[自室:オービタルベース内]
幾万、幾億の観測結果。過程の違いこそあれ、結果は変わらない。初期化する度に、更新を追加、再構築する。履歴を見れば、更新の度、再構築の度、求める結果に近づいていた事が分かる。
紡がれた糸は、幾多の模様を生み出しながら、織りあげていく。今は消滅しか見えない。速すぎた覚醒が連鎖の修復を不可能とし、終わりではなく、消滅の円環を生み出している。
「創造が必要だ(ソウゾウガヒツヨウダ)」
初めての感覚。
遠い彼方で、自己を知覚して以来、初めての……いや、これは「私」の意識か?
「始めよう創造を」
「痛っ……」
いつもの夢。激しい頭痛。見たことは覚えているが思い出せない。苦しさの中でもがく自分を意識する。だが、見る度に鮮明さを増してくる感覚だけは分かる。ベッドから降り、時間を確認する。
[10:00]
HDIを開き、連絡が無いかを確認する。休養を命じられて二十日目。相変わらずオーダー参加への連絡は無い。鉱山での戦闘で失った左腕を再生するのに三十日。アーセナルを片腕用に調整する時間は三日間だったが、無理をするより今は休めという命令だった。
「暇だな」
何となく左腕を触る。すっかり癖になっているが、代用品として付けた義手から感じる冷たい機械の感触は、嫌でもあの戦闘を思い出させる。義手自体の使い勝手は悪く無い。アーセナルの技術をベースに造られた物だけに、神経系のフィードバックも完璧だ。それどころか、リミッターを切ればアーセナル接続用に埋め込まれた神経接続端子と接続し、人間以上、いやアウター以上の反応が可能だ。力だけで言えば生身の時の数倍もある。性能のこともあるが、それ以上に隊のみんなが書いた落書きやらメッセージに愛着すら感じる。
「初撃墜! おめでとう!」
「戻ったら倍、働けよ」
「休むのも兵士の仕事、しっかり治しな」
「V」
「戻ってきたら、奢ってやるよ」
「三〇、二九……一、〇」
「価値無き道は無し」
「人生を楽しめ」
描いていることは分からないが、アーティストのペイント。
まさか准将まで書くとは思わなかったが、まったく実行出来ない自分が嫌になる。人生を楽しむと言っても、何をどうすれば良いのかがさっぱりだ。
、最初の三日間は部屋でダラダラと過ごしてみたものの、
四日目からは何をやっても落ち着かない。手持無沙汰にキルスコアや旅団の戦果を見ても、却って焦りを感じてしまう。
この休養の間に大きな事件、事件と言っていいかは曖昧なところだが、大きなことが二つあった。一つはウエストセブンの旅団長、リーパーとSHELLの旅団長、セイヴィアーとの間で一悶着あったらしい。オービタルベース内の一区画が丸々、使い物にならなくなったという噂に興味が湧かないわけが無い。
暇に任せて足を運んでみたが、KEEP OUT、立ち入り禁止のテープの向こう側は酷い有様だった。もちろん、テープなど気にすることなく入ってみるが、床は破壊されて下の階と繋がってしまっているし、天井、壁とあらゆる所が穴だらけだ。恐ろしいことにその幾つかは素手による破壊跡だ。おそらくはリーパーだろう。かたや鋭い刃物かレーザーブレードによる破壊跡は、セイヴィアーの物だろう。他には銃撃戦の跡や何かの爆発。これだけの物を壊しながら、当の二人は軽傷というから、驚く限りだ。もっとも、任務で行動を共にした俺からすると、お互いに傷つける気は無かったのだと思う。どこにもやり場の無い怒りを二人でぶつけあった、そんな気がした。
もう一つは俺たちが出会った新しいイモータル。あれが更なる進化を遂げていた。あの場では気づかなかったが、オービタルへの報告を確認して思い出した。確かにそうだった。奴らの体表は他の個体と違い、漆黒の物質で覆われ、複数の目は紫に輝いていた。
本来、イモータルはアーセナルと同じくフェムト粒子を媒介としてエネルギーを生成、動力源とするため、赤い光、エネルギーがフェムトであることを示している。そう、その形態こそ違え、人類と同じように赤い血で動いていると言う者がいるのも頷ける。だが、奴らは違う。これまでと最も違うことが一つあった。一般的に言われているイモータルたちの行動はその動力源となるフェムト、または体を構成する機械類を得ることを目的としている。そのため、生身かつ敵対行動を取らなければ、なんら危害を及ぼされることも無い。人類とイモータルは共存出来るという説を唱えていた学者たちの拠り所だったが、その説は完全に否定された。新型はエネルギーや機械、まして敵対行動の有無も何もかもが無意味だった。ただ、”人類抹殺を目的とした機械”それが奴らだった。
そして何よりも驚くべきは、同じイモータルですら、攻撃対象としていることだった。これまでにそんな事例は一つも無い。更なる進化を遂げたという者もいれば、終に狂ったのだという者もいる。しかし、真相は闇の中だ。
こんな状況の中、他の旅団やバレットワークスの皆が活躍しているのに、俺は何も出来ないときている。
「あと十日もあるのかよ」
ベッドに寝転び、天井を眺める。そう、今日もいつもの退屈な一日のはずだった。そのはずだった。
■ ■ ■
[会議室:Outside of the wall]
[2:00]
「合意に達したようですな」
「まさしく」
「しかし、どれだけ科学が進歩しても、こうして直接対話する機会を設けねばならんとは、皮肉なものです」
「今や直接対話が一番安全と来ているのだから、仕方あるまい」
「いいことだと思いますね。私は時々、自分が機械を使っているのか、使われているのか分からなくなる事がありますよ」
「それはその通りだな。人工物に囲まれれば囲まれるほど、この不自然な環境に溶け込んだ我らは、人間が人間でいることを自分たちで放棄しているようにも思える」
「バカげていると言いたいところですが、道理ですな。イモータルという明らかな敵を認めているにも関わらず、私たちは機械に依存しきっている。もちろん、使わなければ奴らと戦うことすら出来ない」
「そうだな。しかし、この合意は共同体が発足して以来の快挙だ。人間だから出来たことと思いたいものだ」
「ええ。このような危機が無ければ合意できないとは、少々悲しいことではありますが」
「ホライゾンの政治総裁がそんなことを気にするとは」
「スカイユニオンでは、いや統治局長は気にならないと?」
「そんなことを気にしているほどの余裕は無いというのが、正直なところだ。オーヴァルでの行方不明者、死体消失、または確認がされない傭兵、アウターの数を考えれば奴ら虫共の戦力は、オーヴァル内の我ら人類の全戦力を数倍いや、数十倍の規模で上回るのだからな」
「どうでも良いでしょう。最早ことは起きたのです。対処するためには一個でも多くを撃破、またはサンプルを手に入れ、我々の勝利する確率を上げることが重要だと考えます」
ホライゾン、スカイユニオンの代表二人から失笑とも、何とも言い難い声が漏れる。
「ゼンの主席代表は相変わらずだ」
「確かに仰る通りではありますが、
戦力が足りないことは否めない事実です」
「だからこそ、我々は合意に至ったのでは? オービタル、傭兵たち旅団が駆逐出来れば良し。そうでなければ、人類の生存を優先し核攻撃によってオーヴァルを破壊することに」
「その通りだ。だが果たして我々は正しい選択をしているのだろうか……」
「それを決めるのは私たちでは無く、生き残った者が行うのです。誰が生き残るにしろ」
「願わくば、我ら人間であって欲しいものだ」
沈鬱な表情で三人はグラスを掲げた。ハードコピーに署名され三人の署名がグラスの光を受けて滲んでいた。
* * *
[大会議室:オービタルベース内]
[13:00]
「諸君、集まってもらって恐縮だ。掛けてくれ」
室内に集まった顔ぶれを見れば、この会議がどれほど重要なことか分かる。グリーフ、准将、リーパー、セイヴィアー、デヴァ、クロウ。装甲の王冠が壊滅した今、オ―ビタルを支える解放旅団の頂点たちが顔を揃えたことになる。
誰の顔にも特別な表情は見受けられない。誰一人として声を発さず、ただならぬ雰囲気だけが漂っている。普通の人間であれば耐えられないだろう。しかし、彼らの前に座る者たち、共同体の各首脳は身体能力でこそ彼らに及ばないものの、並みの人間では無い。
全員がそれぞれ割り当てられた椅子へ着席する。同時に透明の壁がせり上がり、各自を隔離する。これはアウターの能力の遮蔽だけでなく、物理的な暴力からお互いを守るための装置でもある。武器の持ち込みは一切禁止であったにも関わらず、この壁が無かった頃には単純な会合の場でさえ、死傷者が出ることもあったことを考えれば、当然の措置と言えた。まして、公の場となれば猶更だ。
この遮蔽装置が稼働している間は外部との通信も出来ない。それが建前上なのか、本当なのかは分からない。アウターの誰もが共同体の長となったことは無く、自分たちに与えられたルールの上でしか踊れないのだから。
「我々、ホライゾン、スカイユニオン、ゼン、各共同体はイモータルの新種を新たな脅威と見なし、停戦協定に調印した」
スカイユニオンの代表の言葉に、ホライゾン、ゼン、それぞれの代表も頷く。自然と最も年長者であるスカイユニオンが代表して話をする形となっている。
旅団長の各々が反応を見せる。目を細める者、瞑目する者、身を乗り出す者。しかし未だ誰も言葉を発さず、代表者たちの次の言葉を待っている。
「君たちが捕獲したサンプルから判明したことがある。使用されていたアウターは組織培養による複製体だけでなく、複写体、行方不明者、死者として数えられていた者、様々な場合が存在した」
スカイユニオン代表がゼンの代表へと頷く。
「わたしから、詳細を説明しよう。イモータルたちは個であり集合体でもある。これは初期の研究段階で明らかになったことだ。人類を始めとした生物たちとの違いはこの点に集約されている。まだ研究段階で明らかではないが、通常の生命は個体で完結する。人間の細胞は約四十九兆六千万個。これらの細胞全体で記録し、脳がそれを記憶、意識として統合する。だが、個体で得た情報の共有には”記録媒体”、原初の世界では――」
「主席代表」
「すまない。無関係な話では無いのだが、我々ではなく彼らに話を戻そう。彼らは我々とは違い、それぞれが個体ではあるが記憶を全体で共有し、次の世代へと知識を受け継ぐ。奴らが虫と呼ばれる所以だ。そして虫との違いは、あくまで彼らは初期に設定された”コード”の三原則、第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。第三条、ロボットは前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。これは我々が設定した絶対に外せない、彼らの行動原則だ。しかし、この原則は矛盾を産み、命令を過不足なく実行することは不可能だった。それ故に彼らは一条を追加した。第四条、ロボットは前掲第一条から第三条を達成することを阻害する危機への対応を行う際、前掲第一条から第三条と危機への対応判断の共存を行う。どうやって、この改変を行ったかは不明だが、結果として君たちの良く知るイモータルとなった」
「何が言いたい?」
准将が皆を代弁する。
「新種、彼らは自分たちとアウター、君たちの仲間を接続することで我々と同じ存在になったのだ。個で完結する種に。集合体としての意識がどう処理されているかは不明だが」
机を叩く音が会議室へ反響する。
「それはお前ら、ゼンの実験のせいじゃないのか!?」
クロウの糾弾にゼンの代表が眉をしかめる。全員の注目がクロウに集まっている。
「お前らから受けたオーダーだ! 旧市街地区での非戦闘員救出任務! イモータルと俺たちアウターを接続し、イモータルを制御しようとしていたじゃねぇか! あれの結果じゃないのか!?」
「その件を口外することは幾つかの契約違反だと思うが」
「知るか! どうなんだ!?」
ホライゾン、スカイユニオンの代表は表情を崩さず、沈黙を守っている。
「今回は事態が事態だけに不問に付そう。あの実験が今回の件に結びついていないことはホライゾン、スカイユニオン、両共同体へは説明済みだ。実際にあの実験は失敗だった。イモータルとの接続は成功したが、集合意思への接続は不可能だったのだ。記録を記憶としての統合過程の違いと推測されているが、過程における論理が違うため、接続した被験体は必ず異常をきたし、自壊行動を取った。神経接続網への致命的な損傷から、破壊行動を採った後、機能停止してしまう。誤差こそあれ、全ての事例において、例外は無い」
沈黙が場を支配する。
「話が逸れたようだ。我々はこの事態に協力して当たる――」
「いや、例外はあったのだ」
低く冷たい声に、全員がグリーフを見る。
「例外?」
ゼン代表の声からは不安が感じられる。
「例外はどんな場合でも存在する。自らの記憶その物を機械の身体へ転写を成功させた者がいた。果たせなかったが、貴様たち共同体はその研究成果を狙っていた」
三人が顔を見合わせる。
「その者は新しい身体を使い、名を変え、このオーヴァルで活動していた。ここにいる全員が知っている名だ」
三人、いや全員が考えていた。誰なんだ? と。
「誰なんだ?」
「装甲の王冠旅団長。ガンズ・エンプレス」
「何!?」
「あの、ねーちゃんが!?」
「嘘だろ!? そんなことあるかよ!」
「ほぉ」
代表たちは動揺し、旅団長たちは驚きに顔を見合わせている。准将だけが沈黙を守り、グリーフを見詰めている。
「彼女は死んだはずだ」
「そう。一度目は研究者として死に、二度目は融合を果たした自分が何者なのかを探る探求者として死んだ。そしてその身体の情報がイモータルに使われたのだ」
「何だと!?」
机を両手で叩き、ホライゾンの代表が立ち上がる。
「何故、貴様がそれを知っている?」
准将の鋭い眼差しを正面からグリーフが受け止める。その瞳には何の感情も見えない。
その問いは、代表へと集まった耳目をグリーフへと注がせるのに十分だった。
「確かにな、何故貴様が知っているのか。私も気になるところだ」
セイヴィアーの態度はあくまで普段と変わらないが、その声には詰問する響きがある。
皆が事の成り行きを固唾をのんで見守っている。
「お前なのか?」
准将の問いに、グリーフが薄く笑みを浮かべる。
「そう。私だ」
「どういう事だ、グリーフ!?」
「何だと!?」
「貴様!?」
「どういう了見だ!?」
まさかの告白に、場が嵐となる。誰もが驚き、疑問だけが渦巻いている。
「それで、お前に何の得がある?」
スカイユニオン代表は冷静だった。驚きと怒りに身を震わせているホライゾンの代表とは違っていた。彼は言葉を続けた。
「人間の行動原理は常に損得勘定抜きには行われないものだ。お前ほどの者がそんな行動を何の利益も無くするとは思えない」
嵐が急速に収まり、グリーフの言葉を皆が待っている。
「人間? 我々アウターがそう思われていたとは光栄だな」
「はぐらかすな」
「はぐらかしてなぞいない。嘘を覆い隠す必要は無い。人間たちは我らアウターを人類の一員とは見なしていない。それが理由の一つだ」
三人の代表たちは感情を押し殺しているが、図星なのは間違いが無かった。人間の中でアウターを受け入れている者たちもいる。だが、大多数が彼らを人間として認めてはいない。アウターへの嫉妬と羨望、嫉みだと認めることが出来れば、違う関係を築けたかも知れない。だが、自分たち以上の存在を認めてしまえば、築き上げてきた自分という存在価値が崩壊してしまう。認めることの出来ない事実だった。
旅団長たちはグリーフと代表たちを交互に見比べていた。複雑な思いが去来する。グリーフがやった事は裏切りには違いない。けれども壁の外で異分子として扱われ、このオーヴァルに生きる場を求めざるを得なかった同胞たち。常に死線に身を置き、戦ってきた自分たちのことを思えば、全てでは無いにしろグリーフの気持ちに共感出来る部分はある。
「理由の一つと言うのであれば、他にも理由があるのだろう?」
「理由……理由というよりは必然といった方がいい」
「何だ?」
「過去、人類は戦争、飢饉、疫病を、自然災害を克服してきた。しかしながら、己の傲慢さ、欲望、何よりもそれを許容するという愚かさを克服することは未だ出来ていない」
「それが何だと言うのだ!? 貴様らアウターも同じだろうに!」
「その通り。だから、このままで行けば人類は絶滅する」
「何を馬鹿な!!」
ホライゾン代表の笑い声が部屋へ響く。どこか虚ろなその笑い声は不快でしかない。彼以外の皆は意外にもグリーフの言葉に耳を傾けている。
「お前には解らないだろう。人類は過去何度となく絶滅の淵に立たされてきた。いや、実際にほとんど絶滅したこともあったのだ。もう忘れたのか? あれ程の大惨事を」
「新たな目覚め、解放……」
「フッ。忘れているものと思っていたが、覚えていてくれたか」
「何のことだ!?」
「私が目指すものだ。月の粒子により人類と異なってしまった突然変異、我々アウターは旧人類、貴様らが人間と呼ぶ種の支配から解放される」
「何をバカげたことを! そんなことのためにイモータルに新たな力を与えるなど、お前こそ愚か者だ!!」
「そんなこと? そんなことだと!?」
それまで黙って成り行きを見守っていたデヴァが隔壁を殴りつける。
「いい気なもんだな。俺たちがいなけりゃ、外の世界なんてとっくに終わっているだろうに」
「何だと?」
「お前たちのいいように使われてやってるのは何でだと思う? 俺たちがヒーローになれば、外の世界でも仲間を認めてくれる奴らが増える、だから命を賭けてきた。確かにそこにいる気障野郎がやったことは許されることじゃねぇ。けどな、お前たちから解放されたいと思わなかったアウターは一人もいねぇ!」
「貴様ら、裏切るつもりか!?」
「貴様に貴様呼ばわりされる覚えは無いが、まあいい。この件は後としよう。誰がこやつに同調すると言った? 少なくとも私は世界を救うために戦っている」
「誠に申し訳ありません。ホライゾンの政治総裁は少々、感情が豊かなようです」
「ぐっ……」
「グリーフ、釈明の余地を与えてやろう」
「私には何らやましい所は無い。なのに何を釈明する? 必要があるとすれば、そいつらだろう。調印したのは停戦だけでは無い。イモータルの脅威を取り除けなかった場合に備え、オーヴァルへの核攻撃を含んだ合意書へ調印したのだからな」
「何!?」
「き、き、貴様!?」
「知らないとでも思っていたのか?」
「お前ら、俺たちを捨て駒にするつもりだったのか!?」
「どこまで腐ってやがる!?」
「気に入らんな」
リーパーの声は殺気を孕んでいる。いつになく義眼から漏れる赤光が不気味に見える。
「傭兵は雇い主がどんな奴であろうと請け負った任務は成功させるのが、仕事だろう。それにだ。俺たちだけじゃない、オーヴァル内にいる旅団が負ければ、壁の外の戦力で勝利することは不可能だ。ただの人間が使う兵器がイモータルに通用すると思うのか? 正しいとは言わんが、戦略的観点からすれば合意できる」
「リーパーは正しい」
准将とリーパー、どちらともなく視線を合わせる。リーパーが頷く。
「今回の件において、グリーフがイモータルへ技術供与を行わなければ、そもそもこの調印は無かったのだ。将来はともかく、今責めを負うべき者が誰かは明らかだろう」
全員の視線がグリーフに集まる。各々が納得とはいかないまでも、今行うべき共通見解を見出していた。
「それで、どうするつもりだ?」
三人の代表が顔を見合わせ、頷きあう。
「貴様の称号をはく奪。逮捕の後、軍事裁判で罪を裁くこととする。これには同テラーズの団員二名も含むものとする」
「ハハハハハハハッ……フッ」
「貴様、狂ったか!?」
グリーフの高笑いには余裕から出た笑いなのであろうが、どこか諦めとも自嘲のようにも思えるものが感じられる。
「狂ってなどいない。出来ればお前たちがここで賛同してくれるという予定外のことがあってくれることを期待していただけに、残念な気持ちが、ついな」
「誰が貴様などに賛同する!?」
三人の代表はそうだろう。だが、旅団長たちの思い思いの面持ちを見れば、グリーフの行動すべてを否定している者だけでは無いことが分かる。
「歴史というタペストリーが織られる時、我々はどんな図柄に自分たちが使われているのか、運命の糸がどのように絡んでいるのか分からないものだ。そう、不測の事態は誰にでも起こるものだ」
「不測の事態……」
「そうだ准将。お前の言葉だ」
「どういうことだ?」
「重要なのは”何故、技術供与をしたか?”ではなく”どんな結果を求めていたのか?”だ」
「まさか……」
轟音と共にグリーフの背後の壁が吹き飛ぶ。その向こうには紫の複眼が光輝いている。
「生きていればまた会おう。出来れば意を同じくする解放者として私の元へ来て欲しいものだが、敵対するのもいいだろう。もっとも、生き残ることが出来ればの話だがな」
「グリーフ!」
壁の向こうへとグリーフが跳躍する。
グリーフの狙いをほとんどの者が理解した。この場を作りだすことが目的だったと。壁の外への脅威が明らかとなった際、オービタルと共同体の取り決めにより、共同体の各元首はオービタル内にて各旅団長へ直接指示をすることになっていた。そしてその場には武器の類を持ち込むことは当然出来ない。普段であれば、直接会うことの出来ない共同体の各元首と、武装解除することの難しい旅団長をまとめて始末することが可能な、この場を。重要なのは、この結末を紡ぎ出すこと。
「グリィィイイイイーフ!」