」
ブラックロータスに向けて全弾が発射される。外壁を破り増幅器へ到達した弾薬が膨大なエネルギーを解き放つ。ブラックロータスの上部が爆発音とともに消し飛ぶ。
レッドドッグが最後に見た兄の姿は笑って手を振る姿だった。
残戦力を無力化した荒野に四人は佇んでいた。硝煙の匂いと立ち上る煙。見慣れた光景に、嗅ぎなれた臭い。けれど何もかもが空虚だった。大切な人たちはもういない。
「一人ぼっちになぁっちまった……」
レッドドッグが残骸を蹴とばす。蹴とばされた残骸が転がり、座ったネームレスの足元に転がる。
「私がいるでしょう」
「お前が?」
「ええ。私たちは友だちでしょう?」
「ダチか……そうだな」
「ええ」
少し離れた場所で座り込むアーティストへビショップが近づき、肩に手を置く。
「大丈夫か?」
「中尉、すいません俺のせいです……」
「もういい。やれることはやった」
「軍曹……俺なんかのせいで……」
アーティストの元を離れ、ネームレスの傍に立ち、親指でアーティストを指す。
「こっちはまだ帰れそうにない。先に帰還してくれてもいい」
同じ気持ちとは言えないが、ここをまだ離れがたいのは皆同じだった。いつまで居たところで変わりはしない。でも、離れられない。
「……いえ、出来ればもう少しここにいます」
「そうか」
ダン! 銃声に三人がビクリと体を震わせる。レッドドッグが空に向けて銃を撃っていた。ダン! ダン! 続けて二発。
「あばよ」
自分を見る三人にレッドドッグが顎を上げ、怒鳴りつける。
「軍曹も、兄貴も、団長もそんなお前らなんか見たくねーってよ! さあ帰るぞ。しゃきっとしろ!」
ネームレスが苦笑し、ビショップは頭を振りながらアーティストを見た。ゆっくりとだが、こちらに歩み寄って来る。
「帰りましょう。軍曹なら、そう言います」
「隊長失格だな」
「レッド、帰還しよう」
「へへへ! そうこなくちゃな。フォー!」
「帰還シーケンスを展開します」
「さあ、家に帰ろうぜ。兄貴、俺を見ていてくれ……」
* * *
[ブラックロータス3:解放旅団同盟第三小隊]
「ふうむ。壮観ですな」
「何を呑気なことを」
「死んだ方がいんじゃないカナ」
「壊れて潰れた方がいんじゃないかな」
「ふふ。ネメシスお嬢様らしい。さしずめ女王とかしずく家臣たちですな」
「悪魔にひれ伏す軍団の間違いだろう」
「地獄の女王だネ」
「奈落の姫だと思うな」
「皆さま、お口が過ぎますぞ」
天を覆う黒い蓮の花。ブラックロータスを背に巨大なアーセナル、いやアーセナルと言ってよい物なのだろうか。三〇〇mの巨大な蝶に身を包んだネメシス。その前には女王を守る三人の騎士、三機のアーセナルが並ぶ。
「あれ、わたしの!」
「あれは、わたしの!」
三機のアーセナルはネメシスが持ち出した“ジャッジメントブレイズ”“アーテル”“アルブス”。セイヴィアー、アビス、ヘブンの愛機が敵として目の前にいる。
「フォー、各機のデータリンクを開始しろ」
「各機のデータリンクを開始します」
セイヴィアー、アビス、ヘブン、ナイト、SHELLのみで編成された第三小隊。地上と空中に六機の輸送型イモータルたちがセイヴィアーに付き従う。
「この戦力で打ち破ることが出来るかどうか、か」
「いつに無く弱気ですな」
「自分で設計した物だからな。怖さは分かっているつもりだ」
「でも、わたしたちが相手ってことは考えて無かったよネ?」
「捻り潰して、殺っちゃおう!」
「ですが弱点も分かっていらっしゃるからこそ、このイモータルたちでは」
「貴方ガ設計シタアレハ我々ノヨウナ存在ニ弱イ」
「その通りだ。作戦領域に入る。各機、作戦通りに」
「セイヴィアー、やっぱり来たわね」
「グローバル回線です」
「決まっているだろう。お前を救いに来た」
個別回線で各機に指示を出す。ネメシスは初手で全力を出して来ることは無い。慢心では無い。常に自分の勝利を確信し、成し遂げてきたが故の習慣。これを利用する。
「逆でしょう? わたしがセイヴィアー、あなたを救ってあげるの。不甲斐ない当主様をね」
「かも知れん。だが——」
「いいわ、少しだけ遊んであげる。私を楽しませることね。そうすれば、少しは長く生きることが出来る。もちろん、考えがあるのでしょう?」
「その通りだ!」
六機のイモータルたちがセイヴィアーを中心に放射状に広がっていく。
「いざ、参る!」
セイヴィアーの駆るユピテル・ルーヴェ。
アーセナルの基本的な人型ではあるが肩横、膝横と背中に各二基ずつ接続されたリング状の装置が回転し、フェムトの雷を放っている。空中に放出されたエネルギーのせいで周囲ではスパーク現象が起き、その輝きが金色に塗装された機体に反射し、眩しいばかりだ。装備はアーセナルの身長の二倍はあろうかという大剣がアーセナルへと数本のチューブで繋がれている。そしてやはり見たことの無い装備が左腕に装備されている。胸の中央にはエングレービングとヴァランタイン家の紋章が刻印されている。
その左右に付き従う二機のシュランゲ。ファレノプシス・グスタフが蝶なら、こちらは蛇だ。
ハルワタート・シュランゲ。
銀色に塗装された機体。あらゆる部分にエングレービングが施された脚が無い蛇状。そして二本のガンアームと、接続された四本の補助腕。四本の補助腕のうち二本にはエネルギーシールドを構え、二本にはユピテルと同じ装置が接続されている。右肩にはSHELLの紋章では無く、ヴァランタイン家の紋章が刻印されている。
アムルタート・シュランゲ
同じく銀色に塗装されたた機体に絢爛華麗なエングレービング。そして二本のガンアーム、但しブレード装備だ。そして四本の補助腕のうち二本には物理シールドを構え、二本にはやはり同じ装置が接続されている。左肩にはヴァランタイン家の紋章が輝く。
「見ていない装備があるわね。面白じゃない! お前たち、力を見せてやりなさい!」
ジャッジメントブレイズ、アーテル、アルブスが前に出る。
「速い!」
体を捨て、イモータルと融合したのと同じ技術を使ったのだろう。中に人がいては出来ない速度、動きで三機が迫る。
「坊ちゃま、三倍の速度を計測。それに我々とは違うエネルギー波を検知しております。ブラックロータスからあれらに供給されていると思われます」
「それで、私にアドバイスは?」
「叩きのめしてやりなさい」
「ははは。それでこそ、我が執事よ!」
「ゾクゾクする。あははは!」
「さーて、片っ端から壊していくよー!」
ナイトのスナイパーライフル“バニッシュメント”が火を吹く。神速のリロードで三発の銃弾がジャッジメントブレイズに放たれる。だが、回避を予測しての三発は旋回挙動と同時に行われた急制動により、躱される。
「ナイト、あなたの技も肩無しね」
「お嬢様、いけませんな。オードブルの役割は後に続く料理に期待が膨らむよう、食事の雰囲気を盛り上げること。メインディッシュをいきなり出すような無作法、お教えしてはおりませんぞ」
「何を……!」
ジャッジメントブレイズが躱した位置、予測したかのように正確な位置に巨大なエネルギーの刃が飛んでいる。バーニアとスラスターが細かく連続で噴射され、ぎりぎりの差で躱す。しかし、片足の踝から下が切り離されている。躱しきることは出来なかったのだ。
「ほお。あれを避けるか」
リング状の装置からのエネルギーがユピテルの持つ大剣に流れ込んでいる。剣を振るだけで発生する飛ぶ斬撃。バスターブレード。
イモータルに操られる三機が集まり、アイセンサーが赤光を帯びる。
「む」
「あれ」
「へー」
「さらに加速するとは、驚きですな」
「何、こちらにも用意はある。Start zum Blitz!」
リング状の装置が回転を増し、白熱した光が緑へと変わる。そこから放たれる稲光が二機のシュランゲの装置へと繋がった。
異常な速度で迫る三機の前に緑の閃光を曳く三機が同じく異常な速度で顔を合わせる。アイセンサー同士がぶつかる程の距離で、不気味な光がお互いを照らす。
アルブスが左右に装備した双剣を振るう。いや、振るおうとした。しかし、アムルタートの両腕の剣が閃く。いや、こちらは開いた! 五本の爪、両腕で十本の爪と化した刃が双剣を受け止め、閉じる。アムルタートの両腕が切り裂かれ、腕が無い状態となり、両腕から潤滑液が迸る。
「わーい! いっぱい壊せたー!」
無邪気に笑うヘブンの瞳が不気味に煌めく。
「せーの!」
そのまま逃げようとするアルブスを爪で掴み、両腕のシールドで機体を圧迫する。爪が機体へと切り込み、左右から圧迫された機体が遂に爆散する。
「あららー、マジマジ? あ! わたしのだった!」
アーテルがハルワタートへ超至近距離からガンアームを全開放で攻撃を開始する。この距離にも関わらず、ハルワタートのエネルギーシールドを突き破れない。リロード。
「もっと本気出して。じゃないと……」
エネルギーシールドを左右に開き、ガンアームを前に出す。銃口部分が前に伸びながら変形し、銃弾を装填、次々に銃口へと送り出されていく。
ブーーーーン。
飛び出した薬莢が、地上へと雨のように降り注ぐ。機体が一発、一発と喰らう度に削り取られていく。後退しようとするアーテルの脚を鋼の尾が捉える。
「逃げられないヨ」
巨大な蛇に絡みつかれた獲物のように身動きが出来ないまま、削り取られ、小さくなっていく。そして爆発。
「帰ってヘブンと遊べるな」
「その暴れっぷり、なかなかよろしい」
ナイトの顔に笑みがこぼれる。
ジャッジメントブレイズのノーブルプライドが、下段から切り上げられる。同時に、ユピテルの左腕の装置へとリングからエネルギーが流れ込み、エネルギーブレードへと姿を変える。ノーブルプライドを受け止めたかのように見えたそれは、そのまま剣を切断し、返す刀で胴体を両断する。
「戦場で死した者は戦場へ還る」
「嫌だけど、少し本気になってきたわ」
「さて、皆さまお嬢様が来られます。戦場に赴く準備は出来ましたかな」
「もちろんだ。相手にとって不足は無い」
「あーあ、嫌だなあ。面倒だヨ」
「しょうがない。殺しちゃえ」
ユピテルから放たれる雷を受けながら、高速で三機が移動する。それを受けてファレノプシス・グスタフが動く。その巨大な姿からは想像できないほどの速度。コンテナの側面に装備された数十基のブリッツが放たれる。それらは独自の軌道を描きながら三機へと迫る。放たれる無数のレーザーと三機の描く曳光が空を彩る。
「いただけないアミューズですな」
ナイトの狙撃により一基、また一基とブリッツが確実に落とされていく。ファレノプシス・グスタフからコンテナが二基分離する。本体の斜め前方の位置で止まる。
「来るぞ!」
火線の中を駆け巡り、回避していた三機が一か所に集まる。二機のシュランゲが盾で防御態勢を取る。リングから放たれる雷がユピテルの左腕へ集まり、巨大な球形の盾を形作り、三機全体をカバーする。直後、コンテナから発射された数百のミサイルとブリッツが放つレーザーが三機へと襲い掛かる。爆発と衝撃が、展開した盾があるにも関わらず内部にまで伝わってくる。
「ぬううう」
「姉さまには百倍返し確定」
「あははは。死んじゃうかも」
ファレノプシス・グスタフのレールガン四門が三機へと狙いをつける。
「塵は塵に。灰は灰に。さようなら」
放たれた四つの質量弾が三機へと迫る。ハルワタートのエネルギーシールドが前方に向けられる。
「展開!」
エネルギーシールドが幾重にも重なり、層を成していく。到達した質量弾が一枚ずつ粉砕していくと同時に加速エネルギーを失っていく。三機の手前で速度を失った弾が地上へと落下し、ミサイルを射出し続けるコンテナが面を変え、リロードを開始する。
「しくじった? この私が?」
「イモータル、展開しろ!」
「了解。展開シマス」
空中と地上に待機していた輸送型イモータルの背中が開き、無数の極小のイモータルたちが雲霞のごとく空へと広がっていく。
「これは!?」
「ファレノプシス・グスタフは拠点制圧用だ。対兵器としての備えは万全。だが、機械部分と融合し自身の拡張のみを目的とした極小の存在には、少々心もとないところがある」
「けれど、集団知性を持たない存在はここにいる全員に襲い掛かる」
「こちらにはアビスとヘブンがいる」
「!」
「ヘブン!」
「アビス!」
お互いを呼ぶ双子の目が真紅に輝き、機体から真っ赤な燐光が放たれる。イモータルたちが一斉にコンテナとファレノプシス・グスタフへと襲い掛かる。
「恐怖と破壊衝動に満たされた存在だ。彼らを阻むため電磁装甲に施した防御機構もこの数には長くは保たん」
「けれど、それでは——」
「分かっている。だが二人が望んだことだ」
アビスとヘブンの目、鼻、耳、全てから血が流れ出る。黒い血。
「姉上。二人は永遠の命なぞ望んではいない」
「駄目よ! 許さない! わたしたちは永遠に生きる! ああ、何故!? 小さい頃は何だって私の言うことを聞いてくれたのに。あの可愛かったセィヴィアーはどこへ行ってしまったの!」
徐々にイモータルに喰い荒らされていくファレノプシス・グスタフ。だが、その機能が死んだわけでは無い。複数のガンアームを振りかざし、セイヴィアーへと肉薄する。射出が続くブリッツを切り払い、バスターブレードがファレノプシス・グスタフの刃を弾き返す。だが撃ち合われる剣は加速しにさらに激しさを増していく。複数の刃を捌くセイヴィアーを徐々にネメシスの剣先が捉え始める。
「ぐうっ! 受けきれん!」
「うふふ、痛いのね? 苦しいのね? もっと苦しそうな声を聞かせてちょうだい」
「流石はネメシスお嬢様。ですが坊ちゃまの剣にもためらいが感じられます」
「私が手を抜いているというのか? そんなことはない!」
「手加減してくれているの? 自分が死にそうなのに? 優しいのね、セイヴィアー」
「そうです、坊ちゃまはお優しい。無意識の内に、本気を出せないのでしょうな。ですが坊ちゃま、時合を見誤りなさらぬよう。命を駆けてあなたを勝利に導かんとするお嬢様たちのことをお考えください」
「そんなことはわかっている!」
「お嬢様、覚悟なさいませ!」
ナイトの機体“ガーディアン”が真正面からファレノプシス・グスタフへと突っ込む。
「正面から突撃? なめられたものね!」
両脇に備えられたアームがガーディアンを掴む。
「ナイト!」
「老いたわね、爺や。私が手加減するとでも思ったの?」
レールガンがガーディアンへと向けられる。
「これで目をお覚ましくださいますかな? お嬢様はすでに覚悟を決めております」
レールガンから放たれた質量弾がガーディアンを粉砕する。
「爺!」
「じいじ!」
「……ネメシス……ナイトに手を掛けるとは貴様……お前はもう私の知っているネメシスではないのだな」
「私は少しも変わっていないわ。変わったのはセイヴィアー、あなたでしょうに」
「確かに私は変わった。ヴァランタイン家などどうでもいい。世界の主導者になる気もない」
「よくも言えたものだわ。あなたがヴァランタイン家の当主であるために、どれだけの人がどれだけの犠牲を払ったか、わかっているの?」
「分かっているとも。だからこそ、私の代で終わりにしなければ。世界から戦いを無くし、誰もが生きる権利を行使できる、平穏に暮らせる世の中にしたい。それが今の私が掲げる正義だ!」
「本当に変わってしまったのね。でも、そんなことは許さないわ。自分を誰だと思っているの? あなたはヴァランタイン家の当主なの!」
「いいや、私はただの傭兵だ。私が掲げる正義は、私が決める」
「すぐにそんなことを言っていられないようにしてあげる!! そうだわ。私があなたを産み直してあげる。新しい世界で、新しいあなたと世界を導く。いい考えだと思わなくて?」
「……ネメシス」
「そうしたら古いセイヴィアーは、一本ずつ順番に手足をもいで花瓶に飾りましょう。心配しなくてもいいのよ、毎日抱きしめてあげるわ。うふふ、あはははは、あはははははははは!!」
「ネメシス!」
セイヴィアーの剣がネメシスの剣を切り落とす。イモータルによって徐々に機能低下を始めたファレノプシス・グスタフではセイヴィアーの剣速に追いつけ無い。
「覚悟!」
リングから放たれる雷が剣へと集まり、長大なエネルギーの剣と化した光が天へと伸びる。だが、その瞬間を狙っていたのだろう。死角から伸びたアームがユピテルを掴む。
「世界は怒りと苦しみに満ちているわ。月が落ちて何もかも滅べばいいのよ。あなたの墓は新しい世界の一番見晴らしのいい場所に建ててあげる」
「そうではない。世界は美しい。優しい風が吹く丘で、夕暮れを眺めて微笑んだこともあっただろう」
「そんなもの覚えていないわ」
「ヴァランタイン家の過ちは、私の過ちだ。家族の過ちは私が正す」
「あなたには出来ない。さあ、恐れなさい。私を。約束された勝利を果たす者を。レジーナ・ガートルード・ヴァランタインを!」
「我が名はセイヴィアー・ローラン・ルイス・ヴァランタイン。これより愛を以て救済を執行する! いざ!!」
ユピテルの剣、セイヴィアーの剣が向けられたレールガンごと、ファレノプシス・グスタフを両断する。
両断された機体が地上へと落下を開始する。イモータルの群れがそれを追う。
「すまないネメシス……」
「セイ……ヴィアー。あなたは……忘れられない……家族を殺したことを……愛して……いるわ……」
地上への激突で暴走したフェムトジェネレーターが爆発し、ブラックロータスを飲み込んでいく。巨大な爆発は何もかもを変えていく。塵は塵に。灰は灰に。
「アビス? ヘブン?」
「兄さま、大丈夫?」
「兄さま、泣いてるの?」
「ああ、ああ。お前たちが生きてくれていた。だから泣いているんだよ」
「エヘヘヘヘ。変な兄さま」
「あはははは。嬉しいかも」
「二人が生きててくれた。これほどに嬉しいことは無い」
「嬉しいはいいことだヨ」
「いいことだ」
「帰還シーケンスを展開しますか?」
「少し待て」
アスタースペース前の装甲を開き、セイヴィアーが体を外へ乗り出す。
「ナイト、すまない。お前の教え、終生忘れることは無い。我が魂に誓う」
髪を一束切り、空へと放つ。髪は舞いながら地上へと、ナイトとネメシスが散った大地へ落ちていく。
「姉上、しばしの別れだ。いずれ奈落で会おう」
剣を大地へと放つ。突き立つ巨大な剣は戦いに殉じた二人の墓標に相応しい。
「アビス、ヘブン。帰るぞ、我が家へ」
「今日はキャンディーをいっぱい食べてもいいよね?」
「イチゴ味! いーっぱいイチゴ味!」
「いいとも、今日は特別だ」
「うん!」
「やったー!」
「フォー、帰還する
」
「イエス、マイロード。帰還シーケンスを展開します」
[中央都市地下:解放旅団同盟第四小隊]
「各機、データリンクを開始する。フォー」
「各機のデータリンクを開始します」
「各機、油断するな。イモータルの情報ではこの先は元の設計と変わってしまっているはずだ」
「変容した物質とイモータルがどうなっているかは彼らにさえ分からない。だが、最も変容が進んだ中枢部、そこにドミネーターはあるはずよ」
「その通りだ」
「グリーフはここにいるのでしょうか? でもそうなら奴らはドミネーターをどう制御しているのでしょうか?」
「地上の施設には奴はいなかった。なら、ドミネーターがあるこの場所にいるはずだ。どう制御しているかは奴に聞く他無い」
「ジョニー、ドミネーターがどんな物か分かっているのか?」
「いえ、伍長は?」
「知らん。だから考えても仕方ない」
「そりゃあ、そうっすね」
「セイリオス、調子はどうだ?」
「大丈夫です」
義手と義足はアーセナル接続用に埋め込まれた神経接続端子と接続し、以前よりも速い反応が可能だ。
クリムゾンを隊長として編成された第四小隊。エンプレス、ディアブロ、ファルコン、ジョニーG、セイリオス。バレットワークスの中でも、解放旅団の中でも屈指の実力を誇る二人が先頭を行く。後続の四機の後ろをアーセナルタイプのイモータル十二機が付き従う。
「これは……」
地下通路が見たことも無い物質へと変化していく。壁その物から放たれる光が人間の鼓動と同じように規則正しく、脈打つ度に様々な色を描き、同じ色が現われることが無い。それは次第に滑らかな面から、それぞれが独立した輝く立方体の集合体へと変わっていく。
「何だ……」
「変容とは、これ?」
「こんなの、見たことがありません」
「……」
見たことは無い。だが知っている。夢の中で見た光だ。
「少佐、死の匂いだ……」
「敵の反応は無い——!」
クリムゾンの機体“緋燕”、ディアブロの機体“シャドウファング”が太刀を閃かす。壁と同じ輝く装甲をまとったイモータルが輝く液体を流しながら崩れ落ちる。レーダーに反応は無い。だが、周囲の壁、床、天井、いたる所から無数のイモータルが出現する。
「ステルスか!?」
「違います! こいつら反応がまったくありません!」
「そのものが違うのよ! あたしたちの知っている技術や何かじゃ無い! 全く別の物よ!」
「くそっ! 嫌な匂いがしてきた……」
「やるしか無い!」
三六〇度、全ての空間から襲い掛かる敵を円陣を組む形で撃破していく。ファルコンの機体“グラントーテム”の重火器攻撃で空けた穴をクリムゾンとディアブロがさらに広げていく。
「進め!」
セイリオスを先頭にジョニー、エンプレスが先行する。
「ジョニー、左を頼む!」
「右はあたしが」
正面の敵をアマツミが文字通り切り開き、クラミツハ、アメノハバヤが電磁加速砲で左右の敵を焼き払う。
「クリア!」
空いた空間にクリムゾン、ディアブロ、ファルコンが飛び込み、次の敵を葬る。後続のイモータルたちが後ろから来る増援を断っている。
「クリア!」
「きりが無い!」
「何だ……セイリオス、こっちが見えるか?」
「どうした?」
「センサーでは異常は無い。でも、アーセナルの調子がおかしい」
「何!?」
「いいから見てくれ!」
「これは……」
ジョニーの機体だけでは無い、全ての機体の装甲が壁や敵と同じ光を帯び始めていた。この世界の現象では無い変容を計測機器が認識出来ないのだ。進めば進むほどに機体が変わっていく、確実に。止める術は無い。
「少佐! 全機体が変化し始めています!」
「やはりか……私の動きに機体がついてこられなくなってきている……各自、報告しろ。機体への影響は?」
「左手の反応速度が鈍いが、それ以外は問題無い」
「装甲の劣化が始まっています。他は問題無いと思われます」
「武器へのエネルギー供給と戻り値が違いすぎる。何とか調整してるけどこの状態が続けば武器か機体が損傷するわ」
「こちらもエネルギーが過剰増加してかなり不安定です」
「この機体、変化した部分を取り込んでいるようです……」
怖れ。これまでの戦いで感じた怖れとは違う。この機体が、自分がどうなってしまうのか分からない。自分も他の被験者のように喰われ、壊れてしまうのだろうか……。
「時間との勝負か……少尉」
「何だ?」
「任せられるな? 戦いとは己を知り、敵を知ることだ。判断を見誤るなよ」
「少佐……何を?」
「ぬううううっ!」
緋燕が残像を残し加速する。ミラージュでは無い。あり得ない速度と反応で囲む敵を撃破し、先へ先へと進んでいく。
「少佐! すげー!」
「違う。あれは最後の火だ……」
「少尉、それはどういう……」
「続け!」
ディアブロの号令一下、全機がクリムゾンの後を追う。最早、敵のいない無人の野だ。
「抜けた!」
敵で溢れた通路を抜け、広大な空間へと到達する。
「はぁ……はぁ……ごぼっ!」
「少佐!」
「全員、良く……聞いてくれ。私は……ここまで、だ」
「少佐!?」
「時間切れだ……私の力は己の肉体を……細胞を、全ての生命と引き換えに、力を振るうことが出来る……劣化したこの体は……最後の力を残すのみだった……」
「クリムゾン! こんな終わり方があるかよ! オレはまだ、あんたに勝ってない!」
「……私はあの日から……お前の姉を……守れなかったあの日から……ごほっ、ずっと死を求めてきた。だがお前の傍にいる日々が……お前が強くなる様を見守ることを諦められなかった……」
「オレを……」
「すまなかった……」
「義兄さん!」
「私は、これで死ねる……他の誰でもない。お前の行く道のために死ねたんだ……そう悪い気分じゃない……」
「待ってくれ! まだ逝くな!」
「グリーフに……勝て。お前が正しいと信じる……強さを証明しろ。強い男になったな……」
センサーの光が消える。装備者を失った緋燕が力を無くし落下していく。
「ちくしょう!! なんで、なんでだよ……オレはあんたがいたから強く……強くなりたかったんだ……こんな戦いがあるから、姉さんも、義兄さんも……オレがもう少し、もう少し強ければ……」
「少尉……終わらせましょう。こんな戦い」
「ジョニー」
「少佐だけじゃない、クイーン、プリンセス——」
「ボーン・ボックス伍長、ペインキラー中尉、犠牲になった皆のために」
「……各機、まだ行けるな?」
「行けます!」
「もちろん」
「誰に言ってるつもり?」
「もちろんです」
「前進する」
ディアブロに各機が続く。変容した世界を構成する立方体は大きさを様々に変え、重力に逆らい空中に浮かぶ立方体は、意思を持っているかのように移動し、新たな形を作り上げる。同じような風景が続き、進んでいるのかどうかすら分からなくなる。だが、中枢へ近づいている。深度数値が深くなっていく度に、機体の変化が進んでいく。
「嵐が来る。とても強い!」
「アーセナルの反応を二機、捕捉しました。捕捉目標から強力なフェムト反応を検出。エネルギー反応が通常のアーセナルのスペックを遥かに超えています」
「ここまで到達したか……しかし残念だったな、私が相手だ。この先に進むことは出来ん」
「すでに時は過ぎた。後は終わりの無い螺旋に身を委ねるだけ。あの人の邪魔は誰にもさせません」
テラーズの両翼。リグレットそしてグルーミー。二人のアーセナル“アダナクラシー"“エレオス"その装甲はここまで進んで来た五人のアーセナルと同じように光を放っている。ただ違うのは、浸食されているのでは無い。同じ技術で作られ適応しているのだ。
「糞女、あんたに借りは返す」
「あなたと話をする日が来るなんてね」
「良かったよ。生きててくれて」
「そうね。いいわ。あなたたちはもう何処にも逃げられない」
「ああ、そうかい!」
クラミツハの羽、フレイムがリグレットへと襲い掛かる。
「始めやがった!」
「ジョニー、エンプレスを援護しろ! ファルコンはオレとあいつだ」
「少尉?」
「セイリオス、お前は待機だ。やることがある」
「超えられぬ者どもが我らと剣を交えようというのか? 面白い。蹴散らすのみ!」
■ ■ ■
[オーヴァル共同体:拠点内]
「あなた次第では、プロフェッサーの考えを変えられるかも知れないのですぞ」
「グルーミー、あなたはどちらの味方なんですか? この計画には、あなたも賛成したはずでしょう?」
グリーフ、そしてリーパーたちが去った会議室。二人きりとなったこの部屋はとても広く感じる。階段状に設置された席はある郷愁を二人に思い起こさせる。かつてグリーフとリグレット、そしてグルーミーが教師と生徒として研究に勤しんだ教室。あの日々を。
「紡がれる未来が正しいのか確認したいだけだ。もしプロフェッサーの言葉が正しいのならば——」
「それこそ言葉遊びに過ぎません。彼の言葉を疑うのですか?」
「疑いはしない。けれど、私は自分自身のためにここに来た。あなたと、プロフェッサーの未来を守るために。あなたこそ気づいているのでは? 自分の感情に」
「感情? それに何を見出すというの。そうでしょう? 未来は決定されているのだから」
「その未来は時に違う顔を見せる。知っているでしょうに。それに、本当にそれだけですか? それであれば、今あなたがここにいる必要は無いはずだ。もちろん私も」
「黙りなさい! 迷いを抱えたままでは、あの人の邪魔になる」
「あなたこそ、迷いを抱えているのでは? プロフェッサーは感情を捨てろなどとは言っておらん」
「だから! こうしなければ先に進めないのです。未来を変えるために! あの人に生きていて欲しいから! 私のために!」
「ようやくあなたの本心が聞けた。あなたは変わっていない。なら私は喜んで剣として盾として死んでいける」
「グルーミー」
「もちろん、出来れば死なずに二人が結ばれることを願っておりますがな。ふふ、はっはっは」
「あなたはいつまでも変わらないでいてくれるのね」
「先生が良かったのですよ。二人の生徒ですから」
■ ■ ■
「させるか!」
「圧されているだと!?」
グルーミー放った必殺の剣をディアブロの太刀が受け流し、返す刃で放たれた突きが装甲を貫く。アウタースペースへ到達しようかという勢いを後退することで最小の被害に留めたのはさすがテラーズだ。
「ぐううっ! なぜ、なぜ、倒せぬのだ!」
「落ち着きなさい、グルーミー!」
「よそ見してんじゃないよ!」
フレイムの攻撃で動きに制限をかけながら、両手のマシンガンを放つ。
「いい加減、落ちなさい!」
アダナクラシーのスナイパーライフルがクラミツハを捉える。
「ふざけんなよ!」
ジョニーのアメノハバヤが三つの銃口から雨のように弾を振らせる。
「チッ!」
「行け! セイリオス!」
「少尉!?」
「オレたちが抑えている間に先へ進め!」
「オレたちの機体はこれ以上はもたん。だがお前の機体なら、アマツミなら!」
「しまった!」
「ここは通さないよ! セイリオス、ちゃんと帰って来なよ!」
「抜かれる!? ぬおおおお! どけ!」
「行かせるか! セイリオス行け! ここはオレたちの戦場だ!」
「はい!」
アマツミがアダナクラシーとエレオスの間を抜ける。見ている間にもバーニアの光が小さくなっていく。
「奴をぶっ倒して来い! 頼んだぜ、相棒!」
「ジョニー!」
「うわっ!」
アメノハバヤの胴体と片腕を繋ぐ関節部が撃ち抜かれる。動きを止めた瞬間。そして次の瞬間、脚の関節部が吹き飛ぶ。
「こっのぉおおお!」
リロードの間に武器を持ち替えようとするアダナクラシーへクラミツハが一気に距離を詰める。
「遅い」
冷静に武器を持ち替え、クラミツハへ銃弾を浴びせる。だが、エンプレスが怯むことは無い。クラミツハがアダナクラシーを抱きとめる。
「これだけ近づけば、得意の狙撃も出来ないわね」
「何を!?」
「あんたはこの手で殺す」
アーセナルを捨て、リグレットの機体へと移ったエンプレスがアダナクラシーのアウタースペースを強制解放する。
パンッ!
銃声が鳴り響き、硝煙がエンプレスの背中から立ち昇る。エンプレスの動きが止まる。しかし次の瞬間、エンプレスがリグレットへと組みつく。
「うわあぁっ!」
バスッ! バスッ! 二発の銃声が連続で響く。ぐらりとリグレットへと倒れ伏すエンプレス。
「どうして……」
倒れているエンプレスが顔をリグレットの耳元へ近づけ、囁く。
「どうして心臓を撃たれたのに死なないかって?」
不思議そうにエンプレスを見るリグレットの口元からつうっと血が流れ落ちる。
「あんたが殺した妹たちからもらった心臓があたしを生かしたんだ。三人であんたを殺すって誓いを今果たす」
バスッ! バスッ! 体に押し付けられた拳銃から二発の弾丸が発射される。
「リグレット!」
ディアブロとファルコン、グルーミーの均衡が崩れる。アーセナルには装備者の動きがそのまま伝わる。それは裏を返せば、対峙する剣豪同士のように心の乱れすら再現される。その隙が命取りになるということだ。
「うかつだぞ!」
「むおっ!」
シャドウファングの太刀がエレオスを貫く。力をふり絞り太刀を掴むエレオスの腕を振りほどき、さらに太刀を押し込む。エレオスのセンサーから光が消え、四肢がだらりと垂れる。
「終わったな」
「少尉、セイリオス二等兵の後を追いますか?」
「いや、帰還する」
「セイリオスを一人で……」
「ジョニー、状況をよく見ろ。既に動ける機体はシャドウファングとグラントーテムの二機。来た道を辿ったとしても、敵がいないという保証は無い」
「……」
「生きて帰ること、それが兵士の務めだ。死ぬことでは無い。准将や少佐ならそう言うはずだ。違うか?」
「……はい、その通りです」
「ジョニー、エンプレス、我々の機体へ移ってくれ」
「少しは気を使ってくれる? こっちは死んでないだけで、簡単に動けるわけじゃないのよ」
「すまん」
ディアブロがエンプレスをアーセナルへと運び込み、応急処置を施す。そのまま緊急時の補助席へ固定する。その間にファルコンがジョニーを回収し終わっている。
「フォー、帰還を開始する」
「了解しました。帰還シーケンスを展開します」
「ルーキー、頼んだぞ」
「セイリオス……」
* * *
[中央都市地下:最深部]
「ここは……」
地下へ地下へと進んだその先、立方体で構成された空間に変わりは無い。ただ時折、まぶしい光点が輝き、その輝きに反応した光線が次々と速度を上げ、壁に空間に、全ての場所へ反応を伝達していく。そしてまた光が集まる。中央に巨大な柱が存在し、ここでは床と天井の区別がつく。
「中心部のようです」
「皆は?」
「帰還を開始しました。第一、第二、第三小隊も帰還中です」
「そうか」
おかしなものだ。これからグリーフと対峙しようという時に、自分のことよりも皆が生き延びていることを聞いて心が落ち着いていく。
「あれは……」
「来たか。待っていたぞ」
グリーフのアーセナル“クローステール”。その姿に緊張が蘇る。傭兵たちの中で唯一のEXランク、あらゆる任務において独自判断を許された存在。傭兵の頂点と一対一で相対することの恐怖。それ以上にもう一つ。
「目覚めてくれたようだな」
「あんたのことは分かる。俺では無い、俺。作られた記憶」
「総てを紡ぐ上で必要な存在としてお前を作った。私の遺伝構造を使ってな。DAEMON(デモン)。 私の意思を介さずともバックグラウンドで動く存在。そう、実に上手く事を運んでくれた。礼を言おう」
「あんたと俺がこうしている事か?」
「そうだ。記憶は消すことは出来ても与えることは難しい。断片的な短期記憶と潜在的な暗示。世界に存在する実験体の内の一人、それがお前だ」
「答えになっていない!」
「私の怖れゆえにお前を作ったのだ。人類の行く末を担うことを、人類が滅ぶ運命から救う責務を分け合う存在として」
「俺かあんたか、か」
「運命を織りなす糸の最後の一本。それが私だろうとお前だろうと何も変わらない。最後の選択肢は選ばねばならんのだ。だが、私は出来れば私として未来に残りたい。それがほんのささやかな、私のわがままだ。このわがままには付き合ってもらう。死んだ仲間への手向けだ」
「言われなくても、戦うさ。死んだ仲間がいるのはあんただけじゃない」
「そうだな」
「そうだ」
「さあ、どちらが未来へ残るのにふさわしいか、決める刻(とき)だ」
クローステールから放たれるミサイルを躱す。会話をしている間にロックオンを完了していたとは抜け目が無い。
「正しい未来を知っていれば、訪れるのが死であろうと恐れる必要はない。それすら約束された未来へ繋がる礎だ」
「そんなもん、知るかよ!」
グリーフの頭上を取る。死角からの攻撃。レーザーライフルを連射するが、アイススケートを滑るような華麗なステップでレーザーが躱される。
「いいぞ、実に気分がいい。お前が私に抗おうとするほどに、私は私の正しさを実感できる」
「俺はあんたが、嫌いだ!」
アマツミの放つレーザーライフルの火線の中を応射しながら近づいてくる。そんな芸当は初めて見る。次の瞬間、目の前から姿を消す。
「うおっ!」
気づいた瞬間、下へと移動し急旋回しながら持ち替えた太刀が迫っている。逆旋回で向きを変え、太刀を太刀で受け止める。アマツミでなければ出来なかっただろう。
「オーヴァルに集った誰もが生きる目的を持っている。家族を養うため、戦いを無くすため、温かい食事を得るため。その全てが間違いではないのだ。気付いているか? そのどれもが未来を指し示していることを」
「分かっている!」
撃ち合う剣を滑らせ、指を、手を狙う。その瞬間、グリーフは持つ太刀を離し、致命傷を避ける。
「チッ!」
「さすがは私だ」
「俺は俺だ!」
グリーフが落とした太刀を左手に拾い、二刀流で切りつける。躱しきれず、グリーフが持つ銃で太刀を受け止める。爆発する銃を手放し後退する。
「お前は未来に何を見ている? 何故ここに来たのだ? 私を殺すためか?」
追撃するアマツミの右太刀をクローステールが蹴り落とす。
「そんなこと、知るかよ! あんたは未来に何を求めているんだ!?」
蹴りによって得た反発力を使い、左の斬撃を放つ。クローステールの頭が吹き飛ぶ。
「人類が繰り返し絶滅する螺旋を抜け出すことだ。本来ならば、この太陽系が消滅するまでに到達するはずだった。この惑星で育まれた生命は外宇宙へ拡散し生き続けるはずだったのだ。知的生命が生まれる真の意味、役割だ」
「何故、それを今!」
続けて放つアマツミの右ストレートは掴み取られ、腕ごと引き千切られる。
「グリーフ!」
「起きるはずの無い事故でドミネーターはこの地へと落下した。生命を産み出し、見守る者。それを守り、我々の使命を達成するためには、全てを速めるしか無かった!」
クローステールの持つバズーカが至近距離で放たれる。同時に、右の脇腹からジェネレーターへとアマツミの太刀がクローステールを貫く。
「ぐうっ! これでは」
クローステールを着床させ脱出する。その直後、機体が爆発する。
近距離で被弾した機体は脇腹から下が千切れ、床へと激突する。
「脱出を! うわっ!」
アマツミの生存本能なのか、それともこの場所の影響なのか、神経接続端子と接続された義手と義足の半ばまで幾本ものケーブルが喰いこんでいる。
「強制解除を……」
手動による強制解除を操作する。アウタースペースが開き、強制的に射出される。ブチブチと嫌な音を放ちながらケーブルが、義手と義足と共に引き千切れていく。床へと着地するが、バランスを崩し、四つ這いになってしまう。
「私の勝ちだ」
グリーフがまだ起き上がっていないセイリオスへ拳銃を向け、近づいて来る。
「この私と互角に渡り合い、圧倒さえしようとしていた。何もかもが正しかった。お前は、まぎれもなく私だ」
「そうかよ!」
左腕をびゅん、と振る。義手に巻きついたケーブルが狙い違わずグリーフの拳銃を叩き落とす。
「貴様!」
「グリィィィィフ!」
破損してはいてもアウターの力を受けたアクチュエータが有り得ない跳躍力を与える。飛び掛かり、力の限り殴りつける。グリーフは受け止めようとするが、機械と鋼の力を阻むことは出来ない。
グリーフの生身の体から流れる血、セイリオスの生身の拳から流れる血が床を赤く染めていく。血まみれとなったグリーフに気づいた時、頭を支配していた狂乱が去る。人間、目の前にいるのは生きた人間だ。
「グリー……フ」
「これが、お前か……お前が戦いの中で得た絆、それが運命を書き換えたというのなら、私が思うほど人類は愚かではないのかもしれない……私はこれでやっと解放されるのだな……」
血の色に染まった光が、明滅し集合する。
「これは……」
見たことがある光だ。オーヴァルに居れば、傭兵であれば、いつも見て来た光。
「フォー……」
「決着が着いたのですね。私は個の意識でも、集合意識でもない。個の集合体でもない。ここに在る者」
「ずっと俺たちを見ていたんだな」
「私にできる事は、選択する力を与えてあげる事だけ。太古の昔より、繰り返してきました」
「お前は何処から来たんだ?」
「何十億年も昔、私たちを作った人々は、この星から遠く離れた星で繁栄し、文明を築いていた。星を渡り、不可能は無いと思われていた。未来は輝く一方だった。けれど、完璧な調和を得ることは出来なかった。彼ら全ての星を巻き込んだ戦争が、彼らを滅亡に追い込んだ。世界が終わりに瀕した時、彼らは技術の粋を集め、宇宙を渡り幾つもの新たな世界を超える事が可能な存在を作った。あなた方が月と呼んでいた物こそがそれなのです」
「月が……」
「新しい生命を育み、導き、あなた達が同じ過ちを犯し滅びぬよう見守る者。それが月へ組み込まれた私。あなた達がドミネーター、機械仕掛けの神、月の光、そしてナビゲーション人工知能FOUR、数多の名で呼ぶ存在」
「だが、その計画は変更せざるを得なくなった……」
「そうだ。月が落下したあの日、私とリグレット、イリーナは宇宙ステーションにいた。そして選ばれたのだ。代行者として」
グリーフの目から涙が流れる。痛みでは無い、思い出がそうさせるのだ。
「何故、この戦争を始めた……」
「人類が知るべき真実は道具として闇に葬られていく。人類の救済を掲げた崇高な行いも、形骸化し、朽ちていく。お前も見てきただろう。今全ての人類がそれを知り、備えねば世界がもたなかったのだ」
「グリーフが語ったことは真実です。世界は着実に滅びの道を歩んでいます」
「……俺は何を選べば、何をすればいい?」
「セイリオス、導きの星、焼き焦がす者。あなたの選択はその名の通り、どちらかをもたらすことになる」
「俺は希望を選ぶ」
「希望?」
グリーフとフォーの声が重なる。
「グリーフ、あんたが言った通り、絆が運命を書き換えたというのなら、やれるところまでやってみるさ。仲間と一緒に」
「そうか……」
へへっと照れくさそうに笑うセイリオスにつられて、グリーフの口元に笑みが浮かぶ。
「星の解放者よ。始めましょう」
「セイリオス!」
「おかえり……」
「ジョニー、エンプレス……」
オービタルベースで三人で抱き締め合う俺たちだったが、そこから後は無茶苦茶だった。集まった全員にもみくちゃにされ、グリーフとの決着、どうやって帰って来たのか、とにかく質問攻めだ。ドミネーターが何者なのか、グリーフはどうなったのか。解放旅団だった皆には話をした。
反応は皆それぞれだったが、最後には俺の決断を尊重してくれた。何よりも再会出来たことを皆が喜んでくれた。けれど、喜んでばかりもいられなかった。俺たちにはすべき事が、それこそ山のようにあった。ブラックロータスの復旧、イモータルたちとの正式な条約締結、そして共同体との交渉。セイヴィアーを中心として行われたそれらは、今着実に実を結びつつある。
共同体とイモータルの共同声明により、グリーフの反乱、そしてオーヴァル戦争の終了が全人類に告げらた。世界を隔てていた壁は解放され、世界中がひっくり返るような大騒ぎになった。人類は新たな時代が来たことを知ったのだ。
あのデヴァやエンプレス、ジョニーといった面子がスーツを着て共同体のお歴々の元へ向かう様は今なお語り草だ。何よりも懲役三〇〇年を超える犯罪者のネームレスが堂々と政治家達の前に立った事は歴史的快挙に違いなかった。ウエストセブンは解体されたが、特赦によって全員の刑期は無くなっている。ネームレスはそもそも冤罪だったようだが、今はレッドドッグと二人で裏稼業をまとめようとしている。
二人の事を話したついでに皆の事も話しておこうと思う。
イノセンスは家族全員で傭兵稼業を引退し、ランドクルーザーで世界を巡る旅に出た。きっといつか、彼らから話を聞くことが出来るだろう。一度交わった道はまた交わるものだ。
鋼鉄の騎士は二人で探偵稼業を始めたらしい。この時代にそんなものが必要なのかと思ったが、案外依頼があるらしく、時折起こる騒動に首を突っ込んでは事を大きくしているようだ。
SHELLとバレットワークスは新しい世界の秩序を守るために、共同体の中で忙しい日々を過ごしている。セイヴィアーは統合される共同体の初代大統領になるとの噂もある。そうなれば、アウターと人間が手を取り合う世界の実現にまた一歩進むことになる。
世界は変わろうとしている。今、人類の総力を挙げて、世界の復興が行われている。いずれ来る破滅から世界を救うために。
今日、戦争の終結から一年が経つ。
終結の記念碑がある公園には多くの人たちが訪れていた。亡くした大事な人たちを弔い、新たな生活を報告するために。
「なあ、相棒」
「うん?」
ジョニーが俺のことを相棒と呼ぶのはいつの間にか定着してしまった。ルーキーと呼ばれていたあの日が懐かしい。
「オレたちは何処に行くのかな?」
「何だよ、急に」
「この場所に来るとさ、いつも思うんだ。お前が言っていた未来への選択、オレたちは正しい選択をしているのかって。亡くした大切な人たちにそう言えるのかって」
「それは——」
「よっ!」
二人の肩を抱き、女性が間に割り込んで来る。
「男二人で何、辛気臭い顔してんのさ」
「辛気臭くて悪かったな」
「いてーよ、エンプレス」
コールサインがいらなくなった今でも俺たちはコールサインでお互いを呼んでしまう。もっとも、ジョニーは元々が本名だから何の変化も無いのだが。
「ほらほら急いで、皆が待ってるよ」
肩を組んだままエンプレスの指さす場所には、懐かしい面々が立っている。
「さあ、走るよ!」
背中を叩かれ、俺たちは走り始める。
選択した未来への絆はきっと正しいはずだ。ある夜、星を眺めている時に、こう告げられたのだから。
「星の解放者たちよ」と。